74話 願い
アメリアが目を覚ますと、そこには神妙な面持ちをしたクラウスがいた。
彼女は身体を起こそうとしたが、それをクラウスに止められる。
「起きなくていい。まだ寝ておけ」
彼はそう言って、アメリアを再びベッドに寝かせる。
「申し訳ございません……、クラウス様」
アメリアは布団で自分の顔を隠しながら謝った。
「なぜ、お前が謝る。あれは試合だったのだ。お互いに全力を出し切った結果だろう」
クラウスの言葉を聞いて、アメリアは複雑な表情を見せる。
確かにアメリアもクラウスと同じように全力を出して戦った。
しかし、あの最後の瞬間に体が動かなかった理由がわからなかったのだ。
「それに謝るとするなら、俺の方だ。無防備なお前にあんな強い魔法を使う必要はなかった……」
「それは、クラウス様の所為では――」
アメリアはそう言って布団から顔を出すと、クラウスは珍しく、くくっと笑ってみせた。
そして、彼女の頭をそっと撫でる。
「やっとお前の元気な顔が見られたな」
彼のその微笑はとても優しく、アメリアは放つ言葉を忘れてしまった。
ああ、この人にもこんな優しい表情が出来るのだなと感動していた。
彼女は彼が好き好んであんな冷血な表情をしていたのではないということは知っていた。
本当はとても優しく、穏やかで、慈悲深い人だと知っている。
そして、何よりそのクラウスの大きな手が安心感を与えた。
「俺はただお前に学園生活を謳歌してほしいだけなんだ。今までのように無邪気に笑っていてさえくれたら、俺は満足だった。その笑顔に俺は救われていた」
「クラウス様……」
いつもとは違う様子のクラウスにアメリアは困惑していた。
それがとても悲しそうで、彼が多くの事を抱え込んでいることを知る。
「俺はウィリアムのように素直に気持ちを伝えることは出来ない。ルークのようにいつでも助けに行けるわけでもない。ギルバートのようにお前をどこかに連れ出すことも、ずっとそばにいてやることも出来ない。それがもどかしくて仕方がなかった」
彼は切実な想いをアメリアに語る。
彼は生徒会長として、そして宰相の息子としても重責を担っている。
ただ好きだという気持ちだけで、彼女に寄り添うことは出来ないのだ。
「けれど、俺は俺なりのやり方でお前のその笑顔を守ることは出来る。だから、お前は変わらずそのままのお前でいてくれ。それだけで俺の心は満たされるんだ」
彼はそう言って彼女から手を放し、部屋を出て行こうとした。
アメリアはベッドから起き上がり、彼の名を叫ぶ。
「クラウス様!」
彼は一瞬立ち止まったが振り向くことはなく、そのまま教室を出て行った。
クラウスは宰相のいる控室に向かって歩き出していた。
そして、部屋の前まで来るとすでに父親は上着を着て部屋を出るところだった。
「父上!」
彼は帰る支度をしていた父親に声をかける。
父親はゆっくりと振り返った。
「クラウス、お前はどこに行っていたのだ。大事な大会の閉会式にいないとは。しかもお前は優勝者なのだぞ」
「わかっています。けれど、私には――」
「なにもわかってはいない! お前が優先すべきはこの学園の代表として成すべきことをすることだ。対戦相手が倒れたからと言って、それに付きっ切りになる必要はないだろう」
クラウスは父親にそう窘められて、奥歯をぐっと噛みしめた。
父親がクラウスに求めていることは模範的な学園の生徒であり、優秀な息子であるということだ。
そして、いずれ自分と同じ宰相という立場に立てるよう、多くの者からの信頼を受けなければならない。
「父上、約束通り彼女のこの学園での滞在をお許しください。彼女は王宮魔術師候補としては未熟です」
またその話かと父親は大きくため息をついた。
「彼女の実力はしっかり見させてもらった。残念だったのは光魔法を試合で一度も使っていなかったことだがな。しかし、そんなことはいい。使えないのなら、王宮に入ってから鍛えればいいのだ」
その言葉を聞いて、クラウスは大きく目を見開いた。
「話が違うではありませんか! 私がアメリアに勝った際はこの学園に残すと――」
「それはお前が勝手に決めた約束だろう? 私はそのような約束をした覚えはないぞ。今はとにかく、光属性の魔術師が必要なのだ。これ以上、言わせるな」
そんな時、入り口から宰相の秘書が慌てて部屋に入って来た。
そして、父親に手紙を一通渡す。
「これは?」
「テオ王子からです」
想定していなかった出来事で不審に思っていたが、とりあえず手紙を開き、中を確認した。
そしてその手紙の中身を読むと彼はくしゃりと手紙を握りつぶし、目を閉じた。
「クラウス!」
彼はそのまま、クラウスの名前を呼ぶ。
「はい」
クラウスも何が起きたか理解できないまま返事をした。
「彼女の王宮魔術師候補の件はひとまず保留になった。お前はこの学園の生徒会長として恥じぬよう、行動を改めることだな」
彼はそう言って部屋を出て行った。
秘書の男もクラウスを見て一礼する。
クラウスは何が起こったのか全くわからなかったが、これでひとまずアメリアが今すぐ学園を出ていく必要がなくなったことを知り、ほっと胸を撫でおろした。
彼が会場に戻ろうとした道中、保健室から戻って来たアメリアと出くわした。
彼は彼女を見るなり、急いで駆けよる。
「もう大丈夫なのか?」
彼女は小さく頷いた。
「はい。もう大丈夫です」
彼はそんな彼女を見て安心する。
もし、このまま彼女を手放すことがあったらと思うととても怖かったのだ。
「クラウス様?」
彼女はそっと彼に近づき、顔を見上げる。
彼の瞳は少し潤んでいた。
そして、彼は優しく彼女を抱き寄せる。
いきなりの事で、これにはアメリアも驚いていた。
「良かった……」
彼はただそれだけを呟いた。
彼の大きな体で抱きしめられると妙に安心感がする。
彼女は彼の胸の中でそっと目を閉じた。
「もう大切な人を失うのは耐えられない。例え、それが生きていたとしても、側にいられないことはとても悲しいことだ。母が病気になった時、移るといけないと引き放され、彼女の死に目にも会えなかった。それを今でも後悔している。だから、今度こそ、大切な人を手放したくない。そう思っていた……」
クラウスはそう言ってアメリアの肩を掴み、お互いに見つめ合った。
「俺はお前を愛している。例え、お前が誰を想おうが俺の気持ちは変わらない。俺の幸せはお前が幸せでいることだ。お前が笑っていてくれるのなら、俺はどんな苦行だって受けよう。俺にとってお前に代わる人間などいないのだから、この気持ちは永遠だ」
彼はそう言って彼女に微笑みかけた。
彼女は何も言えず、ただ彼の瞳を見つめる事しか出来なかった。
「愛してくれとは言わない。けれど、忘れないでくれないか。この世界で俺という人間がお前の事を本当に愛しているということを。お前の力になりたいと願っていることを。俺はお前の為ならいつだってこの身を捧げよう。だから安心して俺を頼ってくれないか? 俺はお前の役に立てればそれでいいんだ」
「そんな、クラウス様、私は!!」
彼は再び彼女をきつく抱きしめた。
そして、彼女の頭をそっと抱える。
「それ以上何も言わなくていい。言わなくてもわかっている。どうか、お前はお前らしくいてくれ……」
恐らくクラウスはアメリアの気持ちに気づいている。
それでも彼は彼女の側にいることを、こうして想い続けることを願い続けていた。




