78話 魔獣
最終目標地点は山の頂にある石碑の前だった。
それぞれ講師たちが考えたコースを進みながら、魔物と遭遇した場合は戦う。
しかし、深追いはしないことが条件だ。
この演習の最大の目的は連携を取り、予想外の出来事に対処することだ。
そして、的確な判断を求められている。
その中に自分たちの力が及ばない場合は、手を出さないというのも学ぶべき一つだ。
私達はアメリアのグループと並行しながら、山道を登っていく。
途中で何匹かの魔物には出くわしたが、殆ど戦うことなく逃げて行くばかりだった。
ルークは先頭を歩きながら、不満を口にしていた。
「なんだよ。手ごたえねぇなぁ」
確かにこれだと練習にはなっていない気がした。
そんな時だ。
並行しながら山道を登っていたアメリアのグループの方向から、猛々しい魔獣の鳴き声のようなものが響いてきた。
ルークはその鳴き声の方へ顔を向け、叫んだ。
「アメリア!」
彼は後ろに連れ添っているチームメイトの事も忘れ、一目散にアメリアがいる方向へ走り出した。
置いて行かれたチームメイトは呆然と立ち尽くしているしかない。
「あのバカっ!」
相変わらず頭の中がアメリアの事でいっぱいのルークに悪態をつく。
私は戸惑っているチームメイトにそのまま待機するように告げ、急いでルークの後を追いかけた。
ルークが駆け付けなくても、あのサディアスが気付いて既に向かっているだろうと思っていた。
ルークはこの進みにくい斜面を全速力で走り抜け、アメリアのチームと合流しようとしていた。
私が追いかけながら彼の名を叫んでも、彼は一度も振り向かなかった。
ルークがアメリアのグループを見つけ、目の前を見てみるとあのフェンリルと思しき狼のような姿をした魔獣が、彼女たちに向かって唸り声を上げているのが見えた。
「な、なんでこんなところにフェンリルが!!」
アメリアのチームメイトは杖を突きつけながら腰を抜かしている。
これにはアメリアやリオも驚いているようだった。
「けど、フェンリルがこんな森にいるわけがないだろう!」
誰もが信じられない様子でその魔物を見つめていた。
「ここは俺が食い止める! アメリアは早くサディアスを呼んで来い!!」
ルークはアメリアの前に立ってそう叫んだ。
今日の二回目の馬鹿野郎だ。
どうして魔力の強いアメリアに教官を呼びに行かせ、他の魔法技術の弱い人間を残すのか。
アメリアは返事をして、その場にルークたちを残し、サディアスのいるであろう方向へ走り出した。
私がここにいても何の役にも立たないだろう。
この状態になっても来ないサディアスの事を考えると嫌な予感がしていた。
私はアメリアの後ろを追いかけるようにして駆け出した。
「なんて失態だ……」
サディアスは森の中の小さな崖の下で蹲っていた。
彼は担当の生徒達の後ろをついて行きながら山道を歩いていたが、立ち眩みがして崖から落ちてしまったようだ。
さほど高さはない崖だったので問題はなかったが、足を痛めてしまいうまく歩けないでいた。
そんな時、山の上の方から獣の遠吠えのような声が聞こえた。
「くそっ! 行かなくては!」
サディアスは痛めた足を庇いながら、立ち上がる。
しかし、痛みは強まるばかりだった。
サディアスは木の幹を伝いながら歩いていると、目の前から彼の名を呼ぶアメリアが走ってきた。
「ウォンバス教官! 大丈夫ですか?」
彼女は真っ青な顔をしたサディアスに近づき、身体を支えた。
歩き方からして足を痛めているのは一目瞭然だった。
「それより、何があった?」
サディアスは険しい顔でアメリアに尋ねる。
「フェンリルと思しき魔物が現れました。今はルークが食い止めていますが、他の生徒達は怯えて手出しできない状況です」
「そうか。ならば、急がなくては」
