97話 望み
気が付くと私は花園にいた。
目の前には怯えた表情のアメリアと、そんな彼女を守ろうとするウィリアムの姿があった。
一瞬何が起きたのかわからなかったが、自分の手に短刀が握られていることに気付き、瞬時に理解した。
これはエリザがアメリアを暗殺しようとするシーンだ。
ゲームで起きるエリザの最後のシーン。
どうしてこんなことになっているのだろうと考える。
私は最初からアメリアを殺す気などなかったはずだ。
アメリアの事は好きではなかったが、殺してしまいたいほど憎んではいない。
それなのになぜ、私は短刀をアメリアに突きつけているのか。
「エリザ、辞めろ! そんなことをしても何の解決にもならない!!」
ウィリアムはアメリアを庇いながら、私に叫んだ。
きっと彼も私が彼女を殺そうとしていることを疑っていないのだろう。
アメリアは彼の後ろに隠れるようにして、震えていた。
ここまでの記憶がぼんやりとしている。
思い出そうとすると頭が痛くなった。
私が最後にはっきりと記憶しているのはエマの葬儀の中、マルグリットに話しかけられた時だ。
確か、あの時に何か言われた気がしたが思い出せない。
その後私はすぐに学園に戻り、手紙を書いた。
誰宛ての手紙だったかも記憶がぼんやりしてわからないが、この状況から考えて、恐らくアメリアに送ったのだろう。
そこから戸棚に隠してあった短刀を持ち出して、アメリアを呼び寄せたこの花園に来たということか。
何も知らないアメリアに向かって、短刀を突きつけ、襲い掛かろうとしたところを間一髪でウィリアムが助けに入ったと思われる。
この展開、何もかもゲーム通りだ。
それならば、ここから起きる展開も決まっている。
アメリアを殺そうとする私を止めに入って、ウィリアムが私を殺すのだ。
なんて卑劣な結末なのだろう。
それを回避するために今まで動いていたというのに、ここまで来てしまってはどう対処すればいいのかわからない。
何よりもこの状況を避けていた私が、今こうして行動に移していることが疑問だった。
これはゲームプログラムによって強制された行動なのか。
いやしかし、今までゲームプログラムが人の心に侵入して動かしたことはない……はず。
言い切ることは出来ないが、誰もが自分の意志で行ってきたことだと思っていた。
だが、今の私の有様はなんなのだろう。
本当にこれは私の意志なのかと思った。
「エリザさん、ごめんなさい……。私があなたをそこまで傷つけていたのですね」
アメリアの言葉を聞いた瞬間、自分のうちから溢れ出すどす黒いものを感じた。
私をこうしてしまったのは誰の所為?
アメリアが現れなかったら、私はこのままウィリアムと結婚して、王子の妻として生きるはずだった。
王子を愛していたわけじゃない。
けれど、それが両親や一族の、そしてエマの願いだった。
この学園に来て、アメリアと出会って、私は変わってしまった。
侯爵令嬢として清く正しく、他の貴族の見本となるよう教育されて、生徒達の信頼を得たまま卒業するはずだったのに、彼女が現れたことでぐちゃぐちゃになる。
アメリアがウィリアムとあったことで彼はアメリアに惹かれ、次第に恋焦がれていく。
私という婚約者がいるというのに、隠す様子もなく彼女を求める彼の姿があった。
それを見た他の貴族はどう思っただろう?
なんて哀れな婚約者なのだと同情した目で見られていたはずだ。
ウィリアムだけじゃない。
ルークもクラウスもギルバートも、そしてサディアスさえも翻弄し、侯爵令嬢としての私の立場を失わせた。
彼らがアメリアを贔屓にすることで、クラスは二分化する。
彼女を認めるアメリア派と庶民を認めたくない反アメリア派。
学園中が彼女によって混沌と化していった。
お互いが批難し合い、クラスは崩壊していく。
それを彼女はどんな目で見て来たのだろう?
