57話 偏屈な二人
「話してくれてありがとう、セレナ。あの時はあんなこと言ってしまったけど、私も言い過ぎたと反省しているの。それにね、ずっと私は偽りの侯爵令嬢としての自分だけを二人に見せて来た。二人が正直に自分の思っていることを話してくれているのに、私だけはずっと厚い仮面をつけて、自分を曝け出すことを避けてた。その罪悪感をずっと抱えたまま、あなたたちといるのが辛かったんだよ」
セレナはきょとんとした顔をして、そっかと呟いた。
「やっぱり爵位が高いって言うのも大変なんだね。私なんて、言葉遣いだけでもすごく疲れちゃうのに、エリザちゃんは人に見られていることを意識して、侯爵家のお嬢様として生活してたんだ。気づかなくってごめんね」
彼女はあっけらかんとそう答える。
私が嘘をついていたことも、二人と同じ土俵に立っていなかったことも少しも責めない。
それどころか、私の立場を重んじてくれるのかと思うと意外としか言いようがなかった。
「これもいいきっかけだし、エリザちゃんも私も二人の前では令嬢ごっこなんて辞めてさ、ありのままの私達でいようよ。まぁ、私は日頃からあまり変わっていないけど、エリザちゃんも安心して本来のエリザちゃんでいいよ。私たぶん、そっちあなたの方が好きだと思うの」
彼女はそう言ってまた笑う。
そして、ついに私も声を上げて笑ってしまった。
おかしくておかしくて仕方がなかった。
「ちょっと、なに、なに?」
逆にセレナの方が驚いている様子だった。
私は笑い涙を拭って答えた。
「やぁ、なんか一人勝手に悩んでて損したなって思って。私はロゼやセレナの思うような理想的な令嬢なんかじゃないって、もっと早くに打ち明けておけば良かった。それで仲良くなれるなら、その方がずっと良かったし、罪悪感なんて抱えなくて済んだのにね」
「そうだよ! 素直が一番だよ! エリザちゃんもロゼも意地っ張りの見栄っ張りなんだよ! 私たちは同い年の同じ学校の同じクラスメイト。そして、同じ女の子。それだけの関係で十分なんだよ」
心の蟠りが少し軽くなっていたことに気が付く。
私、こんなに二人の事を気にしていたのかとこの時初めて気が付いた。
「ロゼの事は私が説得するね。けど、あまり期待しないで。ロゼの意地っ張りは筋金入りだから、昔馴染みの私でも簡単じゃないの。でもいつかは必ずエリザちゃんの前に引きずり出して来るから、待ってて!」
彼女はそう言ってセレナは手を振って、また勝手にどこかに行ってしまった。
自由奔放というか、猪突猛進というか、彼女にはどこまでも感心してしまう。
しかし、猪突猛進なところは私も同じか。
気持ちが高ぶったら、向こう見ずで動いてしまうからな、私。
私はベンチに座りながら、そっと目を閉じた。
そして、深く息を吸う。
ロゼやセレナたちを見ていたら、つい昔の友人たちの事を思い出した。
前世で一番仲の良かった友達。
私達は話がいつも尽きないほど気が合ったけれど、喧嘩をしなかったわけじゃない。
特にいおりんとこころんの喧嘩はひどかった。
正に今の私とロゼの関係に近くて、最後はもう意地の擦り付け合いでしかなかった気がする。
あれは大学二年の冬だった。
きっかけはいおりんにバイト先で彼氏が出来たことだった。
その時のいおりんは嬉しかったのか、四六時中その彼氏の話をしていた。
私もみーぽんも黙って聞いていたんだけど、最初に怒り出したのはこころんだ。
「いい加減にしてよ。あんたのそんな自慢話聞きたくない!」
一言目からキツイ言い方だった。
もともと、こころんはあまり話す方ではなかったけれど、口を開くとわりと辛辣な言い方をすることが度々あった。
