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98話 刃

彼女は震える手をぎゅっと握りしめた。


私が助かる方法はこれしかないと思ったのだ。


この世界はアメリアが満足する幸せを迎えさせる事を目的としている。


その一つとして、愛した人と結ばれること。


そして、高い地位を手に入れることもそれに含まれている。


もしかしたら彼女の幸せの中に、不快な人物を痛い目に合わせるという願望も含まれていたのかもしれない。


悪役令嬢というキャラが設定されている以上、私達プレイヤーの中にある密かな願望を満たそうとした試みは感じられた。


人間の願望の中に悪いことをした奴には、それ相応の痛みを与えてやりたいというものがあるのだろう。


前世の現実は実に不条理だった。


悪いことをしても罰せられない奴などいくらでもいた。


人を傷つけても笑って過ごしている奴もいた。


世界は決して平等ではなかったのだ。


だから、ゲームの世界ぐらいはそうであってほしいと願うことは自然な事だろう。


しかし、それは一方的な視点でしかない。


この世界は前世よりずっと不条理で不平等だ。


なぜなら、全ては一人の娘を満足させるためだけに存在するのだから。


そのためなら、人間の一人や二人死んでも構わない。


それ相応の理由を付け、ヒロインに罪悪感さえ与えないでハッピーエンドを迎える。


異常なのはプレイヤーの方だ。


これのどこがハッピーエンドというのだろう。


自分を愛する者に手を汚させて、自分たちの邪魔になる者を排除し、剰えなしてきた全てを正当化する。


こんな偽りの正義に私はよく満足したものだと笑った。


だからこそ、アメリアには気づいてほしかったのだ。


その幸せは誰かの命を奪ってまで手に入れなければならないものなのかと。


今、殺そうとしているのは私だけれど、彼女がその願望に気づかなければこの悲劇からは恐らく逃れられない。


『邪魔なエリザは死ぬべきだ』という思想から、『誰が死んでも自分は幸せになれない』という思想に変えてもらう必要がある。


そうでなければ、私は何度だって正当な理由を付けて殺されてしまうのだから。


「私はただ……、愛する人と平穏な日々を送りたいだけです。それだけなんです……」


彼女は悲しそうにそう言った。


それがどれだけ難しい事なのか、彼女はわかっているのだろうか。


「そうやって男の後ろに隠れて、哀れな自分を演じるのはやめて」


私は剣を下ろし、彼女たちに近づいて言った。


ウィリアムはまだ警戒しているようで、彼女の側から離れようとしなかった。


「そんな、私は――!」


彼女はやっとその俯いた顔を上げる。


「あなたが彼と結ばれるということは、彼に全てを捨てさせるということ。そこまでして、あなたは願望を叶えたいの?」


彼女は懸命に首を振った。


「違います! ウィリアム様にそんな辛い思いをさせたいわけじゃありません。私は、誰も不幸にしたいわけじゃないのです。誰もが幸せになる方法があるなら、それを望むに決まっているじゃないですか!」


「そんな方法はない!」


私はアメリアにはっきりと答えた。


彼女はいつまでそんな幻想を抱いているのだろうか。


自分の知らないところで不幸になっていれば、彼女は全てがうまくいったとでも思うのだろう。


「じゃぁ、どうすればいいというのですか!? エリザ様の言うことはわからない。だってあなたがウィリアム様の元に向かわしたのでしょ? 私とウィリアム様を結びつけたのはあなたです!」


その言葉を聞いて、私は彼女に短刀の持ち手をつきつける。


「あなたが私を殺しなさい。誰かに守ってもらうのではなくて、誰かに罪を背負ってもらうのでもなくて、あなた自身でその責任を負うの。その覚悟もないのに、誰もが幸せになる未来なんてつかめるはずはない。幸せになるってそういうことなの。椅子に座って微笑んでいれば、あちらからやって来るものでもない。何の手も汚さずに清らかな自分のままで得られるものでもない。全ての覚悟を背負えるものが、本当の幸福を手に入れられる。あなただって、もう、そんなことはわかっているのでしょう?」


彼女はそれを見て愕然とした。


本気でアメリアが私を殺すとは思っていない。


なぜなら、彼女にはそんな覚悟ははなからないからだ。


自分の手を汚してまで、幸せになろうだなんて彼女が考えるはずはないのだ。


そこまでの度胸のある奴は、偽善者のような言葉を吐くことは出来ない。


彼女はそっと短刀を手にする。


そして、その刃をじっと見つめ、涙を流して地面に座り込んだ。


そんなアメリアを見て、ウィリアムは慌てて肩を掴む。


「大丈夫か、アメリア!」


「私には……、私には無理です。エリザ様を殺してまで、自分の願望を果たそうなんて出来ない。私は誰も死――」


彼女が何か言いかけた時、一瞬、世界が止まって見えた。


アメリアも目を見開いてこちらを見ている。


私の背中に何かがぶつかって来る感覚がした。


違和感がして、自分の腹を見るとそこには刀の先が突き出ていた。


驚きのあまり、痛みは感じなかった。


しかし、次第に力が抜け、立っていられなくなる。


私はゆっくり振り向き、自分にこんなことをした人物の顔を見る。


今までのシナリオ通りなら、私を殺すのは目の前にいるウィリアムだからだ。


しかし、ウィリアムは私の目の前にいて、剣も鞘に収まっている。


彼が私を殺そうとしたとは思わない。


「どうしてだよ……、どうしてなんだよ、エリザ。どうしてアメリアの幸せを邪魔しようとするの?」


そこにいたのは悲しそうな顔をするギルバートの姿だった。


まさか、ギルバートまでここに現れて、私を殺しに来るとは思わなかった。


彼は私の背中から剣を引き抜く。


その瞬間、地面に血しぶきが飛んだ。


それを見たアメリアが悲鳴を上げる。


「オレはただ、アメリアに幸せになってほしいだけなんだ。例え、相手がオレじゃなくてもいい。オレは彼女が幸せなら、それだけでいいのに、君はいつもそれを邪魔する。もうやめてよ、エリザ……」


彼の声を聞きながら、なんて皮肉なんだと思った。


ギルバートと以前放した時、彼は私の事を守ってくれると言った。


そんな彼がまさか自分を殺そうとするなんて考えてもいなかった。


まだ、ルークやサディアスに殺された方が理解できる。


この世界のプログラムってやつはどこまで残酷なのかと感じていた。


ギルバートは私の横でボロボロと涙を零した。


アメリアも真っ青な顔で私に駆け寄る。


隣にいたウィリアムも唖然として見つめていた。


「エリザ様! エリザ様!!」


彼女は意識の飛びそうな私を見て、必死に名前を呼び、懸命に助けようとしている。


そんな彼女を見て、本当に私の死など望んでいなかったのだなと実感した。


私もどこかでウィリアムだけを警戒していたら大丈夫だと、高を括っていたのだろう。


エマが亡くなったショックからか、今の私は油断しすぎていた。


それに藻掻いていれば、どうにか命だけでも助かるって楽観視していた自分も否めない。


この事実を知ったらテオは呆れるだろうなと思った。


逆にリオはどんな顔をするだろうと想像してみる。


けど、リオが泣く姿なんて私には想像できなくて、怒っている顔ばかりが浮かんだ。


協力してくれたのに申し訳ない。


やはり転生しても私は私だったなと笑った。


そして、あの時と同じように闇に包まれていく感覚に陥っていた。

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