76話 リオ・ハールゲン
大会翌日、私は調子の悪そうだったリオが心配になり、朝から科学室に顔を出すことにした。
リオは教室に通わない代わりに、毎日この科学室に朝から来ているのだ。
確かゲームではここで自分たちグラブディア人の寿命を延ばす研究をしているとか、いないとか。
ゲーム設定ではグラブディア人の寿命は私達よりずっと短いという。
平均寿命が40そこそこだったかな。
長生きでも50過ぎるか、過ぎないからしい。
前世の世界ではみんなかなり長寿で80歳ぐらい生きていた気がするけど、この世界の平均寿命は確か60ぐらいだった気がする。
そんな事を考えながら、私が科学室に入るとそこには誰もいなかった。
いなかったどころか実験道具は綺麗にしまわれ、朝から誰もここに訪れた様子はない。
「あれ? 今日はお休みかなぁ?」
そんなに体調が悪いのかと心配になったが、お見舞いに行きたくても彼がどこの寮にいるのか知らないのだ。
また、元気になればいつものようにここにやって来るだろうとその時の私は思っていた。
リオがいないことを確認して教室に戻ると、突然姿を消した私に気が付いたロゼが頬を膨らまして怒っていた。
「エリザ! どこに行っておりましたの? もう、ホームルームが始まりますのよ!」
ロゼはなかなかの心配病だなと思いながらも、素直に謝る。
「ごめん。ちょっと気になったことがあったからさ」
「気になったことって……。まぁ、いいですわ。それより今日は――」
ロゼが何か言いかけた時、私の耳に聞きなれた声が聞こえた。
条件反射のようにそちらの方へ振り向くとそこにはお馴染みの顔があった。
ーーリオ!?
なぜ彼がこんなところにいるのかと私は慌ててしまった。
彼は満面の笑顔を作って、挨拶をしてくる。
「おっはようぉ!」
私は返事をすべきか悩んだ。
だって私たちの関係は二人だけの秘密であったはずだ。
それにそんなキラキラした笑顔で話しかけられたら調子が狂う。
「り、リオ……」
私が彼に答えようとした瞬間、リオはこちらに向かって走って来る。
どうしようとわたわたしながら顔を手で隠していると、彼は何事もなかったように私の横を通り抜けて行って、アメリアの前に立った。
「アメリア! 隣の席いいかなぁ?」
彼が話しかけたのは私ではなく、アメリアだった。
そうだった。
彼は私だけではなく、アメリアとも仲がいいはずだったのだ。
それをすっかり忘れて、自分に話しかけたと思った自分がすごく恥ずかしい。
それに彼が私にあんな表情を見せるわけがないではないか。
むしろあの態度はゲームの時のリオに似ている。
彼の話ではアメリアの前では不自然がないようにシナリオ通りの自分を演じているとか言っていたはずだ。
だとすれば、私に話しかけるはずはないのだ。
不思議な格好をした私を見て、ロゼは呆れながら話しかけてきた。
「何をしてますの? こんなところでダンスでもなさるおつもり?」
ダンスって盆踊りか何かだろうか。
私は恥ずかしいと顔を伏せた。
しかし、なぜこのタイミングでリオが教室に現れたのだろう。
そんな話、私は全く聞いていない。
「ありがとう、アメリア。君がボクを誘ってくれたから、やっと教室に来ることが出来たんだ。君が一緒なら心強いよ」
彼はそう言ってアメリアに優しく笑いかけた。
もう私の知っているリオとは別人だ。
しかし、これが本来のリオというキャラクターだった気がする。
「私も良かったわ。折角同じクラスなのに一緒に授業を受けられないのは寂しいと思って……」
今日も早速、主人公善人オーラを放っているアメリア。
どうもこういう彼女の性格にはなれないでいた。
ロゼもリオの存在に気が付いて驚いた顔を見せ、私の袖を引っ張る。
「ちょっとあれ、リオ・ハールゲンではありませんこと? 教室に現れるなんて珍しい!」
「そ、そうなのぉ? あれが秀才と名高い生徒かぁ。初めて見たぁ」
私はほぼ棒読みで答える。
今更、もうどう反応していいかわからなかったし、かといって周りに私とリオが仲良いことを知られるわけにいかない。
そもそも私とリオは仲がいいのか?