この時は特に機嫌が悪くて、そんな言い方をしたらいおりんが怒るとわかっていたのに彼女は止められなかった。
案の定、いおりんは顔を真っ赤にして反発する。
「はぁ!? 自慢話じゃないし! ただ彼氏の話しただけじゃん」
「それが自慢話だって言うんだよ。初めてできた彼氏だからって浮かれちゃってバカみたい」
更にヒートアップしそうな二人の間に慌てて、私とみーぽんが入る。
「バカとは何よ! それはこころんに彼氏が出来たことがないから嫉妬してるんでしょ? 仕方ないわよね。こころんは男嫌いを気取ってるけど、本当は大好きなんだから。 彼氏が出来ない理由も、自分が素っ気なくしてるからとか理由を付けたいんでしょ? モテないって自覚するのが怖いんだぁ」
「いおりん、言いすぎだよ!!」
みーぽんがいおりんの言動にストップをかける。
いおりんはキレ出すと嫌味が絶えなくなるから。
この二人は普段仲がいいけれど、こうなるととても厄介な二人なのだ。
これにはこころんも顔を真っ赤にして怒っていた。
「私が嫉妬? ふざけないでよ! 私はリアル彼氏なんて本気でほしくないから作らないだけ。あんたみたいに男にデレデレしてる女を見るとイライラするのよ!」
「デレデレしてないし!」
「してんじゃない! 普段は面食い気取ってる癖に、あんたの彼氏は全然大したことないし。ホントは男だったら誰でも良かったんじゃない?」
それは言ってはダメだと思った。
しかし、こうなった二人はもう誰にも止められない。
次第にいおりんの目からは涙が零れて、どうしようもなくなっていた。
「ほんっと、あんたって最低! こころは人の気持ちなんて全然わかってないよね? そうやっていつも気取っちゃってさ、自分は賢いんですみたいな顔して、人を避けているだけだよね。あんたはただの臆病者なだけなんだよ! だから、人の気持ちもわからないんだよ!」
いおりんはそう叫んでその場から駆け出していった。
どうするべきかみーぽんも私も迷っていたが、ひとまずみーぽんがいおりんを追いかけた。
私は気まずそうな顔をしたこころんと二人きりになる。
こういう時、私はなんて話しかけていいのかわからず戸惑っていると、こころんの方から話しかけて来た。
「私の事なんて気にしなくていいよ。きぃだってこのグループにみーぽんがいたから一緒にいただけでしょ? 私やいおりの事大して好きじゃないのに、付き合う必要はないよ」
この時初めて、こころんにそう思われていたんだと自覚した。
ずっと私もみんなの仲間だと思っていたけれど、心のどこかでは除外されていたと思うと悲しくなった。
それでもそうじゃないと反発することも出来ずに、私はしばらくの間、黙って立ち尽くすばかりで、気が付くとこころんもいなくなっていた。
こんなこと誰も望んでいなかったのに。
いおりんもただ、出来たばかりの彼氏が嬉しくて話したかっただけ。
それなのに、こころんがあんな言い方をしたから喧嘩になってしまった。
確かに心のどこかには他人ののろけ話なんて聞きたくないという気持ちもあった。
こころんじゃないけど、私も彼氏のいるいおりんに嫉妬していたのかもしれない。
それでもそれ以上に私達の関係の方が大事だったから、何も言わなかっただけ。
それをこころんは容赦なく壊していくんだ。
私はこころんの事も追えないまま、ただそこに立ち尽くしていた。
そして家に帰って、大泣きしたのを覚えている。
翌日から二人は避け合うようになった。
こころんの側にはみーぽんが。
私はいおりんと一緒にいたけどいおりんは殆ど口をきかずに黙っていた。
この時の私はいおりんもこころんと同じように私の事はみーぽんのおまけぐらいにしか思っていないのかと考えてしまって、気の利いた事は何もできなかった。




