79話 訪問者
サディアスはその光景を見て驚き、私たちの元からゆっくり離れて魔物の前に立った。
確かにその魔物は絶命していた。
それにしても人間の身体以上ある大きな獣相手に首を断ち切るなんて芸当、普通出来ない。
熟練した大人でさえ、手古摺りそうな魔物だ。
「とりあえず、ここは後で俺から報告する。血の臭いをかぎ分けて他の魔物が近づかない間に逃げよう」
サディアスはそう言って生徒達を誘導していく。
私も自分たちのチームが待ちぼうけになっていることを思い出し、慌ててルークの袖を引っ張った。
「私たちも戻らないと!」
「そりゃそうだけど……」
ルークは名残惜しそうにアメリアの方を見た。
アメリアは私達から離れて、魔物の前で泣きべそをかいているリオに駆け寄っていった。
「リオ、大丈夫?」
リオは涙を拭って、立ち上がる。
「大丈夫。少しびっくりしただけだよ。けど、襲われた時は本当に驚いて、殺されるかと思ったよ」
「ごめんなさい。私がここに残っていれば良かったわね」
アメリアが謝るとリオは大きく首を振った。
「アメリアの所為じゃないよ。ボクがパニックを起こしたのが悪いんだ」
私はリオの話を聞きながら、疑わしい目でリオを見ていた。
あの腹黒リオが魔物ごときでパニックを起こすとは思えない。
魔法演習には参加していなかったが、彼は相当魔法を使い慣れていたはずだ。
私だってこんな場所にルークだけを残していこうとはさすがに思わなかった。
リオがいたからどこか安心していたのだ。
するとルークが不満そうな顔をしてリオを睨みながら、もと来た道を戻り始めた。
そして戻る間に私に話しかけてくる。
「なんか変な感じがするんだよな、あの坊主」
「変な感じ?」
私はとりあえずルークに聞き返した。
「坊主が魔物の前に立った時、俺は後ろにいたから顔は見えなかったけど、魔物の方が少し怯えていたというか、素人っぽい動作している割には魔法が鋭利だったというか、卓越した感じがしたんだよな。あれは絶対初心者じゃねぇぜ。いくつも死線を越えて来たって感じだった」
私はそれ以上口出ししなかったが、リオはこの学園で誰よりも魔法に手慣れているはずだ。
恐らくアメリアより、もしかしたらクラウスよりも強いかもしれない。
そんな彼が実力を隠そうとする理由がいまいちわからなかった。
「あの首は風魔法で切り落としたの?」
私はあまりに綺麗に切り落とされていた魔物の首を見て、気になりルークに聞いた。
正直、魔物の死体なんて初めて見るけれど、なかなかのグロテスクな光景だ。
あれ以上近づいたら、絶対吐いていたと思う。
それなんだよとルークは振り向いて興奮気味に話して来る。
「びっくりするだろう? 俺もあんなに風魔法を器用に扱える生徒初めて見たぜ。一瞬でよく見えなかったけど、あいつが杖を振り回した瞬間、しゅっと何かが横切って、鋭利なナイフで魚の頭でも切り落としたようにすとんとあっけなく。何が起きたか理解するのに時間がかかったぐらいだぜ? あいつ何もんなんだろうな?」
ここでルークに亡国の王子だとは言えない。
それはリオの口からアメリアに直接伝えるものだし、実際リオの素性を知っているのは一部の人間だけだ。
あんなことをしてルークにまで怪しまれるとは、これだけ目立ってどうするつもりなのだろうと思う。
しかし、あれでもこのゲームの攻略対象の一人なのだ。
今までが存在感がなさ過ぎたのかもしれない。
私達は元のグループに戻ってそのまま山頂を目指した。
あの後からは特に変わった魔物は現れず、あっさりと集合場所につくことが出来た。
大物の魔物が現れたと聞いて、ウィリアムやギルバートも心配してアメリアに駆け寄ってくる。
しかし、本当にこんな小さな森にフェンリルなんているんだろうか?
