65話 運営サポーター
科学室で何時間も正座させられていたから、足が完全に痺れて当分の間動けないでいた。
やっと足が動かせるようになって教室を出た後も、生まれたての小鹿のようにぶるぶると震えてうまく歩けない。
そんなところをなぜかロゼとセレナに見つかってしまった。
ロゼは奇妙なものを見るような顔で私を見ている。
「エリザ、こんな所で何をされていますの?」
私は必死に壁で身体を支えながら答えた。
「特別教室に忘れ物をしちゃってね」
私は誤魔化したつもりだったけど、それでなぜ私の足が痺れているのかは説明になっていない。
「それより、ロゼたちはこんな時間まで学園に残ってどうしたの?」
今は放課後でいつもならロゼたちはとっくに寮に戻っている時間なのだ。
気づけば、手にしおりのようなものを持っているのが見えた。
ロゼに代わり、ロゼの隣にいたセレナが嬉しそうにその紙を私に見せて来る。
「エリザちゃんも一緒にやらない?」
私は渡されたその紙に書かれた内容に目を通した。
「魔法大会の運営サポーター募集? 何これ?」
パッと見ても理解が出来ず、セレナたちに尋ねた。
学園恒例の魔法大会はもう間近で、大規模なのだとは聞いた。
ありがちな話だけどこの大会には多くのお偉いさんが観覧しに来るという。
とは言っても、私達魔法劣等生には関係のない話だと思っていた。
せいぜい当日に試合を観戦するぐらいだろう。
「あのね、魔法大会自体は生徒会中心に運営されているんだけど、生徒会のメンバーの殆どがこの大会の参加者なの」
理解できていない私にセレナが説明してくれる。
もともと生徒会メンバーは優秀な生徒が集まっているのだから、大会に参加するのは十分に考えられる話だ。
それで運営サポーターとはどういうことなのだろうか?
「つまりね、生徒会メンバーが忙しいから準備や当日の運営の手伝いをしてくれる生徒を探しているってことなの。当然大会にはクラウス様も参加されるし、運営の中心にいるのも生徒会長のクラウス様だから、これは数少ないお近づきになるチャンスだと思って」
そういうことかとやっと理解できた私はロゼの方をじっと見た。
おかしいと思ったのだ。
あのプライドの高いロゼがこんな慈善活動みたいなものを率先して行うはずがない。
その先に想い人がいたならばべつなのだろうけど。
私が何を考えてロゼを見つめているのか察した彼女が顔を背けて腕を組み、いつものスタイルで答えた。
「別にわたくしが提案したことではありませんわ! セレナがどうしても協力したいと申し上げたのでわたくしもたまには慈善活動も参加してもよろしいかと思いまして、渋々了承したまでですの」
本当にロゼは素直じゃないなと思った。
もう気持ちはバレバレなんだから、正直にクラウスに会うためと言えばいいのに。
「ひどいよ、ロゼぇ。私はロゼが喜ぶと思って参加したのにぃ」
訴えるセレナには特にメリットがあるようには思えない。
セレナの想い人のギルバートは私達と同じく魔法劣等生の一人なのだからもとより大会に出られるわけがないのだ。
しかし、よく考えたらこれはチャンスなのではないかと思った。
これなら私も運営に関われるし、何か不都合が起きた時に対処できる。
恐らく今から起きるのはクラウスイベント。
リオは魔法が得意だけど大会には参加しないだろうし、教官のサディアスはこの大会では審判に徹するはず。
となれば、大会に確実に参加するクラウスイベントである可能性が一番高い。
それにこの大会には恐らくアメリア、ウィリアム、ルークの三人も参加することになるだろう。
ゲームではアメリアが大会中怪我をしてしまって辞退し、その後に攻略対象同士で対決することになるはず。
これはルートによって優勝者は変わるのだが、アメリアが誰に勝ってほしいか願う選択があって、それをルート通りのキャラクターを選ばないとバッドエンドになっちゃうのだ。
今回みたいな逆ハーレムルートの場合、誰を選択するのが正しいのかはわからないけど、今のアメリアならウィリアムを応援しそうだ。
もしこれは本当にクラウスイベントであるなら、願われるのはクラウスでなくてはいけないのではないのだろうかと思った。
「エリザちゃん?」
一人であれこれ考えていると急に黙った私を心配してセレナが声をかけて来た。
私は慌てて返事をする。
「私もこれ、参加しようかなぁ。楽しそうだし、ロゼもセレナも参加するんでしょ?」
するとセレナの顔がぱぁと明るくなった。
「ほんと!? やろう、やろう、エリザちゃん! 一緒の方が楽しいよ!!」
私が参加すると言いだけでこの喜びようには驚いたが、少し嬉しかった。
こんなことで喜んでくれるとは思わなかったからだ。
「あら、珍しいですわね。エリザはこういうの面倒さがるタイプだと思ってましたのに」
私はついびくっと身体を揺らした。
確かに基本的には私がこういうボランティア活動には参加することはない。
ロゼは案外、今の私の事をよく理解しているのかもしれないな。
「たまにはさぁ、いいかなぁと思って。折角の学園生活だし、思い出の一つや二つ作っておきたいでしょ?」
かなり不自然だったのか、疑うような目で私を見つめて来るロゼ。
しかしセレナは全く気にならないようで、私の袖を引っ張って提案した。
「なら、今からでも受付に行こうよ。説明会は終わっちゃったけど、まだ受け付けはしていると思うから」
そう言ってセレナがぐいぐいと私の腕を引っ張った。
セレナは華奢に見えても力は結構あるのだ。
その力を武術で発揮したら、もっといい点が取れそうなのだけれど。
そして、セレナに案内されながら私は運営委員の受付の場所に向かった。
そこに立っていたのは予想通りアメリアだった。
私のこの世界にルート名を名付けるなら、きっとアメリアルートだろうなと思えるぐらい彼女とはよく会う。
「エリザ様!」
彼女も驚いていたようで、椅子から立ち上がって私の名を呼んだ。
そんなに私が手伝いをすることが驚くことなのかと言いたい。
いや、驚くことなんだろうな。
悪役令嬢のエリザが運営サポーターなんて想像つかないし、こういう行事には極力避けて来た人間だから。
「もしかして、運営の手伝いをしてくださるのですか?」
期待の目でいっぱいのアメリアが熱いまなざしを向けて来る。
私はどうしてもそんなアメリアを直視できないまま答えた。
「うん、まぁ、そうだね。ロゼたちも参加するし、たまにはこういうのに参加するのも悪くないかなって思って……」
私はさっきから言い訳してばかりな気がする。
とにかく参加の意思を示すために、私はアメリアの指示された通りに名簿に名前を書いた。
そんな私の後ろから運営の様子を見に来た人物がいた。
私は最初、気が付かなかったがロゼがあたふたしているのに気が付いて、その後ろにいる人物がクラウスだと気が付く。
振り向いてみるとそこには氷つくような冷ややかな表情をしたクラウスが立っていた。
こうしてみるとウィリアム達と違い体も大きく背も高い分、目の前に立たれるだけで迫力があった。
私は唖然として彼を見上げていると彼はふっと鼻で笑い、珍しく私に話しかけて来た。
「お前が運営サポーターとはな。良からぬことを企んでないといいが」
そう言って彼はその場から立ち去った。
すごく感じが悪いと思うと同時に勘がいい奴だなとも感じた。
クラウスはなかなか侮れない人物かもしれない。




