81話 嘲笑う
彼女が教官として任命されてから数日経ったが、意外にも平穏な日々が続いていた。
相変わらずリオはアメリアにぴったりとくっついて離れない。
『恋は脳の錯覚だ』なんて言っていた癖に、彼女と数日間共に過ごしてすっかり惚れ込んでしまったのではないかと誇負していた。
だとしても、今の状態を誰にも相談できないのは辛い。
マルグリットが今のところ何もしてこないので少しでも考えを集約することが出来ることは助かったが、それでも一人で考えるには限界がある。
何よりも気になっていることは、彼女に私が転生者であるとバレていることである。
それを知って彼女はこの学園で何をしようとしているのか、私には想像も出来なかった。
今は彼女が敵か味方かも判別がつかない。
事前にリオからその話がなかったことを考えても、リオもこの事を知らないのではないかと推測した。
私がロゼたちと製薬実習を終えた後、廊下を歩いていると思いもよらないものが目に映った。
それは学園長と共に歩く、私の父であるヴァロワ卿だった。
彼は私を見るなり、平然と近づき声をかけて来た。
「エリザ、エマからは報告を受けている。今期の試験では我がヴァロワ一族として恥じぬ成績を取りなさい。お前は今、この学園で侯爵家の顔だと言うことを忘れるな」
久しぶりに再会した娘に感激の言葉もなく、彼はいつものように淡々と告げた。
彼がこのような態度を取ることは重々承知だったが、それでも心の中に不穏な空気が流れ込んでくる。
「わかっております、父上。この間のような失態は致しませんわ」
私は無表情のまま答えた。
それ以外の言葉など彼の耳には届かないのだ。
「わかっているならいい。俺は行く」
彼はそう言って、学園長と共に私の横を過ぎ去っていった。
私の隣にいたロゼは気まずそうな表情を見せた。
私達親子関係がここまで冷淡なものだとは知らなかったのだろう。
何か声をかけようとしていたが、この重々しい空気に口を閉ざした。
あの人はああいう人なのだ。
今更、変わってほしいなど願いはしない。
けれど、このタイミングで彼が学園に訪れたことが寒心に堪えなかった。
その日の魔法実習も校内での個人練習となっていた。
いつものようにマルグリットはアメリアに付き切りで光魔法の指導をしていた。
「どう? コツは掴めてきたかしら?」
マルグリットはアメリアに優しく尋ねる。
彼女も息を整えながら頷いた。
「はい。ニルソン教官の指導がとても素晴らしいので」
マルグリットはくすりと笑って答えた。
「そんなお世辞を言っても何も出ませんよ。あなたの覚えが良いのでしょうね。そうだ。そろそろ次のステップに行きたいから、倉庫に取りに行ってほしいものがあるの」
彼女はそう言って、裾からスルッと紙を出してメモを取り、アメリアに渡した。
「行けるかしら?」
マルグリットがアメリアに尋ねると大丈夫ですとすぐに返事をした。
「わかりました。すぐに取ってきますね」
アメリアはそのまま駆け出し、道具のある倉庫に向かった。
それを見送ると今度は火属性の生徒達と練習に励んでいたウィリアムに声をかける。
「ウィリアム様、よろしいですか?」
王子として遠慮しているのか、アメリアよりも少し丁寧な言い方でウィリアムに話しかけた。
彼はすぐに手を止め、爽やかな表情で彼女の方へ身体を向ける。
「何でしょう、ニルソン教官」
「王子であるあなたにこのようなことを頼むのは申し訳ないのですけれど、一番アメリアさんと仲がよろしいようだったので。今、彼女に倉庫まで練習に必要な道具を取りに行ってもらっているのだけれど、やはり女の子一人では持ちきれないと思いまして、ウィリアム様、手伝っていただけませんか?」
彼にそう頼むと、彼は嬉しそうな表情になった。
ここにいる生徒は本当に素直な子供が多いとマルグリットは笑ってしまう。
