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82話 闇魔法

マルグリットの言葉に翻弄され、彼女の意向通りに動かされるのは釈然としなかったが、今はアメリアよりもサディアスの方が気がかりだった。


他の攻略対象の心情が比較的に安定しているのに対し、サディアスの行動には不可解な部分が多い。


彼の中で何か大きな変化が起きているのは、明白だった。


今までの流れから考えても、おそらくこれから起きるのはサディアスイベントだ。


マルグリットが現れたことで、自分自身のイベントが起きる可能性は十分に考えられたが、それでも自分ならばまだコントロールが効く分、不安は少ない。


しかし、このタイミングでサディアスに何か起きれば、ストーリーが大きく変更される可能性も出てくるのだ。


それが自分たちにとっていい方向に行くならいい。


しかし、一つ間違えれば取り返しのつかない事態になる可能性もあった。


リオは頭を悩ました結果、結局倉庫に足を運ぶのは辞めて、今はサディアスを監視しようと決めた。


林から抜け、練習場に戻っていくリオを見てマルグリットはほくそ笑んだ。


心に不安を持つ人間ほど操りやすい人種はいないのだ。


リオがアメリアのところに向かったところで、マルグリットには考えがあったのだが、やはりこの方が面白くなりそうだと心密かに喜んだ。






私は練習の手を止め、一息入れるために身体を伸ばし、周りを見渡した。


気が付けば、マルグリットとアメリア、そしてよく見るとウィリアムとリオの姿も見当たらなかった。


このメンバーが一度にいなくなるなんて怪しすぎると思い、持場を離れて探し回っているとそんな私が目についたのか、サディアスが私に近づき、声をかけて来た。


「何をしている! サボっていないで、練習を始めろ!!」


サディアスは相変わらず、キツイ言い方で私を叱りつけてきた。


せめて理由ぐらいは聞いてほしかったが、サディアスが私の意見などまともに聞いたことなど一度もなかった。


それに彼はいつも私と眼を合わそうとしない。


「すいません。ただ、見当たらない生徒が数名いるようだったので何かあったのかと心配になって」


「見当たらない生徒?」


サディアスは気づいていなかったのか、自らも周りを見渡した。


そのタイミングで誰かがサディアスの名を呼んだ。


「ウォンヴァス教官、少し見学させていただいてもよろしいですかな?」


それは学園長だった。


先ほどと同じようにその隣には父、ヘンリーも立っていた。


サディアスは父の顔を見て顔色を変えた。


「兄上。なぜこのような場所に?」


学長への挨拶もそこそこにサディアスは父に質問を投げかけていた。


父は肩を揺らし、大きく息を吐く。


「今日は学園長と大事な話があってな。お前の様子を見に来ていた」


「私の?」


サディアスには嫌な予感しかしていないようだった。


父が学園などに興味がないことはわかっていたからだ。


「お前も話ぐらいは聞いているだろうが、隣国のヘルスチア公国が我が国の辺境地に攻め入ろうとしている。ヘルスチアはグラッチェス帝国から独立した小国だが、最近は領地を拡大するため、他国へと侵略を企てているらしい。大きな戦いにはならないとは思うが、お前に協力を仰ぎたくてな。そろそろ戻って来れるだろう? お前もヴァロワ家の一族である以上、このままこんな場所でくすぶっているわけにもいくまい」


父はサディアスの顔を見て、一笑した。


父にとってサディアスの心の病とはその程度だと思っている。


彼の息が次第に荒くなっていくのを感じた。


その時初めて、サディアスを本当に苦しめているのは父であることを知った。


「父上、叔父上はまだ――」


私が真っ青な顔をしたサディアスを庇おうとした時、サディアスの方からそれを阻止するように私の前に手を伸ばした。


何も言うなという意味なのだろう。


彼は一度唾を飲み込んで、自分を落ち着かせてから答えた。


「兄上。私はもう戦場には……」


立つ気はないと言いたかったのだろう。


しかし、その前に父の目線が弟のサディアスに向かわずに別の場所に向かっていることが分かった。


彼も父の目線の先、後ろへと顔を向けた。


私も同様に目線を向ける。


そこに立っていたのはなぜか先ほどまで見当たらなかったリオの姿だった。


父は彼の顔を見ると驚いた顔をした。


「お前は、グラブディア王国の王子か。なぜ、このような場所に?」


やはり父もリオの事は知っているようだったが、まさかこの学園に通っているとは思わなかったのだろう。


リオの方は無表情のままその場に立ち尽くし、数秒間黙っていた。


その間、私にはリオの中で何が起きたのかわからない。


そして、父が再び声をかけようとした瞬間、リオの背中から嫌な気配のする黒い靄のようなものが溢れてくるのが見えた。






リオがサディアスを監視するために練習場に戻ると、彼がエリザと何か話しているところが見えた。


彼らに声を掛けるつもりはなかったが、見つめているとそこに学園長と一人の男が彼らに話しかけているのが目に入る。


そのもう一人の男が自国グラブディア王国を滅ぼした主将、軍事司令官のヘンリー・D・ヴァロワだということにすぐに気が付いた。


父親の仇とも言える2人の男。


父を死に追いやったサディアス。


国を亡ぼすために裏切り者の母と取引をした主将、ヘンリー。


だからと言って二人を個人的に恨んでいるわけではなかった。


正確に言えば違うかもしれない。


最初は少なからずこのような結末に陥ったのは彼らの所為だと思って来た。


しかし、とある転生者と会い、全てを知ったことでその憎しみは彼らにではなく、この世界の運命そのものに向けられるようになったのだ。


だから、恨みはないと思っていた。


それでも彼らを同時に見つめた時、自分の中に何か暗い感情が湧きだってくるのを感じた。


あの戦争がリアルに思い出させる。


人の焼ける臭いと同胞たちの痛みに苦しむ声。


地獄のような世界だった。


そして、彼のその後の人生は大きく変わった。


父の死後、オルガルド王国の捕虜となり1か月以上牢獄に閉じ込められ、拷問も受けた。


そんな彼の目の前に現れたのが転生者の男だった。


そして、そんな彼に全てを教えられることになる。


それを知った瞬間、彼はこの世界を恨まずにはいられなかった。


運命づけられ、一人の少女の為に作られた世界。


そのための自分への仕打ち。


何もかも許せなかった。


その憎しみの想いと共に頭に声が響いた。


「どうしてボクが、ボクだけがこんな運命を辿らなければいけなかったのだろうか。どうしてボクはこんなに重く辛い人生を担わないといけないのだ。どうしてアメリアや他の攻略対象者たちだけが幸福を約束されているのか。なんて、理不尽な世界だろう。なんて残酷な運命だろう。ボクはこの世界が憎い……」


その声が自分の声なのか、はたまた別人の声なのかすら判別できなかった。


ただ、自分の中に制御されていた理性という蓋が少しずつ緩んでいくのを感じた。


そして心の中の闇が形になったように体から黒い靄のようなものが溢れた。


いけないと思ったが遅かった。


もうリオではこの力を管理しきれない。


そして、思い出したのだ。


自分が本来のストーリーでどういう結末が待っていたのかということを。


彼はまだ完全に闇魔法を掌握出来てはいなかったのだ。

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