時間が経てばたつほど、男たちは彼女に心酔していった。
まるで人の心を操る魔女のようではないか。
しかも、彼女には特別な力、光魔法を持っている。
生まれ持って魔法の才能があって、運動神経も抜群で、勉強もできる完璧な少女。
神にまで愛され、何もかも満たされていくアメリア。
それに反比例するように落ちていく、侯爵令嬢の私。
彼女さえいなければ、彼女が学園に現れなければ、私はこんな惨めな目にあうことはなかったのではないだろうか?
そんな疑念が次々に湧いてきた。
私は最初からアメリアを苛めるつもりなんてなかった。
しかし、彼女が善人ぶればぶるほど、世間の目は私達の関係性を立場の弱い庶民を苛めている上流貴族にしか見えないだろう。
それはウサギの前にいるキツネと変わらない。
その状況だけ見ると、キツネがウサギを襲い掛かろうとしていると誰もが思い込む。
私は本当にアメリアを苛めてきたか?
虐げてきたのか?
そう思わせてきたのは彼女自身で、彼女を慕う者たちのよる既成観念で、私は被害者でしかないのではないだろうか。
奪われ続けているのは私の方だ。
己の幸せのために私が培ってきた全てを後から根こそぎ奪っていったのは、ヒロインであるアメリア自身ではないか。
ヒロインだから特別なのか?
主人公なら何をしても許されるのか?
正義だとでも言うのだろうか?
私は短刀を握る手が震えていた。
私の中にここまでアメリアを憎しむ心があったことに驚いている。
そう思ってはいけないという理性が止めていただけなのかもしれない。
「アメリア、答えて。あなたはこの結末に満足しているの?」
私は声を震わせながら彼女に問うた。
「え……?」
私のこの状態に理解できないのか、不思議そうな顔でアメリアは見つめて来る。
「あなたが当たり前のように手にしてきたその幸せは、誰かの不幸の上で成り立っている。あなたと王子が結ばれることで、悲しむ人間も多くいると言うこと本当の意味で理解しているの? 苦しむのは私だけじゃない。私とウィリアムが婚約を解消すれば、王族とヴァロワ家の良好な関係もなくなる。戦争になる可能性だってあるのよ?」
「私は……」
戸惑うアメリア。
そんな彼女をウィリアムは庇った。
「やめてくれ、エリザ! アメリアは何も悪くない。好きになったのは僕の方なんだ。君を裏切ったのは僕だ」
私は短刀を握ったままアメリアからウィリアムに目線を向けた。
「そうやってあなたたちが庇い立てするから、真実がうやむやになるのよ!! 愛してしまったのは僕の方? でも、アメリアもそのあなたの気持ちに答えているのでしょう? なら同罪じゃない。アメリアだって馬鹿じゃない。全てわかっているはずよ。自分がこの貴族社会で多くのものを得ようとすれば、世界そのものが大きく変わってしまうということをね」
アメリアは何も答えられないまま俯いた。
だから偽善者なのだと私も心で呟く。
「アメリアをこれ以上責めないでくれ。彼女はずっと悩んでいたんだ。僕と君との関係を理解し、一度は離れようとしていた。けれど、そんな彼女を引き留めたのはこの僕だ。だからこの責任は僕が全て持つ。もし、この婚約解消で王族と侯爵家の関係に亀裂が出るのなら、僕が王族から退こう。僕は王位継承権を放棄し、全ての権利を手放す。それでも納得がいかないのなら、この命を差し出してもいい!」
なぜ伝わらないのだともどかしい気持ちになった。
私が伝えたいのはそう言うことではない。
誰の責任だとかどうでもいいのだ。
私はただ、アメリアの本心が知りたかった。
「私が聞きたいのは一つだけよ。あなたは誰かを踏み台にしても、その幸せを手に入れる覚悟は出来ているの?」
私はまっすぐと彼女を見据えて尋ねた。




