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90話 兄弟

私が怒りに震えながら睨みつけていると、テオは鼻先で笑った。


「頭の回らない人間は駁論も出来なくなると力に頼ろうとする愚か者ばかりだな。それは一種、敗北を意味しているのと同じだ。だからお前は、全てを知っていても何の挽回も出来ない戯者なのだ。自分の命惜しければ、その拙い頭でも捏ね繰り回して少しでも利口に生きるのだな」


テオは私に思い切り嫌味を言うと、遠慮もなくずかずかと私に近づき、リオのベッドの前に立った。


そして、リオをその冷たい目で見下げると、額にそっと手を当てた。


当てた瞬間、何の反応も示さなかったリオが表情を歪ませて唸り始める。


私は慌ててリオに駆け寄ってテオを止めようとした。


「なにするの!?」


「見ていてわからないのか? 光魔法に当てられた魔術師は一時的に魔力を失い、意識が飛ぶ。だからこうして同じ属性の俺がリオに魔力を注いでいるのだ。お前、もしや単純に光魔法は善で、闇魔法が悪などという浅慮な考えを持っているわけではないよな? 光る魔法も度を越せば人に害を及ぼす。薬と同じだ。使い方一つで善にも悪にもなる。本来のリオのルートではまだ光魔法が十分に使いこなせていないアメリアがリオを救った。だから、半日もすれば回復したのだ。しかし、マルグリットの存在で今のアメリアの光魔法の実力は倍以上になっているだろう。かといって闇魔法を止められるほどコントロールが出来ているわけでもあるまい」


直接状況を見ていたわけではないテオがここまで理解していることに驚いた。


彼の持っている情報は、恐らくリオが送っていた報告書ぐらいだろう。


それとも他にも密偵のような存在がいるのだろうか。


彼はリオに魔力を十分に注げたのか、手をそっと放した。


そして、リオに背中を向けて再び私に話しかけてくる。


「安心しろ。こいつは数時間後には目覚める。それより、お前は自分の心配をした方がいいのではないか? 全ての攻略対象のルートが解放された。その先にあるのが何なのか、愚者のお前でもわかるよな? もう取り返しのつかないところまで来ているのだぞ」


そうだ。


リオとサディアスのルートがほぼ同時に進行していたからわかりにくかったけれど、必要なイベントは終わったのだ。


イベントの起きた攻略対象が全員、アメリアに受け入れられなかったとなれば、おそらく本命は残されたウィリアムだということになる。


それは十分に予測出来ていたことだ。


しかし、そうなるといよいよ私はウィリアムから婚約破棄を言い渡されることになるだろう。


そうでなければ、アメリアとウィリアムが結ばれなくなってしまう。


婚約破棄は私の破滅ルートの最も大きな要因だ。


それを止めることも考えたが、本当にそれが適策なのかとわからなくなった。


婚約破棄を受け入れることも一つ。


ただそれだと父が納得しないだろうということもわかっていた。


「安易な考えは持つなよ。愚弟の要望を受け入れれば全て収まるわけではない。お前たちの婚約はお前たちの意思など関係のないのだからな。これは国と国の契約だ。お前らの間の蟠りが解けたとしても、我が国とお前の一族の関係性が危ぶまれることになるだろう。お前はどの道、死ぬ運命にはかわらない」


彼はそう言い放って部屋を後にした。


私はただ俯いたまま、立ち尽すしかなかった。






テオが部屋から出てくると、目の前には従者の一人と護衛の兵士が二人、テオの退室を待っていた。


テオは頭を下げる彼らを軽く眺め、そのまま廊下を歩きだした。


彼らはただ黙って、テオについて行く。


「マルグリットはどうした。アイツに探すように命じたのだろう?」


テオが徐に話し出すと、後ろの従者が直ぐに答えた。


「はい。しかし、相手もなかなかの手練れなのか、姿を晦ましていて未だ見つかっておりません。既に王子が来ることを把握していたのかと」


「話には聞いていたが、さすがと言ったところだな。今までにない強敵とも言える。アイツにエリザの監視も怠るなと言っておけ。次の標的はエリザだ。必ずやつはエリザに何か仕掛け、アメリアを手にかけさせようとするだろう。そうでなくてはこの物語が進行しないのだからな」


