62話 理由
「ひとまず説明してくれるかなぁ」
リオは私に正座をさせながら、説明を求めた。
「その……、これはですね。いろいろ事情がありまして……」
私は冷や汗を流しながら懸命に説明しようとするが、リオの圧が強くすぎてうまく説明できなかった。
リオは私の顔に撹拌棒を押し付けながら言った。
「その事情を今、聞いているんだけど?」
「わ、わかったから、顔を棒で押し付けるのは辞めて、お願い……」
やっとリオが撹拌棒を私の顔から放して、それをゴミ箱に放り込むと私の目の前に置いてあった椅子に座り、足と腕を組んで見下ろした。
乙女の顔に棒を押し当てると紳士のやることじゃないよ。
しかも、それをそのままゴミ箱に捨てるってどれだけばい菌扱いなの、私……。
しかし、かなりお怒りのリオにそんな文句なんて言える雰囲気ではない。
「コミュ障の君の為にわざわざボクから質問形式で聞いてあげるから、的確かつ簡潔に答えてくれるかなぁ?」
私はここでは反抗せずに何度も頷いて見せた。
「なにまたロゼたちとつるんでんの?」
それなぁ。
言われると思っていました。
「君のあの教室内のぶち切れ騒動は何だったの? 仲直りしたら意味ないじゃん。これじゃぁ、完全に元通りだよねぇ。君、本当にやる気があるの?ってか、死にたいわけ?」
破滅ルート関係なしに今、この瞬間にもリオに殺されそうな勢いだけど、口下手と言われようがコミュ障と言われようが、私には説明責任がある。
「ロゼとセレナとは確かに仲直りした。はた目から見たら以前の悪役令嬢のエリザと変わらないけど、だからって破滅ルートの回避を諦めたわけじゃないし、以前と全く同じとは思ってない」
「どこが?」
リオは顔を顰めて聞いた。
「このままロゼたちと仲違いしたからって、私が悪役の座から降りたことにはならなかったし、何よりロゼを野放しにしてこれ以上アメリアを無闇に傷つけるのは避けたい。ロゼはこの世界の事を何も知らないの。このままだと私があえて避けて来たイベントをロゼが実行することになる。それだとこちらでどんなに回避ルートを探ろうがプログラムの都合により引き戻される」
「でもその場合、断罪を受けるのはロゼじゃないの?」
私は首を横に振った。
「恐らくそうならない。ロゼのやったことがいずれ私に跳ね返ってきて、結局のところ断罪されるのは私ということになる」
「なんでそう言い切れるのさ?」
リオは納得していない様子だった。
今までの私たちの見解だと私が悪役の座から降りた場合、新たなる悪役が設定されてその者が体裁を受けると思っていたからだ。
「今までの理屈が通用するなら、私がロゼたちと離れた時点で次の悪役令嬢はロゼになるはず。けど、ロゼの嫌がらせはアメリアには向かず、私に来るようになった。形をどんなに変えて見た目からして変化を持たせても、断罪されるべき悪役はエリザというイメージは拭い去れていない。むしろ、クラスでは悪化しているぐらいだよ」
「それは君の日頃の行いが悪いんでしょ? ロゼたちと離れて君がアメリアに服従すれば解決したんじゃないの?」
服従って私にはプライドがないのかとつい突っ込みたくなる。
「そうはしたくないし、考えてみてよ。今までアメリアを苛めていた首謀者が仲間を突き放して、急に彼女に愛嬌を振りまき始めたらどう思う?」
「どう思うって、最低最悪な女だなと思うよ」
いやいや酷く思い過ぎじゃない?
私はどんな悪人だよと突っ込みたい気持ちを懸命に抑える。
「まぁ、そうなんだけど、そんな奴を普通は信用できないよね。アメリアが許したとしても、周りの取り巻きや攻略対象が許すとは思えない。何か裏があると警戒されて終わるだけ。結局私はぼっちになって、今の状況と変わりない」
「じゃぁ、どうするのさ! 他にどんな方法があるわけ? それにロゼたちと仲直りしたら、また君は取り巻きを率いる極悪非道な令嬢ってことに落ち着くんじゃないの?」
私そんなにひどいことをした覚えがないが、話の腰を折りたくないので何も言い返さないように努めた。
「以前と今回の違いはそこにある。ロゼたちはもう私の取り巻きじゃない。ただの友人になったんだよ。見た目こそ変わらないけれど、私の中では大きく変わるんだ。今なら私の話に真剣に耳を貸してくれると思うし、全力で止めればアメリアへの嫌がらせも控えてくれると思う」
「むしろなぜ今まで君はロゼを止められなかったのさ。君に付き従っていた時の方がよっぽど言うことを聞くと思うけどね」
普通の人間ならそう思うと思う。
でも、付き従えていた人間だからわかることもあるのだ。
「あの頃の私がロゼを引き留めていたら、それはただの命令になっていたと思う。命令は強力な縛りだけど、諸刃の剣でもあるんだよ。いつかその不満が爆発して、私には手に負えない状況になってしまったと思う。けど、友人である私が説得すれば、ロゼはロゼ自身の判断で選択することが出来る。あんな子だけど、本当は結構いい奴なんだ。自分が納得したことなら、ロゼの心の負担にはならないでしょ?」
なるほどとやっとリオは私の話に納得してくれたようだった。
「以前の君は侯爵令嬢という地位だけで彼女たちを付き従えていたから、信頼関係が皆無だったってことだね。君の人望のなさが伺えるよ」
リオはそう言って不敵な笑みを浮かべ、掌を見せる。
ここでキレてしまっては今までの二の舞を踏むだけだ。
学習しろ、エリザと私は心の中で私自身に言い聞かせた。
「それは否定しない。だからむしろ、今の状況の方がロゼやセレナの協力を受けやすいんだよ。私が二人と仲直りしたからって、あんな事を言った後だもん。クラスの子たちは相変わらず私を避けている。私もあの頃とは違って、誰かの理想の自分でいる必要はなくなったから負担は減ったしね。全然、意味がなかったとは思わない」
この件に関しては、リオもこれ以上文句を言うつもりはないらしい。
ただ、ここで本当にロゼたちを説得させてこちらに優位な行動をとってもらえるかは、今後の私の力量が試されるわけだ。
「なら、もう一つの質問。ボクは今までの流れで一番変化をもたらしていたと思っていた部分、ウィリアムとアメリアの間を引き放すことが成功したというのに、君はどうしてそれを覆すようなことを彼女に言ったのかなぁ?」
リオが言うのは、私が以前アメリアにウィリアムを避けているのではないかと聞いたことだ。
あれをきっかけに結局二人の距離は元に戻った。
きっとリオはロゼとのこと以上にこの件について不満に思っている。
確かに別荘地で私がアメリアに激怒したことで、アメリアはウィリアムを避けるようになり、二人の関係は悪化したと思われた。
でも、私はむしろ逆効果だったのではないかと考えていた。
二人に距離が出来れば出来るほど、本当は離れたくないという気持ちが高まる。
遠距離恋愛のように相手が見えないほどの距離があれば、これも効果はあったのかもしれない。
しかし、お互い意識し合える場所にいて本意でなく距離を置くのは余計意識させたのではないかと思っていた。
物理的に引き放したところで、二人の関係が壊れることはない。
「私、ずっと考えていたことがあったんだけど、このゲーム、どのルートに進んでエリザが死ぬんだよね。ウィリアムルートでエリザが邪魔なのは理解できるけど、他のルートでエリザが死なないといけない理由はあったのかな?」
私は今まで密かに思っていた疑問をついにリオに話した。