あれがそんな大物の魔獣だとは限らないが、それでもあれだけ大きな魔物がこの森にいるとは思えない。
誰かがあえて呼び出した可能性はなくはないが……。
全員が山頂に集合すると、授業はそこで終わった。
とは言っても、下山となればまた魔物と遭遇する恐れはあるし、気を抜いては帰れないのだが、一番下りやすい道を全生徒で帰る分、安心だった。
私がロゼたちと合流して、後ろの方を歩いていると、後ろから教官の叱る声が聞こえた。
「ウォンヴァス教官、今日の事は学園長に報告させていただきますよ。生徒達に聞いたら、真っ先に駆けつけないといけないあなたが山道で足を取られて、間に合わなかったと言うではありませんか。もし、あのリオとか言う生徒が対処出来なかったら、生徒の誰かが怪我をしている可能性があったのですよ? わかっていますか?」
やっぱり怒られてしまったかと苦々しい思いでサディアスを見つめていた。
サディアスも言い返す気はないようだ。
体調が悪いとはいえ、それは言い訳にはならないだろう。
しかし、今日のサディアスは明らかに様子がおかしいと思った。
タイミングとしてはリオが授業に参加するようになってからだろうけれど、何か関係はあるのだろうか。
しかし、ここで私が出来ることは何もない。
彼が私を拒む以上、後はアメリアに託すしかないのだ。
どの道、サディアスの恋路を邪魔したところで私の破滅ルート回避には至らないだろうと思った。
その頃、校長室では一人の婦人が学園を訪れていた。
「しかし、まさか貴方様にお会いできるとは思いませんでしたよ。これはヴァロワ卿の推薦と宰相からの許可も出ていますからね」
学園長はニコニコしながら、その女性に話しかける。
「いやですわ、学園長。わたくしは何も。それにわたくしにはヴァロワ卿に命を救われた恩がありますもの。未来の王宮魔術師候補のアメリアさんの教育を任されるなんて光栄なことですわ」
彼女も上品に笑って見せる。
ほっそりとした体にきめ細かい白い肌、すっと伸びる長いまつげ。
透き通る水色の髪に、深い藍色の瞳。
誰かを思わせるような顔立ちだった。
「それにこちらの生徒さんは優秀な方が多いとか。第二王子のウィリアム様や公爵家ルーク様、それに宰相のご子息のクラウス様までいらっしゃるのでしょ? お会いできるのが楽しみですわ。そうそう、それに……」
彼女はそう言って、扇子の下で口角を上げた。
「ヴァロワ卿のご息女もいらっしゃるとか。きっとお父様に似て優秀な生徒さんなんでしょうね。ほんと、お会いできるのが楽しみ……」
彼女は実に嬉しそうな顔をしていた。
「では、マルグリット王妃。短い間ですが、生徒達の魔法学習にお付き合いください」
学園長が頭を下げると、マルグリットは扇子をひらひらしながら答えた。
「その呼び名はよしてくださいな。もう、亡き王国の呼称など恥ずかしいだけです。わたくしの事はマルグリットと気軽にお呼びください。この国ではわたくしの身分などないに等しいのですから」
彼女はそう言って満面の笑顔を見せた。
二人の挨拶が終わるとマルグリットは学長室を後にして、生徒達のいる教室棟の方向に向かった。
そして、エリザ達のクラスの前に立つと窓越しから生徒たちを見つめる。
その中で、アメリアやウィリアム、ルークを見つけた後、エリザに目線を向けて笑った。
「あの方が未来を知る転生者、エリザ嬢。これからが楽しみですわね」
彼女はそう言って再び扇子を取り出して、ひらひらしながら教室を離れていく。
リオだけが誰かの目線を感じて、教室の外を睨みつけた。
今から自分とサディアスのルートが始まるというのに不安が募っていく。