そんな話をしていると偶然に目の前からウィリアムが歩いて来るのが見えた。


ウィリアムもテオの存在に気づき、ひどく狼狽した。


テオはそんな弟に近づき、話しかける。


「ウィリアム、久しぶりだな。お前の学園での功績、俺や父上の耳にも届いているぞ」


ウィリアムは慌てて頭を下げ、答えた。


「恐縮です。兄上もご活躍との噂を伺っております」


「お前の巧言令色などどうでもいい。それよりも勉学に励む中、恋愛にも現を抜かしていると聞く。婚約者がいる一国の王子が、平民の女の尻を追いかけているとは嘆かわしいことだな。周りの貴族どもがどんな顔してお前を見ていることやら。もう少し、恥じらいというものを知ったらどうなのだ?」


ウィリアムの身体は微かに震えていた。


彼は幼い頃からこの冷淡な兄が苦手なのだ。


「僕はただ……」


「言い訳など聞きたくはない。お前がその女に執心していることはわかっている。エリザとの婚約を解消して、あの女と駆け落ちでもするつもりか? お前と侯爵家との婚姻がどういう意味を成しているのか、お前にもわかるよな。お前の気持ちなどどうでもいい。この国の王子として成すべきことをしろ」


そう告げるテオの目はどこまでも冷ややかで恐ろしかった。


しかし、ウィリアムもこのまま言われてばかりではいられない。


「兄上のおっしゃることもわかります。しかし、両家との関係が婚姻だけにあるとは思えないのです。きっとエリザも望んではいない。このような結婚、僕も彼女にも良い事とは思いません」


「それはお前がそうでありたいと願っているだけだ。お前はエリザの本音を一度でも聞いた事があるのか? お前を愛していないと誰が決めた。侯爵家の娘が王子に婚約を破棄される意味をお前は真剣に考えたことなどないのだろう。その先にやつの幸せはない。それでもお前は己の欲望を叶える為にきれいごとを並べて、自分の罪から逃れるつもりか?」


「そんなつもりは……」


ウィリアムはそれ以上言い返せなかった。


確かにウィリアムは自分たちの婚約についてエリザと真剣に話したことはない。


彼女が積極的にその話をしてこなかったのもある。


幼い頃からウィリアム自身はエリザと結婚するのが当たり前だと思って来た。


しかし、アメリアを目の前にした時、彼は誰かを愛するという気持ちを知った。


誰かが決めた関係性などではなく、自ら歩み寄りたいと思う相手に出会ったのだ。


そして、それはアメリアも同じだ。


こんな気持ちでエリザと婚姻してもいいのか、本気で悩んでいた。


「学生の間までは好きにすればいい。しかし、卒業後の事も考えることだな。お前にも王族としての仕事は回って来る。卒業と同時に結婚もすることになるだろう。子供のままではいられないのだ、ウィリアム。お前のその役に立たない情など捨てて、国の為に生きろ。勘違いするなよ。今、お前が手にしている全てはお前の実力などではない。お前に王国の王子としての立場がなくなれば無価値だということを忘れるな。もし、本気であの女と結ばれたいのなら、王位継承権を放棄して、どこぞの国にでも逃げ込めばいい。その前にあの女諸共、王国の密偵によって殺されるがな。その覚悟があるなら、勝手にしろ」


彼はそう言い捨てて、ウィリアムの前を離れた。


そして、その先にいたアメリアともすれ違う。


彼女はテオとすれ違った瞬間、彼に何かを感じて振り向いた。


この時初めて二人は顔を合わせたことになる。

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