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93話 日記

目が覚めると、私はヴァロワ邸の自室のベッドで寝ていた。


昨日はニアに届いた手紙を読んで、慌ててエマに会いに来たことを思い出す。


結局、エマは部屋から顔を出してはくれなかったが、話をすることは出来た。


しかし、彼女に会うまでは学園に戻るわけにはいかない。


昨日は散々泣いていたので疲れていたのか、窓の外を見ると随分遅くまで眠っていたようだった。


いつもなら使用人の誰かが起こしに来るというのに、今日は気遣ってか、寝かしておいてくれたのかもしれない。


私は誰かを呼びに行こうと思い、寝巻のまま自室から出ると誰かのすすり泣く声が聞こえた。


私は声がする方へ足を向ける。


そこには何人かの使用人たちが群がって、慰め合うように泣いていた。


何事かと思い、声を掛ける。


「どうかしたの?」


するとメイドの一人が顔を上げ、私の顔を見るなり複雑な表情を見せたが、躊躇いながらも答えた。


「メイド長が……、エマニエルさんが亡くなられました」


一瞬、彼女が何を言っているのかわからず、頭が真っ白になった。


エマが死んだ?


そんなバカな。


昨日私と会話したばかりだぞ?


声は掠れていたけど、あんなにはっきり話していたじゃないか。


私は寝巻のまま走り出した。


そして、エマの部屋の前に行く。


扉は開かれていて、その前にはコールマンとニアが立っていた。


「エリザ様……」


泣き顔のニアが私に気が付いて声を掛ける。


私はゆっくり歩いて部屋の中に入ろうとした。


エマが死んだなんて信じられない。


自分の目で確かめるまでは……。


ドアの前に立つと、ベッドの横にはルナがいた。


ベッドに誰か寝ているようだが、よく見えなかった。


私が部屋に入ろうとすると、ルナが私に向かって叫んだ。


「入らないでください!! 今はまだ入らないで」


「なんで……?」


どうしてみんな、私をエマから遠ざけようとするのかわからない。


そんな私の肩をコールマンが優しく掴んだ。


「おばさまからの遺言なのです。エリザ様の前では以前のような元気な姿のおばさまを見せる様にと。だから、申し訳ありません。ご準備が出来るまで待っていただけませんか?」


私はふらふらとその部屋を出た。


ニアは心配そうに私を見つめていた。


私は怒ることも、歯向かうことも出来ずに、ただ何も考えたくなくて、そのまま部屋へと戻った。


そして、着替えることもせずベッドに横になり、それからずっと起き上がらなかった。






次に目を覚ましたのは、誰かが自室の扉を叩いた時だ。


日が随分と下がり、昼時はとっくに過ぎていた。


私が寝たまま返事をすると、入って来たのはルナだった。


「エリザ様、お渡ししたいものがあります」


私はルナに背中を向けて、寝ていた。


ルナの顔も今は見たくない。


私が返事をせずにいると、ルナは小さく息をついて、ベッドの前まで歩き出す。


「エリザ様には申し訳ないことをしたと思っています。しかし、これは伯母の強い信念だったので、守らないわけにはいかなかったのです」


「私と会わないことがそんなに大事だったの? エマは私とそんなに会いたくなかったの?」


ルナは目を閉じて、何度も首を振った。


「逆です。ずっと伯母はエリザ様に会いたがっていた。意識がなくなるまで、ずっとエリザ様の心配ばかりしていました。あの人にとってあなたは我が子同然でしたから」


「ならどうして!?」


私は大声を上げて、ベッドから体を起こす。


睨みつけた先のルナの顔は涙で溢れていた。


「だって、大切な人には元気だった頃の姿を覚えていてほしいものではないですか。伯母はくたびれた自分の姿など見せたくなかったんですよ。きっとエリザ様が悲しまれるからって。そんな姿を思い出す度、あなたは泣くのでしょ? 落ち込むのでしょう? 伯母はあなたのそんな姿を望んでいなかったんですよ。例え、自分の事を忘れてしまったとしても、あなたが元気で明るく生きていけるならそれでいいって。最後の最後まで伯母はあなたの事ばかり……。どうしてその想いをあなたがくんでやらないのです!! わかってやらないのですか! 伯母の事を思うなら、こんなところで拗ねていないで、立ち上がって現実を見てください。長い間病魔と闘って来た伯母を褒めてやってくださいよ。最後まであなたに尽くしてきた伯母を労ってやってください……」


ルナは手に持ったものを抱えたまま、泣き崩れた。


私もベッドの上に座ったまま、泣いた。


何もわかっていなかったのは私の方だ。


私は自分の事ばかり考えていて、エマの気持ちを考えてこなかった。


多くの使用人たちがエマの死を悼んでいる。


それはつまり、みんなメイド長であるエマを慕っていたという意味ではないのか?


悲しんでいるのは私だけじゃない。


病気だと知って、看病していたのは恐らくルナだ。


エマと辛い時間を共有してきたのもルナだ。


彼女がエマの死を悲しんでいないわけがない。


私は涙を拭ってベッドから降り、ルナに近づいた。


そして、そっと肩に触れる。


「ルナ、お願いがあるの。一人ではドレスが着られないから、手伝ってくれない? こんな格好でエマに会いに行ったら、きっと怒られちゃうから」


ルナは泣きながらも、何度も頷いた。


手に持っていた本を机に置いて、私の着替えの準備を始める。


昔はこの役割もエマだったのに。


私が学園に向かう前からエマは病を患っていたはずだ。


辛い日もだるい日だってあったと思う。


それでもいつものように表情を引き締めて、私に病気を悟られまいと懸命に世話をしてきたんじゃないか。


それを感謝こそすれ、文句を言う立場でない。


ルナに手伝ってもらい着替え終えると、ルナは持ってきた本を二冊私に渡した。


「これは伯母の日記です。この古い方はここに来てエリザ様のお世話をする前と後のことが書いてあります。そして、こちらは伯母が亡くなる前に書いた日記です。これはエリザ様に持っていてもらった方がいいと思いまして、持ってきました」


私がそれを開く前にルナは一礼して部屋を出て行こうとする。


私はそんなルナを呼び止めた。


「あの、ありがとう……。エマの事、看病してくれて」


するとルナは振り返って笑顔で答えた。


「当り前じゃないですか。家族なんですから。こちらの用意は出来ております。エリザ様も心の準備が出来次第、降りてきてください。葬儀は明日になると思いますので」


彼女はそう言って部屋を出て行った。


私は近くの椅子に座り、渡された日記をじっと見つめた。


ここにはエマの思い出がたくさん詰まっている。


エマは自分の事をあまり話したがらなかったから、きっと私の知らないことがたくさん書いてあるのだろうと思った。


これはエマとの最後の会話だ。


そう思うことにして、ゆっくり表紙を開ける。


そこには端正な字で綴られていた。


エマらしい、几帳面で神経質な字だ。


そこからエマの生きていた証を感じて、また涙が溢れそうになった。


こんなところで泣いていては読めない。


それにこれを読んだら、エマにも会いに行かなければならないのだから。


私は大きく深呼吸をして日記の文字を見つめる。


そして、ゆっくりと読み始めた。

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