67話 クラウス・テイラー
大会準備が忙しい中、クラウスは他の委員に仕事を任せて強引に時間を作り、父のいる王宮まで馬車を走らせていた。
そして、王宮に着くと自分の名を名乗り、宰相に会わせてほしいと門番の兵士に伝えた。
「いくら宰相のご子息だからと言って約束がないのにお通しすることは出来ません。宰相にご連絡を取っていただき、また後日、時間を作っていただかないと」
「そんなことはわかっている。しかし、時間がないのだ。どうか取次だけでもお願いできないか?」
クラウスが兵士に懇願すると、兵士も困った表情で後ろにいる仲間にアイコンタクトを送ったが、彼らもまた首を横に振るばかりだった。
手紙では間に合わないと思い、無理を承知で訪れてみたはいいものの、やはり通してはもらえなかった。
その時、塔の上の門番の合図で突然重い門が開き、宮廷の方から一台の馬車がやって来た。
その馬車はクラウスも見覚えのある馬車だ。
彼はそれを止めようとして道の真ん中に立つ。
「危ないですよ! 下がって下さい!!」
門番の兵士は慌ててクラウスを引き戻そうとしたが、彼は一向に退こうとしなかった。
馬車の馭者は立ちはだかるクラウスに気づくと慌てて手綱を引き、馬車を止めた。
それと同時に馬車の中から年配の男の声が響いた。
「何事だ」
それは沈んだ太い男の声だった。
「目の前の魔法学園の生徒がおりまして」
「魔法学園の生徒?」
それを聞き、男は自ら馬車から降りてクラウスを見つめた。
「なんだ、お前か。何しに来た。今は大会の準備で忙しい頃だろう」
それはクラウスの父、宰相であった。
彼は公務の一環として外出をするところだったのだ。
「父上、突然の訪問をお許しください。しかし、一つ早急に確認しなければいけないことがありまして、直接参った次第です。今回の学園の魔法大会に父上が視察に来るという話を耳にしました。目的は光属性を持つ生徒の実力を確認するためだとか。父上はその生徒、アメリア・フローレンスをどうなさるおつもりなのでしょか?」
クラウスは父親に跪いて尋ねた。
彼は呆れた表情でクラウスを見下げる。
「そんなくだらない話をしにわざわざここまで来たというのか。我が息子でありながら、なんと情けない。お前の言う通り、大会を訪れる予定は入っている。目的も光属性の生徒の実力を測るためのものだ。しかし、それになんの不自然な事もあるまい。この国には光属性を持った人間は少ない。ましてや、優秀な魔術師など皆無に等しい。彼女の実力を見て、宮廷魔術師候補者として任命するか否か定めなければならないのだ。そのつもりで、学園長にも平民の入学を許可したのだからな」
クラウスも貴族主要の魔法学園に平民であるアメリアが入学してきたことには疑問を抱いていたが、彼女が光属性の人間だと知り、すぐに納得した。
入学した当初からその実力を発揮していた彼女は、いずれ王宮から声がかかることも想定はしていた。
しかし、入学してまだ半年も経たないというのにその話が上がるにはあまりに早いと思っていた。
それほど光属性の魔術者が不足しているということなのだ。
病に倒れたため、引退した宮廷魔術師も光属性の魔術師だったという。
「光魔法の使える魔術師が早急に必要だ。フォルゴンの後継となれなくとも光魔法が使えるのならそれだけでも宮廷に雇い入れる価値はある。もう少し学園で教育を受けさせようと考えていたが、思いのほか時間がなくてな。魔術教育なら学園でなくても出来る。この意味が分かるだろう、クラウス」
フォルゴンとはその引退した光魔法の宮廷魔術師の名だ。
彼はとても優秀でこの国の魔術師の中心的人物でもあった。
そんな人物が一線から退くのだから、国としては大きな穴をあけることになる。
今のアメリアでは到底その巨大な穴を埋められるものではないが、空席にしておくよりもずっとましだろう。
クラウスも父親が何を考えているかは理解できたが、それはアメリアの事を考えるとやるせない気持ちとなった。
「アメリアもやっと学園にもなれ、魔法以外にも多くのものを学んでいる時期なのです。彼女の存在が多くの生徒達にもいい影響を与えている。今ひとつ彼女に時間を与えることは出来ないのですか? せめて、彼女が卒業するまでは――」
「クラウス!」
宰相はクラウスに向かって大声で名前を呼んだ。
クラウスの体が反応し、口を閉ざす。
自分を落ち着かせるように男は小さく息を吐いた。
「彼女個人の事よりも今はこの国全体のことを考えねばならない。闇魔法には光魔法でしか対抗できないことはお前もわかっていることだろう? 王宮には第一王子テオ様もいらっしゃる。王子は闇属性の持ち主だ。闇属性は心の闇を感じることで力が増幅し、制御できないことがあるのだ。そんな時、王子を止められるのは光属性の魔術師だけ。その席を空席には出来ん」
彼はそう言って、再び馬車に乗り込んだ。
男はクラウスの事は放っておけと馭者に指示し、馬車を走らせる。
クラウスはただその場に立ち尽くすしかなかった。
父親の言っていることは全て理にかなっている。
しかし、それでもクラウスはアメリアが学園から去ることを望まなかった。
クラウスにとっても、彼女の周りにいる者たちの取っても、彼女が必要だからだ。
しかし、王宮もまた光属性の魔術師を必要としていることには変わりない。
どうしたらいいのか、彼はひとり頭を抱えていた。
彼が王宮から学園に戻ると既に殆どの生徒達が寮に戻っていた。
最後に残っていたのはアメリアだけだ。
「アメリア、なぜここに? もう遅い。お前も寮に戻れ」
会場に残っていた彼女を見つけ、クラウスは彼女にそう声をかけた。
するとアメリアは振り返り、クラウスに笑顔を向ける。
「おかえりなさい、クラウス様。最後にクラウス様の確認を頂きたくて。これが終わったら、私も寮に戻ります」
彼女はそう言ってクラウスにファイルを手渡した。
大会まではもう日はない。
アメリアも今日のうちに出来ることをしてしまおうと思っていたのだろう。
ファイルを見ていたクラウスはそっと彼女に目線を向ける。
彼女は実に楽しそうに学園生活を送っていた。
こんな風に穏やかな毎日を過ごせる時間は短い。
それを彼女から奪い取るのはあまりに心苦しかった。
「アメリア、君は――」
クラウスが何かアメリアに言いかけたが辞めた。
アメリアも何かと思い、クラウスの顔を見つめる。
「いや、何でもない。お前はこの学園が好きか?」
前ぶりもなくクラウスに突然そのような質問を受け、驚きはしたがすぐに笑顔に戻った。
「はい、とても。ここには多くの良き友人と尊敬できる講師の方々がたくさんいらっしゃいますから。今はこの学園に通えたとこを誇りに感じています」
その彼女の穏やかな笑みが愛らしくて、クラウスはつい彼女の頭を優しく撫でた。
クラウスのその温かい大きな手と微かな笑みにアメリアは頬を赤く染めた。
「ならいいんだ。俺はお前が今の生活に満足しているならそれでいい」
彼はそう言って、そっと彼女から手を放す。
彼女が今のように微笑んでくれるなら、クラウスはどんなことも出来る気がしていた。




