85話 企み
私もリオの容態が気になり、こっそり二人の後をついて行った。
リオを無事に保健室に預けるとアメリアはその場に残ったが、サディアスはすぐに部屋を出てきた。
私はサディアスに見つからないようにさっと隠れる。
正直に言えば、複雑な気持ちだ。
アメリアに向けた気持ちが演技なのかもしれないけれど、あんな場面を見せられたらリオがこの世界の攻略対象の一人であることを思い知らされる。
やはり彼もアメリアと一緒にいることで彼女への特別な感情が湧いたのではないかと感じた。
そうしたらもう、彼は私の協力者ではいられないかもしれない。
彼女の幸せを心から願った時、私はリオにとってどういう存在になるのだろうと思った。
そもそもリオにとってヴァロワ家の私は仇のようなものではないだろうか。
彼の口からはそんな言葉を聞いたことはなかったが、リオの暴走が父やサディアスを見たことが切っ掛けならば、やはりリオの心の中にヴァロワ家に対する恨みがあるのではないかと思った。
そんなリオにこれ以上協力しろなどと言うのは酷な話だ。
私はサディアスが離れていくのを見ると、それ以上考えるのを辞めて、彼の後について行くことに決めた。
どうしても彼と父の様子が気になったからだ。
予想通り、サディアスは父の元へ戻って来た。
父の前にはマルグリットが居て、私は慌てて身を隠す。
「マルグリット、こんな時にどこに行っていたというのだ。こういう時にお前が活躍できなくてどうする?」
父は酷くご立腹のようだったが、マルグリットは全く気にしていない様子だ。
「申し訳ありません、ヴァロワ卿。しかし、アメリアでことはおさまったのならよいではありませんか。あれぐらいの暴走なら彼女の力でおさめられるという証拠ですわ」
「そういう問題じゃないだろう!」
二人が話している間を割り込むようにしてサディアスが父に話しかけた。
「兄上。このような事態に巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」
彼は父に丁重に頭を下げた。
父がそんな彼を見て大きく溜め息をつく。
「やはりお前に教官など向いていないのだ。学生のあんな問題に対処できないとは情けない。今回は何とかなったから良いものを二人とも気が緩んではいないか?」
父は二人に向かって叱りつけた。
サディアスは申し訳なさそうな顔をしていたけれど、彼女は全く反省の色を見せようとはしなかった。
それ以上にこの事故を起こしたのが実の息子だというのに彼の心配は少しもしていないようだった。
「本来であれば、このままこの学園の教官をマルグリットに任せて、サディアス、お前を連れて帰るつもりだったが学園長にも引き留められていな。お前の意志も確認した方が良いと言われた」
サディアスは複雑な表情のまま俯いている。
父は更に続けた。
「なぁ、サディアス。お前の気持ちもわからないでもない。しかし、お前はオルガルド王国の人間である以前に、我がヴァロワ家の一人なのだ。我々はあの領地を守る責任を担っている。いつまでもここでくすぶっているわけにもいくまい。それにこれは母の意志でもある。母は俺には厳しかったが、遅くに生まれたお前をひどくかわいがっていただろう? 俺を生んだ時、母はまだ若かった。子育ての何たるかもわからないまま無理矢理産まされたのだ。無理はない。それに比べてお前は待望の赤ん坊だった。父も母もお前には多くの期待と愛情を注いできたはずだ。それに答えようとは思わないのか? 俺はこんな学園でお前の実力を発揮できないままでいるのは勿体ないと思っている。お前はヴァロワ家として戦場に立ち、軍配を上げてこそ意味がある。自分の宿命を忘れるな、サディアス」
彼はそう言ってサディアスの肩をぽんと叩いた。
そして、そのままサディアスの横を通り過ぎる。
「今日は疲れた。俺は明日の正午までここにいる。それまでに辞職する覚悟を決めておくことだな。あちらの都合もあろう。こちらに戻って来るのはもう少し後でも構わない」
彼はそのままその場を後にした。
マルグリットはその二人の様子をおかしそうに見つめていた。
「ウォンバス教官、後のことはわたくしにお任せください。宰相殿もわたくしが宮廷魔術師として上げられるより、ここで教官をしている方が都合のよいようですしね。この二年間、アメリアさんにはしっかり光魔法を学んでいただき、いずれは宮廷魔術師候補として相応しい人物に育て上げるつもりですわ。だから、ご安心なさって」
彼女はサディアスの肩に扇子を当てて答えた。
サディアスは相変わらず何も言わない。
彼女は返事も待たず、私のいる方向に近づいて来た。
私は慌てて他に隠れる場所がないか探したが、間に合わなかった。
すでに気が付いていたのか、私をみつけて扇子を広げ、にんまりと笑う。
「あら、エリザさん。こんな場所で盗み聞きなんて、お行儀がよろしくありませんこと」
私は気まずい表情で彼女の顔を見つめる。
言い訳する言葉も浮かばなかった。
「というか、教官。リオの魔法が暴走した時、どちらにいらっしゃったのですか? あなたならあの状況、どうにか出来たんじゃありませんか?」
そう質問すると、マルグリットは一拍おいて大笑いした。
「わざとで決まっているでしょう? だってあの子の暴走を早めたのもわたくしだもの。ついでに彼女たちを倉庫に閉じ込めたのもわたくし」
彼女は嬉しそうに答え、扇子を畳むと私のおでこをぽんぽんと軽く叩いた。
私は真っ赤な顔をして睨みつける。
「なんで!? あなた、自分から息子を苦しめるように仕掛けたって言うの? しかも、アメリアたちを閉じ込めるなんて、全く理解出来ない!」
「理解なんてされなくて結構よ。それにあなたならわかるでしょ? あの子の闇魔法の暴走を止めるのはアメリアさんじゃないといけないって」
「なら、倉庫に閉じ込めた意味がわからない」
それはとまた意味ありげに笑う。
「あなたがどう動くのか気になったからよ。あなたはこの世界の数少ない転生者だもの。わたくし達から言えば、未来予知者と同じ。そんなあなたがこの事態をどう対処するか気になったの」
私は信じられない気持ちでいっぱいになった。
「もし私があのまま他の生徒とともに避難していたらどうするつもりだったの?」
「どうするつもりはないわ。あのままあの子が魔法を暴走させて、学園中が大変なことになったでしょうね。さすがに死人が出る前にはわたくしが対処するつもりだったけど、どうしようもない状況になった場面をアメリアさんに見せるのも面白かったかもしれないわね」
「あんた……」
私は怒りに任せて手が出そうになっていた。
どうしても私はこの女が気に入らない。
「そんなに怒らないでよ。レディーのお顔が台無しよ? それにわたくしにはあなたが動くって確信があったもの。彼女たちを見つけられるかはわからなかったけど、何かしら対処するだろうってね。あなたがあのまま素直に避難するとは思えなかったもの。性格ってそんなに簡単には変えられないものよ」
彼女はそれだけを言い残して私の元を去っていった。
このままじゃだめだ。
サディアスに対して最初は私が出来ることは何もないと思っていた。
けれど、彼をこのまま父の元に返したら、彼女が新しい学園の教官になる。
そうなれば、今回のように多くの邪魔をしてくるだろう。
あんなサディアスだけれど、彼女が主導権を完全に握るよりはいてもらった方が言いに決まっている。
それにこれ以上、リオを利用しようとするのは阻止したかった。
私はそのままアメリアのいる保健室へと駆け戻った。