そう言って急いで山を進もうとしたが、足の痛みでうまく歩けなかった。
「ウォンバス教官!!」
アメリアは心配して彼の名前を呼ぶ。
彼の顔は既に真っ青で汗が大量に流れていた。
想像以上に痛むのだろう。
「俺は大丈夫だ。それよりも彼らの元に……」
「でも、その足ではこの山道は登れません! 出来るかどうかはわかりませんが、光魔法の治癒を使ってみます」
彼女はそう言って、彼を木の根元に座らせ、傷もとに手を当てた。
「お願い。成功して!!」
その瞬間、手から光が漏れ、その光はサディアスの足を包み込むようにして輝きだした。
彼女の想いが魔法となって届いたようだ。
「良かった! でも、少し時間がかかります。もうしばらくだけ辛抱してください」
彼女はそう言って治療に専念する。
そんな彼女を見つめながら、サディアスは自分の不甲斐なさを痛感していた。
私はアメリアの後を追いかけるようにして山道を下る。
さすが、武術の成績上位の生徒だ。
私とは違って、ドレスのようなこの制服でも軽々と急な山道を下っていく。
私と言えば、周りの木に捕まりながら滑り落ちるようにして降りていくのがやっとだった。
私とアメリアの間にはどんどん距離が出来て行き、次第に見えなくなった。
何とか山道を下っていくと、近くからアメリアの声が聞こえ、続けてサディアスの苦しそうな声も聞こえてくる。
次の瞬間、不自然な風と魔法の力を感じて、それがアメリアの魔法だとすぐに気が付いた。
私は慌ててそれを感じる場所に向かう。
そして、私が目にしたのは苦しそうにしているサディアスと彼の足に治癒魔法をかけているアメリアの姿だった。
私はそれを見た瞬間、大声を上げる。
「何をやっているの!?」
アメリアは驚き、振り返る。
「エリザ様! ヴォンバス教官が怪我をして動けないのです。なので今、光魔法で治療を――」
「それ、どれぐらいかかるわけ? 今は緊急事態でしょ!?」
私は彼女に声を荒げてしまった。
サディアスの治療をするのはわかるが、今は生徒の命が最優先だろう。
「わかっています。けれど教官は足を怪我していて動けないんです。治療はすぐに終わります、だから」
「だからじゃない!!」
私はそう叫んでサディアスに近づくと、そのまま腕を持って肩に担いだ。
「そんな悠長にしている時間なんてないでしょ? ほら、あなたも担いで!」
私は隣にいるアメリアにサディアスの腕を担ぐように言った。
そして、痛がるサディアスに声をかける。
「申し訳ないけれど、今は人の命がかかっています。私たちが肩を貸しますのでこのまま生徒達の元へ向かいましょう」
私はそのままサディアスを立たせて、山道に向かおうとした。
「でもこの足じゃ……」
まだ渋っていたアメリアに私は怒鳴り上げそうになったが、答えたのはサディアスの方だった。
「俺は大丈夫だ。君の治療はちゃんと効いているようだ。手を貸してくれたら山道も登れる」
彼はそう言って足を引きずりながらも生徒達のいる方へ急いだ。
何とか到着するとそこには呆然と立ち尽くしたルークと尻もちをついたリオ、そして怯える生徒たちが抱き合うようにしてひしめき合っていた。
何事かと思い、魔獣のいる方へ目をやる。
そこには血だらけになって、首がすとんと落ちた魔獣の狼がいた。
「これはどういうこと?」
私はすぐ近くにいたルークに尋ねる。
ルークも顔を真っ青にしていたが、中央にいたリオも真っ青な顔で震えていた。
「俺じゃねぇ。あいつがやったんだ」
ルークはそうつぶやきながら、リオに指をさした。
私達はリオへ目線を向けると彼は震えながら振り向き、涙目で訴えて来た。
「ご、ごめんなさい、アメリアァ。ボクの魔法が暴走したみたい……」
突然の出来事に驚き、言葉が出なかった。




