70話 妨害
この日ほどゲームのシナリオを把握していて良かったと思う日はない。
いや、その貴重な記憶を使うシチュエーションは今まででも幾度もあったのだが、今日ほど役に立ったことはなかったからだ。
私は会場の裏で何かごそごそしている怪しい二人組を見つけた。
彼らの見つめる先には今からアメリアたちが対戦する会場があった。
悪役令嬢のエリザ及び、その取り巻きの代わりに今回の悪行を働いてくれるのはこの二人らしい。
顔に『モブ』とでも書いていそうなほど印象の薄い二人である。
彼らは恐らく上級生で、アメリアの対戦相手の仲間だと思われる。
「おい、慎重に行けよ! 見つかったら俺たちが怒られるんだからな」
「わかってるって。集中してるんだからちょっと黙っとけよ!」
二人のうちの一人が杖を持ち、隙間から魔法を使おうと構えた。
私はそれを見つけ、声をかける。
「あなたたち、そこで何をしてますの!?」
彼らは私の声に驚き、身体を跳ね上げた後、ゆっくりと振り返った。
「試合の邪魔をするのでしたら、このわたくしがただでは済ませませんわよ?」
私はあえてお嬢様言葉で二人に向かい、びしっと言ってやった。
今まで悪役令嬢だったから、こんな正義の味方みたいなセリフ吐くことはなかったけれど、やっと言えたと心では満足げに笑った。
しかし、彼らは私を見て呆然とするだけでそれ以上驚きはしなかった。
「ってか、お前誰だよ! 今大事なところなんだから邪魔すんな」
あれ? おかしいなぁ。
これがルークやウィリアムだったらこの二人も絶対に恐れていたのに、侯爵令嬢のこの私を知らないなんて計算違いだ。
私、これでも侯爵令嬢なんですけど。
王子の婚約者なんだけど。
どうして知られていないのか。
悔しい気持ちをこらえて、ならばと自分の名を告げた。
「わたくしは侯爵家のエリザ。ヴァロワ領の領主の娘、そして第二王子の婚約者ですわよ!」
ここまで言えば二人も驚き慄くだろうと思っていたが、反応は先ほどとあまり変わらなかった。
そして、二人は顔を見合わせて話し出した。
「おい、お前、第二王子の婚約者が誰かって知ってるか?」
「さぁ、そんなの覚えている分けねぇだろう? 俺たちのような下級貴族が王妃になるお方ならまだしも、第二王子のたかが婚約者の名前なんぞ覚えているわけがねぇ。興味もないし、関りもねぇよ」
私の胸に、『たかが』や『覚えているわけない』、『興味ない』という単語が突き刺さる。
確かにウィリアムと結婚したところで王妃になる可能性は今のところ低いし、興味ないことかもしれないけど、貴族の端くれならそのぐらいは知っておいてほしい。
私の知名度がそこまで低いのかと思うと、心が折れ、何も言う気にはならなくなっていた。
しかし、このまま二人に好き勝手させるわけにはいかない。
私にはアメリアの試合を妨害しようとするやつらの阻止をするという仕事が残っている。
「ならいいや! 私の事はどうでもいい! とにかく、こんなところで魔法を使おうとしているなら、今すぐ辞めてくれない? 試合の妨害をするつもりなら運営サポーターとしてあなたたちを運営委員に突き出し、処分してもらうけど?」
私は強気で出たつもりだったが、相変わらず気の抜けた顔をしている二人だった。
「運営サポーター? なんだ、生徒会でもねぇのかよ、ショッボ!」
モブキャラの二人に馬鹿にされる私は何なのだろう。
腹が立ちすぎて、私はその場で暴れた。
ヴァロワ領の護衛官リーマス、本当にありがとう。
あなたの教えてくれた武術のお陰で、私はこの二人に咬み傷を負わせながら戦意喪失させることが出来ました。
そのまま運営委員に突き出すことは出来たけれど、私も同じぐらいこっぴどく怒られた。
