69話 試合直前
魔法大会当日、仕方がなくリオは科学室に籠るのを辞めて、大会の会場に向かって廊下を歩いていた。
あんないい加減な計画に乗るのは不本意であったが、それ以上にエリザが大失敗をして悪目立ちしないか心配になったのだ。
エリザのやろうとしていることがいい方向に向かえばいいのだが、今までの事を考えるとその期待も出来ない。
いざとなれば自分の手助けが多少必要だろうと思っていた。
その時だ。
廊下の向こうから聞いた事のある低い男の声とクラウスの激しく言い争う声が聞こえて来た。
何事かと思い、リオは気づかれないようにその教室を覘く。
「父上、私は反対です。彼女はここに残るべきだ!」
「その話は終わったはずだ。いつものお前なら、そんな情にほだされることは言わなかっただろう。冷静に考えろ、クラウス。学生一人が退学になったところでなんの問題がある」
「問題はありますよ。彼女という存在がこの学園には必要なのです。それに光属性の魔術師ならアメリアよりもベテランの者がいたはずです。どうしてその者を候補として加えないのです? その者が亡国グラブディアの元王妃だからですか?」
リオはその言葉を聞いて、目を見開いた。
グラブディア王国とはリオの生まれた国であり、その王妃とは彼の母親だったからだ。
彼はずっと自分以外の親族は殺されたのだと思っていた。
実際に国王である父親は彼の目の前で惨殺されたのだ。
しかし、リオは母親が生きていることを嬉しいとは思わなかった。
「当然だろう。あの女が素直にこちらの言うことを聞くとは思わん。それにだ、外見が若くは見えるが、グラブディア人は短命と有名だ。あの女だってそう長くはない。それでは意味をなさんだろう?」
男は気まずそうな顔をして、クラウスに背を向けて話した。
クラウスは気が付いていた。
それ以外にも彼女を任命したくない理由がある。
「それでもアメリアの卒業する間だけでも補うことは出来るはずです。それに彼女を受け入れたくないのは、彼女がグラブディア人だからだけではないですよね? 彼女は自らヴァロワ卿の捕虜となった。死を恐れた彼女は夫である国王を裏切り、彼らに重要な情報を洩らすことで自身の身の安全を確保したんです。彼女を王宮魔術師に任命することは、またヴァロワ卿に借りを作ることになる。それを避けたいのではないのですか?」
男はクラウスの言葉にすぐには返答しなかった。
リオはわかっていた。
母親である王妃はそういう女なのだと。
死を恐れたから捕虜になったわけではない。
情勢が悪くなった王国を平気な顔をして裏切ったのだ。
そんな母親の生存をリオが喜ぶわけがない。
今でも恐らくヴァロワ卿に助けられ、領地でのうのうと何の苦労もなく暮らしているだろう。
彼女は力のあるものに取り入るのが得意であった。
そんな彼女が宮廷魔術師になることはリオも望まない。
彼女が王宮など入ろうものなら、一波乱も二波乱も起こすだろう。
「お前はまだ政治の何たるかをわかっていない。時には大衆の為に誰かが犠牲にならぬ時もあるのだ」
クラウスは握りしめた手を震わせていた。
その大衆の為ならアメリアを犠牲にしていいというのか。
そんな心構えで王宮に迎えて、彼女がどのような扱いを受けるか容易に想像が出来た。
「わかりました、父上。ならばこの大会で私がアメリアに勝ち、彼女が私には遠く及ばないほど非力だということを証明すれば、彼女の退学を取りやめていただけますか?」
「クラウス!」
「私に勝てないような軟弱者が王宮魔術師の責務など果たせるわけがありません。そんな力でどう第一王子テオ様の暴走を止めるというのです?」
クラウスは本気だった。
本気でアメリアを潰す気でいる。
男は悔しそうに顔を歪ませながら、息子の顔を睨んでいた。
誰かがこの部屋に向かって近づくことに気が付き、リオは慌てて身を隠す。
そこに現れたのは宰相の秘書だった。
「そろそろお時間です。宰相」
男は一息ついた後、息子を一瞥して言った。
「この話は後だ。大会が終わった後に話そう」
そう言って、男は部屋を出て言った。
リオはとんでもない話を耳にしてしまったと思いながらも、どうするべきか冷静に考えていた。
リオにとってもこのまま母親が仮にも王宮魔術師の座に着くのは避けたい。
けれど、アメリアが退学になれば全ての計画は泡となる。
正直、今後のシナリオの事を考えれば、彼女がこの学園を去るという可能性はありえない。
となれば、彼女の事故による棄権というのが今後に必要な出来事の一つであり、エリザの考えた策略は簡単に妨害されることになるだろう。
今回のイベントは断念して、エリザには悪いがアメリアには棄権してもらおうかとも考えたが、それもなんだか釈然としない。
リオは急いで手紙を書き、それを伝書鳩に括りつけて飛ばした。
彼の考えが正しければ、これでアメリアを退学にさせず、エリザの計画も無駄にはしないで済むと考えた。
しかし、それにしても時間があまりに足りなかった。
大会当日も私の仕事の大半は肉体労働だった。
しかし、これでいい。
この方が自由に動ける。
まずはアメリアの心を動かすためにもやることがあるとエントリーボードの前に立った。
そして、こっそり隠しておいた杖を抜き出して軽い竜巻を起こす。
ボードに貼られていた出場者の名前の札がひらひらと宙を舞ったタイミングで、私はその場で豪快にこけて見せた。
「あいたたたた! ああ、大変だ。エントリーボードの紙がばらけてしまったぞ!」
私はわざとらしく大声で騒ぎ、慌ててバラバラになった名札を集めた。
他の運営委員も何事かと私に注目する。
何人かが私を手伝おうとしたが、慌てて手を振った。
「大丈夫です! 私がちゃんと責任をもって並べますから!」
そう言って私はてきぱきとボードの札をかけていく。
本来はアメリアとの対戦の前にウィリアムとルークの試合があったが、それをどうにか挿げ替えて、先にアメリアと対戦するように場所を変えたのだ。
「ご迷惑おかけしましたぁ!」
私はそう言ってその場を離れた。
もう侯爵令嬢としての威厳なんて微塵も残っていないぐらい格好悪い姿をさらしてしまったと思い、恥ずかしくなった。
「ねぇ、これ、順番微妙に違くない?」
ボードの前にいた運営委員が集まって、エリザの取り付けた名札を見つめていた。
「ほんと、あの子は詰めが甘いんだから!」
遅れて会場に現れたリオが、運営委員がボードに目を奪われている隙に手書きのトーナメント表を魔法で書き換える。
そして、確認のため戻って来た運営委員が来る前にその場を離れていった。
「あれ? あっているみたい。急な変更があったのかなぁ?」
誰もがさぁと顔を見合わせた。
しかし、特に問題がないだろうと彼女たちはそのまま準備を始める。
アメリアとの最初の対戦者は上級生の生徒だった。
リオはひとまずアメリアの対戦する会場に向かって歩き、運営サポーターのふりをして試合がよく見える場所に立つ。
気が付けば自分の目の前にクラウスがいることに気が付き、目を凝らした。
彼がこの試合で何かするのではないかと、リオは嫌な予感がしていた。




