80話 新しい教官
突然の新任教官の紹介に、私は驚かずにはいられなかった。
ゲームでもこんな登場人物はいなかったはずで、彼女の登場を予想もしていなかったのだ。
「ニルソン教官はアメリアと同じ光属性だ。今後は俺と一緒に魔法実習に参加することになる」
サディアスはそう言って、隣の女性教官を紹介した。
どこかで見たことがあるその顔に、私は必死で目を凝らしながら見つめた。
「マルグリット・ニルソンです。皆さん、どうぞよろしくお願いしますね」
彼女はそう言って生徒達の前で微笑んだ。
その笑みが実に輝かしくて、つい目を萎めてしまった。
やけに美人な教官である。
彼女はそのままアメリアの前に立ち、改めて挨拶をした。
「宰相から申し付けられて参りましたの。今後は主にあなたの光魔法の指導者として、尽力するつもりよ。よろしくね、アメリアさん」
彼女は再びアメリアに微笑みかける。
なるほどそう言うことかと私も納得した。
サディアスは四属性のオールラウンダーだけれど、光魔法は使えない。
光魔法と闇魔法は四属性の魔法とはまた違う特殊なものらしく、それを教えられる教官がこの学園にはいないのだ。
前回の魔法大会ではアメリアを宮廷魔術師候補として王宮に召し上げる為、宰相が視察に入っていたが、アメリアの光魔法の取得ができていないことと引退予定だった宮廷魔術師の体調が良くなったことを理由に保留になったのだ。
宰相は何が何でもアメリアを宮廷魔術師にしたいらしい。
では、目の前の女性教官は光魔法の使い手なのになぜ宮廷魔術師候補として選ばれないのか。
アメリアの横にいるリオを見て、やっと気が付いた。
マルグリットはリオと似ているのだ。
似ているどころの話ではない。
瓜二つと言っても過言ではなかった。
ラストネームは違うけれど、リオの名前は亡国の王子とばれないようにもともと偽名なのだ。
おそらく彼女はリオの近しい身内と考えるのが自然だろう。
リオ自身もマルグリットを見て驚いて、今は凄まじい形相で睨みつけている。
こんな登場人物は絶対にゲームにはいなかった。
いたならこんな美人を忘れるわけがないし、アメリアの魔法指導者というなら尚更ゲームで目立っていたはずだ。
どういうことなのだと誰かに聞きたいぐらいだったが、今はそれを相談しようにもリオがアメリアに付きっ切りのために近づけなかった。
彼女の挨拶が終わるとすぐに魔法実習が始まった。
いつものようにそれぞれの属性に合わせて集まり、練習を始める。
アメリアだけは隣にマルグリットが付いて光魔法の指導を受けていた。
ひとまずこのレアキャラはエリザとは関わりのない人物だと踏んで、私は自分の練習に打ち込んでいた。
そして、もう少しで防御魔法が会得出来そうという所でマルグリットが私に声をかけて来る。
「こんにちは、エリザさん。いつもあなたのお父様にはお世話になっているの」
急に声をかけられて驚いたこともあったが、それ以上に彼女の口から父の名が出たことに驚いた。
私の顔を見てマルグリットは嬉しそうに笑う。
「あら、もしかして知らなかった? そうかもしれないわね。私が匿われていたのはヴァロワ領の端の街だったし、ヴァロワ邸があった地域には行ったことがないから。でも安心して、お父様の愛人ってことではないの。奥様にも一度お会いして挨拶もしているし、手を出す気はないわ。今のところはね」
彼女は意味ありげに再び笑いかけてくる。
私の驚愕した顔を見て、彼女は更に嬉しそうな顔をした。
「やだ、信じちゃった? 冗談よ、冗談。そんな恩人に歯向かうようなことわたくしが出来ると思って? 今もこうしてヴァロワ卿の達ての願いでアメリアさんに光魔法を教えに来ているだけよ。あなた、私の息子とも仲良くしてくれているみたいじゃない? あの子、本当に癖の強い子であなたも手を焼いているんじゃなくって? 困ったことがあったらいつでも言いに来て。あの子の扱い方なら私が教えてあげる」
彼女は私の耳元で囁くように扇子で口元を隠しながら話した。
私はそのまま硬直してしまう。
彼女が父に匿われヴァロワ領内で暮らしていたことや彼女がリオの母親であることも驚いたが、それ以上に私とリオの関係を知っていることに驚いた。
私達の関係は二人だけの秘密だったはずだ。
知っていたとしてもリオが協力関係にあるという、私とは別の転生者ぐらいだ。
もしかして、その転生者が彼女なのかと疑った。
しかし、あのリオの嫌悪に満ちた顔を見て、彼が彼女に協力しているとは思えなかった。
「そんなに驚いちゃって、あなた本当に素直なのね。わたくし、素直な子は好きよ。特に従順な子がね。これからも仲良くしましょうね、転生者のエリザさん」
彼女はそう言って私の元から離れていった。
彼女の話が全く理解できずに、私の頭は思考停止する。
なぜ彼女は私が転生者であることを知っているのか?
信じたくはないが彼女が私と同じ転生者なのかもしれないと思った。
そうならば彼女がいろいろと知っていてもおかしいことはない。
実際にリオもこの学園に来て私が転生者だと見抜いたのだし、あのリオの母親なら彼以上の知性があったとしてもおかしくはないのだ。
だとしても、それをわざわざ言いに来る理由もわからないし、彼女がこちら側の意図を読んで破滅ルートの阻止を企てていることも知っているのかわからなかった。
いや、知らないはずはない。
エリザが転生者なら自分の死を回避しようとすることはごく自然なことだ。
私は慌ててリオの方へ目線を向けたが、リオがこちらに振り向く様子はなかった。
彼はマルグリットを見た時からずっと彼女を警戒していた。
リオがあれだけ警戒する人物と言うなら、彼女が私たちにとって驚異的な存在であるのは確かだろう。
彼女が私たちの計画を知って、どう動くつもりなのか今はまだわからなかった。
それにこの段階でアメリアに光魔法を習得させる意味も何かあるのかもしれない。
とにかく今は彼女の事を用心しておこうと思った。
リオは自分の母親が目の前に現れた時、声も出ない衝撃に襲われた。
こんな展開は協力者たちにも聞いていなかった。
リオの今後の予測の中にも母親が現れるという展開はなかったはずだ。
アメリアを学園に留まらせ、彼女を宮廷魔術師補佐に選ばせないために対策は打ったつもりだったが、こうして学園の方に乗り込んでくるとは考えもしなかった。
光魔法だけでなく、彼女が相当な魔法の使い手であるのは確かではあるが、子供嫌いの彼女が生徒の教育など進んでやるはずはない。
いくらヴァロワ卿に頼まれたとしても彼女に利がなければ、動かない性格なのは良く知っていた。
彼女が何を考えてこの学園に現れたのかはわからない。
今わかるのは、良からぬことを企んでいるということぐらいだろう。
リオがいくらマルグリットを見つめていても、彼女は一度も目を合わせなかった。
我が子など興味がないという態度だ。
アメリアの事を気にするのはわかるが、なぜか彼女はエリザの事も気にしている節がある。
宰相の口から母親の名前が挙がった時点で嫌な予感はしていた。
リオはマルグリットを警戒しながら、なるべくアメリアの側から離れないように努めた。




