61話 ループ
アメリアは一人、生徒会室でクラウスに頼まれていた仕事をこなしていた。
「後はこれを集計したら終わりっと」
そう言って目の前の紙を机の上で束ね、残りの作業に取り掛かろうとした。
その時生徒会室の扉が開き、そこからウィリアムが現れた。
ウィリアムもアメリアに気づき、少し気まずそうではあったが笑顔で挨拶をする。
「やぁ、アメリア。生徒会の仕事を頼まれたの?」
アメリアも目線を外して答える。
「ええ、集計の仕事を。でも、もう終わるところですから……」
アメリアのその言葉で、再び沈黙が続いた。
ウィリアムはそのまま生徒会室に入り、棚を開ける。
「僕も頼まれていたものを取りに来ただけなんだ」
彼はそう言ってファイルを取り出し、そのまま部屋を出ようとした時、アメリアは椅子から立ち上がって彼に声をかけた。
「ウィリアム様!」
ウィリアムも扉の前に無言で立ち止まる。
アメリアは話しづらそうにしながらも、少しずつだが言葉を綴った。
「私、ウィリアム様に謝らないといけないことがあります。あの日、別荘を勝手に出て行ってごめんなさい……」
ウィリアムはゆっくりアメリアの方を振り向いた。
彼女は相変わらず、彼を直視できず、床を見つめながら話していた。
「本当はずっと謝らなくちゃと思っていたのに、私、ずっとそれが言えなくて。しかも避けるような真似をして、本当に本当にごめんなさい!」
彼女はそう言って深々と頭を下げた。
そんな彼女にウィリアムはそっと近づき、顔を上げさせる。
「謝らなくていい」
彼は優しく微笑みながら言った。
「君はずっと僕とエリザの事で悩んでいたんだろう?」
アメリアはウィリアムの瞳を見つめながら数秒間黙っていたが、ゆっくりと頷いた。
「僕も軽率だったと反省している。簡単に婚約解消すればいいなんて言ったけれど、それはこの国の王子としてあるまじき発言だった。それを君が僕に気づかせてくれたんだ……」
「私は――」
「わかってる。君だってエリザを傷付けたいわけじゃないんだろう? それは僕も同じだよ。彼女は婚約者でもあるけど、僕の大切な友人の一人だ。そんな彼女を僕の勝手な都合で不幸にしたくはない。僕だってまだどうしていいかわからないけど、時間はある。二人でゆっくり考えて行こう」
「ウィリアム様……」
アメリアの瞳からそっと一筋の涙が流れた。
彼はそれを指でそっと拭った。
「僕も君にこんな辛い思いをさせたことを謝らせてくれ。僕がもっとしっかりしていれば、君もエリザもこんなに傷つかずに済んでいたんだ。君がこうして涙を流さなくてもいいよう、これからは僕も尽力するよ。だから、もう少しだけ待っていてくれないか? 全てがうまくいくまで時間はかかるかもしれないけれど、僕は必ず君を迎えに行くから……」
彼はそう言ってアメリアを優しく抱き寄せた。
アメリアは彼の胸に抱かれながら、もう自分の心を誤魔化せないと悟った。
今はただ、ウィリアムの優しさに身を委ねていたかった。
私はいつものように寮の入り口に立つ。
そこには、いつものようにロゼとセレナが並んで待っていた。
「エリザ、遅いですわよ!」
「エリザちゃん、おっはよぉ!」
不愛想なロゼに楽観的なセレナ。
対照的な二人だけれど、逆にこれがうまくバランスを取っている気がする。
「おはよう、二人とも。今日も薬学実習あるみたいだから、今度こそ成功させないとね」
私はそう言って二人と並んで校舎を目指す。
「そもそもあれはセレナがいけないのですわ! 作り方をちゃんと把握しておかないから」
ロゼはセレナを見て指摘する。
それに対しセレナは不満そうに声を上げた。
「ええぇ! それはロゼの手際が悪いからでしょ? 私の所為ばっかりにしないでよ!」
「わたくしの手際が悪い!? セレナの分際で偉そうですわよ!」
「いつも偉そうなのはロゼの方じゃない!」
ああ、また始まったと思った。
そして、その間にいる私が二人の前に手を翳して止める。
「はいはい! そこで終わり。お互いに文句を言い合ってもしょうがないでしょ?」
するとロゼが不満そうに私を睨んで来た。
「なら、今度こそエリザがわたくしたちの事、しっかり仕切っていただかないと困りますわよ!」
そこは相変わらず人任せなのかと呆れてしまったが、素直じゃないロゼには指導者は向いていなさそうだ。
「わかってるよ。今日は私がばっちり仕切らしてもらうので。実習中ぐらいはちゃんと私の言うこと聞いてよ?」
セレナは私の横で嬉しそうに手を上げる。
「はぁい! エリザちゃん、頼りにしてるね」
「責任重大ですのよ!」
二人はいつものように好きなように言ってくるけど、こんな二人とうまくやっていくためにも私が大人にならないといけない。
そもそも、前世の記憶を持っているのだから、感覚的には軽く30は過ぎている。
その自覚はまるでないけれど、いい大人なのだからこんな曲者の二人ともうまく付き合っていかないといけないと実感してきた。
あの日、教室で騒動を起こしてまで二人を突き放したというのに、結局状況はもとに戻ってしまった。
これを知ったらリオが物凄く怒りそうだけれど、これでいいと思う。
私は彼女たちと仲違いしてから、ずっと心のモヤモヤが消えなかったのだ。
あの時はあんな風に怒ったってしまったけれど、彼女たちを本気で嫌いになったわけじゃない。
一緒にいて楽しい時間も確かにあったし、二人のいいところもたくさん知っている。
二人を突き放したところでシナリオ改変が大きく変わるわけでもなさそうだし、ぼっちも飽きたから意地の張り合いっこももういいかなと思う。
私達が教室に入ろうと廊下を歩いていると目の前にアメリアとウィリアムが一緒に立っているところが見えた。
そんな二人にルークとギルバートが声をかけ、近づいて来る。
そのうち、生徒会長のクラウスと教官のサディアスまで集まって来た。
攻略対象勢ぞろいといった感じだろうか?
ここにリオがいれば、まるでゲームのパッケージのようだと思いながら見つめていた。
「まぁ、朝からあんなに殿方に囲まれて、わたくし達に見せつけているおつもりかしら?」
それをロゼに見つかり、相変わらず不満をこぼしている。
私はそんなアメリアに向かって挨拶をした。
「おはよう、アメリアさん! 今日もあなたの周りは賑やかね」
私は彼女の前に立ち、にんまりと笑った。
珍しく私の方から挨拶をしてきたものだから、最初はアメリアも驚いていたが、天使の様なスマイルで返してきた。
「おはようございます、エリザ様」
私達はしばらくの間、お互いを見つめ合った。
彼女にもう恨みはない。
けれど、仲良くする気もやっぱりない。
私は彼女のライバルで悪役令嬢のままでいいのだ。
こうして、お供や取り巻きではなく、二人の友を連れて以前のように堂々とアメリアの前に立つ。
なんだか、出だしに戻ったような気がしたけれど私は満足していた。
未来への不安はある。
けど、今まで道に後悔はない。
これからだって破滅ルートの改変は挽回出来るはずだ。
アメリアに愛敬を振りまかなくても、アメリアからウィリアムを強奪しなくても、厄介な友人たちを追い払わなくても、私は必ず成功して生き抜いてみせる。
そう彼女の前で誓った。
ここで第二章は終了となります。
結局シナリオ改変は出来ていませんが、三章からはクラウスとサディアス、リオの話を書いて行こうと思います。




