56話 セレナ・ガルビアン
翌日の放課後、手紙に書いてあった通りに中庭の噴水の前でセレナを待っていた。
数分後、セレナが中庭に現れて、笑顔で手を振ってこちらに向かってくる。
「エリザ様! 来てくださったのですね!!」
セレナは本当に嬉しそうな顔をしている。
なぜ、彼女は私に散々言われた後にこんな笑顔で接することが出来るのか理解できなかった。
最近では目が合うと笑顔で手を振ってくるし、ロゼには何も言われないのだろうか。
「セレナ……、私、その……」
あの時の事を彼女にだけでも謝った方がいいのか悩み、口ごもった。
すると、セレナが何か察したように力いっぱいの笑顔を見せる。
「わたくしはもう怒っておりませんわ。確かにあの時は、どうしてとショックを受けましたけれど、今ならエリザ様の気持ち、少しはわかるんですの。わたくしの方こそ、本当にごめんなさい……」
セレナはそう言って頭を深々と下げた。
私は彼女の方から謝って来るとは思わず、困惑した。
だってあの時、酷いことを言ったのは私の方だから。
セレナ達はずっと私を憎んで、嫌っていたのだとばかり思っていた。
すると急にセレナが脱力したのか、気の抜けた声を出して噴水のベンチに深々と座った。
そのしぐさには微塵も淑女らしさはなく、あどけない少女のようだった。
そして、セレナは目の前の私に無邪気な表情を向ける。
「エリザ様、本当は私ね、お嬢様言葉苦手なの!」
突如カミングアウトを始めるセレナ。
私はどうしていいかわからず、その場で棒立ちになった。
「実家ではいつもこの喋り方。でもママもロゼも学園では淑女らしく振舞いなさいってうるさいの。だからね、あの時、エリザ様が急に話し方を変えて驚いたけど、ああ、この人も同じだったんだって内心安心ちゃった。言われたことはやっぱり傷ついたし、でも傷ついた以上に気づかされた。エリザ様はそんなことを日々考えていたんだなぁって。今までずっと私もロゼも自分たちの事ばかりだったから、本当はエリザ様がどんな風に感じていたとか、思っていたとか全然知らなかったよ。それなのに尽くしていたとか言われたら、そりゃぁ腹が立つよね。自分たちがエリザ様の為にぃ、とか言っておきながら、エリザ様の気持ちなんて全然理解せずに好き勝手に行動していただけだったんだもの」
セレナはそう言って両手を前に突き出し、指を組む。
おそらくセレナの話は長くなりそうだったので、私も彼女の隣に座って話を聞くことにした。
「エリザ様が言うように、私たちがエリザ様と仲良くしようと思ったきっかけは
侯爵令嬢で、王子の婚約者だったからだよ。仲良くしておいて損はないってロゼも言ってた。だから、利用していたって言われてもそれは嘘じゃない。でもね、それだけじゃないんだよ。ただ、一緒にいて楽しかったから側にいたのも本当だよ。ロゼはさ、天邪鬼だからあんな言い方しか出来ないけど、エリザ様がいなくなって、ホントはすごく寂しいし、仲直りしたいんだよ。でも、それが素直に言えないの。もっと単純にごめんねって言えば簡単なのにね」
彼女はそう言って笑いかけた。
それは私も同じだ。
あんなことは言ったけれど、本気で二人を嫌いになったわけじゃない。
一緒にいて楽しい時もあったし、今みたいに寂しい思いなんてしなかった。
それにロゼが強がっていることも、本当の事を言えないことも気が付いていた。
全てわかっていて歩み寄れなかったのは私も同じ。
意地になっていたのはロゼだけじゃない。
「あのね、私ね、友達ってさ、対等じゃないとなれないんじゃないかなぁて思っているの。爵位とか関係なく、同じ高さにいないと相手の事は、ちゃんと見えないんだよ。一番地位の低い男爵家の私が言うのはあれだけどさ、本当のエリザ様を知るためにも私は本当のお友達になりたい。また一緒に登校して、一緒に授業受けて、一緒にランチ食べて、他愛もないおしゃべりをして、今はエリザ様の事、もっともぉっと知りたいって思っているの。ダメかなぁ?」
セレナは首を傾げて尋ねて来る。
セレナはずるい。
私やロゼが素直じゃないことも、そう言われたら断れないことも全部知っている。
「だ、ダメじゃないけど……」
私はもごもごとした声で答えた。
するとセレナは嬉しそうにこちらに身を乗り出して聞いてきた。
「ほんと!? ならさ、エリザ様の事、今度からエリザちゃんって呼んでいい?」
セレナはこういう時、容赦がない。
あけすけに自分の気持ちをぶつけて来る。
私は呆れながらも頷いた。
「いいよ。セレナがそう呼びたいなら」
「やったぁ! あ、でもどうしよう。私だけエリザちゃんの事を親しげに呼んで、ロゼは私に怒らないかしら?」
ロゼは顎に指をあてて、考え出した。
この子はどこまでもマイペースな子だと思う。
「こうして勝手に会ってること自体、知ったら怒るんじゃない?」
私が冷静になって答えると、それもそうかと勝手に納得した。
「ロゼはホント、意地っ張りだからなぁ。私とロゼはね、昔馴染みなの。お互いの領地が近かったこともあるけど、ロゼのうちには年の離れた兄妹しかいないじゃない?だから遊び相手がいなくて、私のところは姉妹が多いから声がかかったの。それからは度々、ロゼの家に呼ばれるようになったんだけど、最初はすごく嫌だった。だってロゼって自慢屋なんだもの。うちが名ばかりの男爵家だと知って、自分の家がどれだけ裕福なのか、自慢ばかりするのよ。けどね、そのうちわかっちゃったの。ホントはロゼ、寂しいんだって。ロゼにはさ、伯爵家のお嬢様っていうことでしか自分を表せられないんだよ。両親はいつも忙しくて家にいなかったし、お姉さんは既にお嫁に行ってて、お兄さんはロゼに無関心で冷たいの。私、あの人嫌いよ。私の事も貧乏男爵って馬鹿にしてくるんだもん」
なんだかまた愚痴っぽくなってきたが、セレナと最初会った時もこんな感じだったことを思い出した。
いい意味でも悪い意味でもセレナは素朴な性格だと思う。
「だからね、ロゼは甘え下手なの。家族と釣り合おうとするためにいつも背伸びをして強がってる。エリザちゃんにも一緒。エリザちゃんに近づきたくて、見栄ばっかり張ってるの。ホントはロゼ、エリザちゃんの事が大好きなんだよ。二人きりになるといつもエリザちゃんの話ばかりだし、一緒にいられることがすごく嬉しそうだった。アメリアに突っかかっていくのも、エリザちゃんに認められたいからだしね。でも、そんなこと素直に言える子じゃないから、ああいうやり方しか出来なかったんだよ。都合のいいことばっかり言っているとはわかっているけど、ロゼの事、許してあげてくれないかなぁ。ロゼだって口では意地悪なこと言っているけど、反省しているんだよ。エリザちゃんと離れ離れになってから、すごく寂しそうで元気がないの。私もね、何度もロゼにはちゃんと謝って仲直りしようって言ってるんだけど、今更遅いって聞いてくれないし……」
確か私もギルバートに同じような事を言われて、ロゼと同じ返答をしたっけ。
お互い同じことを考えていたなんて、本当に滑稽だと思った。
私は昔から謝ることも、仲直りすることも苦手だ。
ロゼと一緒で意地を張って、勝手に諦めて、仕方がなかったと片づけてしまう。
この時、私もせめてセレナの前では正直な気持ちを打ち明けようと思った。