科学室に行っても、リオはいつも不満そうな顔をしている気がする。
シナリオ改変の為に協力関係にはあるが、良好な関係かと聞かれると疑問が残る。
それに今のリオを見ていると私といる時よりもずっと幸せそうに見えた。
リオは相変わらず猫をかぶった状態でアメリアに上目遣いしながら頼みごとをする。
「アメリアァ。ボク、実は教材がまだ全て揃っていないんだ。今日の授業はアメリアの教科書を一緒に見せてもらってもいいかなぁ?」
完全に甘えモードのリオ。
そんな彼を不快に思う人はいくらでもいるだろう。
「おい、お前誰だよ! いきなり教室に現れて、アメリアの隣をぶんどったと思ったら、教科書まで借りようとして!!」
ああ、やっぱりかと呆れながら彼らの様子を見ていた。
怒り出したのはアメリアの後ろの席にいるルークだ。
「君ぃ、ボクの名前を知らないの? そんな珍妙な人、まだ学園にもいたんだねぇ。すごいや!」
リオが相変わらずのスマイルで答える。
ルークは完全に怒りMAXだった。
「お前、それぜってぇ悪口だろう! お前みたいな生徒、一度も見たことねぇし、公爵家の俺が知らないなら下級貴族の家のもんだろう?」
その言葉を聞くとリオはすっと無表情になった。
しかし、再び笑顔を作り答える。
「君があの公爵家のぼっちゃん、ルークかぁ。噂は聞いているよぉ。学園随一の好色家なんでしょ? そんなので学園一番になっても嬉しくはないけどね」
「ああっ!!」
ルークは今にも爆発しそうな勢いだ。
私と始終憎まれ口を言い合っているお陰で多少のいわれようは慣れているのだろうが、さすがにリオに誹謗されると誰でも切れそうになるのだ。
だから私もゲームをしている頃からリオは腹黒だなって思って来た。
けれど、アメリアにはいつも優しい。
「ボクはリオ・ハールゲンだよ。別に覚えてくれなくてもいいけど、君のような貴族の癖にガサツな人間にお前呼ばわれはされたくないかな。もう少し高貴な身なら、それらしく振舞ってみたらどう? そんなので公爵家なんて威張り倒していたら、すぐに下の人間に見下されてしまうよ」
彼は相変わらずの完璧な笑みで答えた。
後ろで聞いていた、ギルバートやウィリアムも呆れた表情で見ている。
「絶対殴る! このクソガキ、ぜってぇ痛い目に合わせてやる!!」
ルークはついに切れ出して椅子から立ち上がり、リオに掴みかかろうとしていた。
そこを必死で隣に座っていたギルバートが押さえ込んでいる。
私にはルークの気持ちがわかると何度も頷いた。
ああやってリオに非難されるとどうにかしてやりたい気持ちになるんだよね。
そんな私とリオが一瞬、目が合った気がしたが、すぐにリオは目線を逸らした。
確かに私たちの仲はクラスメイト、特にアメリアには気づかれたくないことだけれど、そんなあからさまに避けなくてもいいのにと思ってしまう。
さすがの私でも、そんな態度を露骨に取られると傷つく。
ただ、攻略対象であるリオの立場から考えるとリオが私を憎んでいてもおかしくない設定なのだ。
今は私が転生者と知り、協力者となっていてくれるけれど、本来の侯爵令嬢のエリザは両親の仇の娘なのだ。
ゲームでもリオはエリザの事を酷く嫌っていた気がする。
仲良くする方が妙なことかもしれない。
そう思って、私はリオ達を遠目から見守ることにした。