「喜んで。教官も僕が王族だからと気を遣わないでください。僕もここでは一生徒に過ぎないのですから」
彼はすぐに承諾して、アメリアの後を追うように駆け足で倉庫に向かった。
彼女はその場で軽く首を回す。
「ほんと、子供って扱いやすくて手ごたえがないわ。まぁ、ショーはこれからだもの。アメリアさんには少しばかり、王子との甘い一時を楽しんでもらいましょう」
彼女は扇子で口元を隠し、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
そして、ゆっくりと自らも倉庫へと足を運ぶ。
気が付けば、マルグリットの姿もアメリアの姿も見えなくなっていた。
しまったと思い、慌ててリオは彼女たちの姿を探す。
しかし、何処を見渡しても見つからなかった。
そう言えばとリオはこの林の奥にある木造の倉庫があることを思い出した。
もしかしたらそこに向かったのかもしれないと林の中に入ろうとすると誰かがリオを呼び止める。
「どこに行くの? 可愛いボクちゃん」
リオはその声を聞いてぞっとした。
振り向くとそこには怪しく笑うマルグリットが扇子で口元を隠しながら立っていた。
「あんたは……」
「だめよ、ママに向かって、あんただなんて。そんな教育したつもりはないのだけれど?」
リオは思い切り睨みつけながら叫ぶ。
「何が教育だ。あんたのは教育じゃなくて、調教だろう? 自国を裏切った王妃がこんなところに何しに来た!?」
「何しにって説明があったはずよ。宰相の要望でアメリアの光魔法の教育をしに来たの。だって、この国にはまともに光魔法が使える魔術師がいないんだもの。この国の魔術の発展性の無さには愕然としてしまったわね。貴族が魔法を独占しようとするから進歩しないのよ。そう思わない? ボクちゃん」
ボクちゃんとはマルグリットが自分の息子を呼ぶときの愛称のようなものだった。
しかし、リオはそれを酷く嫌っている。
「もしかして驚いているの? 本来のシナリオに出て来る予定のないわたくしという新たな登場人物が現れたから。そんな寂しいこと言わないで。わたくしはただ、この世界の為にあるべき形に留めようと思って来ただけよ」
リオは血相を変えた。
まさか、マルグリットがこの世界の成り立ちを知っているとは考えていなかったことで、しかもあるべき形に留めようとしている。
つまり、リオ達とは全く逆の事をしようとしているのだ。
「そんなことをして、あんたに何の得がある!?」
「さぁ、得なんてあるのかしら? でも、あなたたちの方はいけないことをしようとしているんじゃない。この世界には辿るべき運命というものが定まっているのに、それを打ち壊そうとするなんて。しかも転生した小娘の命一つの為にそこまでする必要はあって?」
リオは返す言葉を失っていた。
エリザの死を回避しようとしていることだけでなく、彼女が転生者ということも知っている。
なぜ、リオの母である本来ストーリーに出て来る予定もなかった人物がそのことを知っているのか信じられなかった。
「そう言えば、あの子もあなたと同じように思っていたようね。わたくしがあの子達と同じ転生者じゃないかって。莫迦言わないでほしいわぁ。わたくしが転生者なんて言う珍妙な生類と一緒にはされたくはないもの。考えればわかることじゃない。あなたがあの戦いで敗れて、何処に連れて行かれ、誰の元にいたのか。わたくしがあなたを野放しにすると思って? わたくしの血を受け継いでいるならもう少し賢く育ってほしかったわぁ」
彼女は残念そうに言った。
全ての事を理解したリオが、急いでアメリアを探そうと林の奥に向かおうとした時、マルグリットがさらに続けた。
「アメリアを探しに行くのはいいけれど、あなたが見ていない間にサディアスが大変なことになるかもしれないわね。それでも奥に進むの?」
彼女は焦るリオを見ながら嘲笑った。




