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60話 ロゼ・フィリップ

結局、あの後三人でみっちり講師に監視されながら、再度魔法薬を作り直した。


セレナは泣いてばかりで全然手が進んでいなかったし、私もロゼも会話をする気にはなれずに、ほぼ無言の合図で薬を完成させた。


最初から冷静になってやれば、無事に終えたものを私たちはテンパりすぎた。


講師の合格をもらい、私たちは教室をやっと出られた。


出た瞬間、身体にどっと疲れが出る。


「ロゼもセレナも魔法薬学苦手だったの?」


私は背中を丸めながら二人に聞く。


「もともと得意ではありませんでしたけど、新学期に入ってから作業工程が多すぎて覚えられないのですわ! 頭で考えながら作業なんて、難しすぎます!」


ロゼはなぜか自分は悪くないとでも言いたそうな言い方で鼻を鳴らした。


「魔法実習の時も同じでしょ?」


私はそんなロゼに聞く。


魔法だって頭でイメージしながら行う。


するとロゼは勢いよくこちらに振り向いて答えた。


「魔法とは全然違いますわ。頭でイメージしたものを杖の先から出す感覚ですもの! でも魔法薬学はそうではありませんでしょ? 材料もたくさんありますし、作業も多すぎですわ。材料を刻みながら、火加減まで調整するなんて人間業ではありませんわよ」


世の主婦はそれを当たり前のようにやっているのだが、料理一つやったこともない娘にさせるには少し難しい作業だったかもしれない。


そもそも、ロゼは魔法もあまり得意ではなかった。


セレナは隣で相変わらず、泣きべそをかいている。


セレナは魔法技術の成績はいいけれど、きっとあれはほぼフィーリングのみでやっているのだろうなと予測が出来た。


以前の魔法演習の時にも感じてはいたけれど、こうして何か同じことをする時、ロゼは以前のように私と普通に話してくれる。


私への嫌味は増えたけれど、もともとロゼはこういう性格だ。


むしろ以前の私に対するリスペクトの方が異常だったのだ。


私は息を整えてロゼに言った。


「ロゼ、ごめんね。ずっと嘘ついてて」


私はロゼの顔が見られなかったけど、教室の外で空を見つめながら言った。


「騙すつもりはなかったんだけど、あまりにロゼが私を褒めるからさ、その期待を裏切りたくなかった。親からも人前では誰よりも気品あふれる令嬢であることをずっと求められていたし、外で仮面をかぶるのは当たり前だったから。でも、学園に来て、四六時中お嬢様のふりしてるとさ、すごく疲れるんだよ。私はロゼみたいな根っからのお嬢様じゃないからさ」


ロゼは私の話を聞いているようだったが、何も言ってはこなかった。


「それにね、貴族にとって噂話が日常で、騙し騙されが普通なのも知ってる。そのくだらない噂話で国が傾くことなんてよくある話で、そんなことをロゼに責めたって仕方がないっていうのもわかってた。けど、あの時の私はそのまどろっこしい噂話にうんざりしていて、そこから逃げ出したくなってたんだ。ロゼが敬ってくれるのはすごく嬉しかったけど、同時にプレッシャーだった。皆にとって理想の令嬢ってどんなんものだろうって常に悩んでて……。追い打ちはアメリアだけどね。彼女は平民なのに誰よりも優秀で、それこそカリスマ性があって、私が十数年頑張ってきたことをあっさりやり遂げてしまう彼女を見て、焦ったし、嫉妬もしていたと思う。私にもっと余裕があれば、あんな風にロゼたちを傷つけずに済んだのにね」


私がそう言って、ロゼの方を見るとロゼはセレナの横で大泣きをしていた。


想定外の事過ぎて、私も慌てる。


「え? なに? 私、そんなにひどいこと言った?」


すると涙を流しながら、ロゼは首を何度も横に振る。


「違いますわ! わたくし、ずっとわたくし自身を許せなかったんですわ。最初はエリザ様の言っていることが理解できませんでしたし、許せませんでした。けど、わたくしはエリザ様と誰よりもずっと一緒にいて、何でもわかっていると思っていたのに、実際のエリザ様は私の知っている方とは全然違ってショックでしたの。それ以上に、何もわかっていなかった自分に腹が立ったんですわ。わたくしが悩んでいる時、エリザ様は真剣に向き合ってくださったのに、わたくしはエリザ様が辛い時何もできなかった。それが悔しんですの!」


ロゼは面白い奴だ。


私を怒っているのだと思ったら、今度は自分自身を怒っているなんて。


「そう、何もかもアメリアの所為ですわ! あの娘がこの学園に来なければ、こんな事にはなっていなかったというのに!」


とうとう怒りの方向がアメリアに向かったかとなんと返事をすればいいかわからなくなった。


確かにアメリアが原拠ではあるけれど、この物語の根底となる人物だからそればかりはどうしようもない。


私達悪役はどうやってもヒロインに振り回されるものだ。


よく考えたら、この不幸はやっぱりヒロインが持ってきているんだよね。


しかも無自覚で。


世の中の悪役令嬢には本当に同情するよ。


「エリザ様、今度こそアメリアをコテンパンにしましょう! わたくしそのためには全力で協力しますわ!」


そういうことじゃないんだけどなと言いたいのだけれど言えない。


こうなったロゼをどう宥めていいのかわからなかった。


「ロゼ、もし私の為にアメリアに嫌がらせをしているのなら辞めてほしいんだ。これは私とアメリアの問題だから」


ロゼにははっきりと言って、彼女が間違ってでも私の身代わりにならないようにしたかった。


けれどそれは杞憂だったようだ。


「何をおっしゃっていますの? そんなのエリザ様の為なわけないじゃありませんか! わたくしはわたくしの意思でアメリアのことが気に入らないのですわ。あのような思い違いした平民には身の程を思い知らせてやるのも、貴族令嬢の仕事。あのようなものを野放しにしていいわけがありません!」


さいですか。


まぁ、ロゼ自身がアメリアを嫌いなら私は何も言うことはないのだけれど、それをシステムに利用されないことだけは願おうと思う。


思い出せばロゼの想い人もアメリアにぞっこんだったんだよな。


けど、その言葉を聞いてどこか安心した。


ロゼは基本、何も変わっていなかったからだ。


それに前から思っていたけれど、私と同様で悪役の癖に悪役になり切れていない人の良さももっている。


「それと、一つだけ言わせていただいてもいいかしら?」


ロゼは改まって私に話しかけて来た。


何事かと思い、私は目を見張る。


「わたくしもこれからはエリザと呼び捨てに致しますわ。正直、様を付けるの面倒でしたの。それにこれからはわたくしたち対等なのでしょう? わたくしもこれからは侯爵令嬢として特別な目であなたを見たりしませんわ。その代わり、わたくしもあなたの言いなりにはなりません。お覚悟いただけまして?」


ロゼがいつ私の言いなりになったのか教えてほしかったが、余計なことはこの場では言うまいと思った。


「覚悟しときます」


私はそう言って笑った。


私達が廊下でそんなことを話していると向こうの方からギルバートとルークが並んで歩いて来るのが見えた。


そして、セレナとロゼが泣いていたのを見るとルークは私を軽蔑したような目で見て来る。


「お前、どんなけ女子を泣かすんだよ。最低だな」


「なんでそうなるんだよ! 泣かせてねぇよ」


私はルークに向かって言い返す。


本当にルークはタイミングの悪い男だ。

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