後はリオがうまくやってくれることを、あるとも思えない天に祈るだけだ。
自分たちの後ろで馬鹿どもが暴れ回っていることは、リオにも感じ取れていたが知らないふりをした。
隣にいたサポーターも不信がってはいたが、不安そうに見つめているだけだった。
すると隣にいたその女子生徒はリオを見て不思議そうな表情をして話しかけて来る。
「君って、どこのクラスの子? サポーターに君みたいな子いたかなぁ?」
女子生徒はリオの顔を覗きながら言った。
リオほどの美少年なら、話題にもなっていただろうし、同じサポーターとして気が付いているはずだ。
この不自然さに疑問を持たないはずはないかと納得しつつもここは誤魔化すしかない。
リオはその場で大げさに咳をして答えた。
「ボク、実は病弱で殆ど授業を受けられていないんだ。けど、この大会にはどうしても参加したくて、サポーターとして急遽入れてもらったんだ……」
信じられないと思いつつも、彼の潤んだその瞳に見つめられた女子生徒は頷くしかなかった。
「そうなんだぁ。困ったことがあったら、私に何でも言って!」
急にリオに協力的になる女子生徒。
リオは彼女の見えないところで小さく笑った。
「なら、スコアはボクがつけるよ。申し訳ないけど、食堂に行って水をもらってきてもらえるかな。喉が渇くと咳が止まらなくなるんだよ」
食堂と聞いて女子生徒は少し躊躇した。
この会場から食堂まではとても遠かったからだ。
彼女が行くべきか悩んでいると、もう一度リオは女子生徒の顔を見つめて頼み込む。
「だめ、かなぁ……」
その憂いた表情を見せられると彼女は途端に表情を変えた。
「だめじゃない、だめじゃないよ! 私、取って来るから待ってて」
そう言って彼女はリオにボードを渡し、食堂まで猛ダッシュで駆け込んでいった。
「ゆっくりでいいからねぇ」
彼は笑顔で女子生徒にひらひらと手を振り、見送る。
「さてと」
リオは再び会場の方に向き、状況を把握する。
エリザの代わりとなる厄介な妨害者たちを撤去できたことはいいとして、問題は目の前にいるクラウスだった。
もしかするとこの時点でアメリアに怪我を負わせ、棄権させるつもりなのかもしれない。
しかし、リオにはそうさせるわけにはいかなかった。
会場の上ではアメリアと上級生の男子生徒が向き合って立っていた。
「おい、そこの平民! 俺がお前に負けることはない。怪我をしたくなかったら、今すぐ審判に降伏を願い出るんだなぁ」
いかにも悪役のようなセリフを吐く男子生徒。
アメリアはぎゅっと杖を握って相手を睨みつけていた。
そして、ブザーが鳴り試合が始まる。
予選通過者は思いのほかに多く、試合を一つの会場で行えば、1日では終わらない量だったため、最初の試合は三つの会場に分かれて行われていた。
だから観客も必然的に三分の一になる。
それでも多くの者が注目している試合だ。
そう簡単には手出しできる状況ではなかった。
男子生徒は乱暴にアメリアに攻撃を仕掛け始めた。
予選通過しただけあり、魔力はそこそこ強い。
しかし、その攻撃を見事に防御しながらアメリアもどう相手に対抗しようかと相手の出方を窺っていた。
あまりに乱暴なその攻撃は会場の砂を巻き上げ、煙幕のように見づらくしていく。
結界の外までその砂埃が立ち上ることはなかったが、おかげで二人はすっかり見えなくなっていた。
しかし、その煙の中に微かに反射する光の何かを見つけた。
それが水魔法だと知るとリオも慌てて杖を構えた。
恐らくこのどさくさに紛れてクラウスがアメリアを妨害しているのだとわかった。
リオも周りには気づかれないように土魔法を使って、中の状況を把握しながらクラウスの魔法を打ち消そうとしていた。




