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54話 恋心

「この痛みはどういう意味なんだろう? 恋愛小説を読んで片思いをしている健気な少年に同情して胸を痛めている時と同じ感情か? それともアメリアに避けられながらも忘れられない彼の純真な恋心に胸打たれた状態? もしかしてもしかして、本来のエリザの感情が今頃になって流れ込んで同期しているとか!?」


私は今日あった出来事を科学室の中で懸命に思案を巡らせていた。


「ってか、それってここでしなきゃならない話? ぶっちゃけ邪魔なんですけど」


相変わらず科学室で一人引きこもっている少年、リオが面倒くさそうな顔で答えた。


「だってさぁ、いきなり胸にちくって来たんだよ! びっくりしたよ。そんな気持ち、ウィリアムに感じたことないもん」


はいはいとリオは鬱陶しそうに手を振って、私を追い払おうとした。


最近のリオはどうも冷たい気がする。


自分が会いに来るときはニコニコしている癖に、自分のテトリーに入って来た途端、態度が一変するんだもんな。


「単純に君がウィリアムを好きってことなんじゃないの? アメリアがどんなに距離を取ってもウィリアムの心が全く離れない様子を見て、胸を痛めているってことでしょ? 嫉妬しているんだよ、君!」


「嫉妬!?」


その言葉をリオに言われて、私は微量ながらもショックを受けた。


その考えは頭になかった。


確かに一瞬、私にウィリアムルートが出来たんじゃないかと期待したけど、そうじゃないとわかった。


それが悲しかった?


アメリアにあんなに冷たくされても忘れられない彼を見て、私は嫉妬したのか?


そんなこと信じられるはずがない。


「こ、これはゲームシステムの陰謀だ! 私をウィリアムに恋させて、嫉妬によるアメリアへの逆上を狙っているんだよ! 何が何でも破滅ルートに持っていくつもりか!?」


リオはそんな私を見て、呆れ果てた顔をする。


「それは違うんじゃない? ボクも前に言ったけど、システム自体が個人の感情を直接的にコントロールすることは出来ない。だから君はこうして、悪役令嬢としての役割を放棄して、ここにこうしていられるのでしょう? なら、それは紛れもなく君自身の感情だよ。君はウィリアムに惹かれている。そして、そんな彼が別の女性を心から好いていることが悲しいんだ。完璧な片思いだもんね」


意味が分からないと私は困惑し、固まる。


この感情は本来のエリザのものでもなく、システムが強制的に芽生えさせた感情でもない。


私自身が感じた感情だというのか?


だって私は――。


「エリザってさ、恋したことないの?」


リオが真顔で尋ねて来る。


私は無表情のまま、リオの顔を見た。


「この世界じゃなくてもさ、前世で好きな子とかいなかったの? エリザってさ、どことなく恋愛感情みたいなものが欠如しているように見えるんだよね。男の子に興味ないというより、自身のそう言った感情を意識的に排除しているというか、わざと恋しないようにしているみたい」


リオの言葉は完全に私の中にある根本的な何かに衝撃を与えた。


考えようとしてこなかった、開かずの扉。


私はそこを開けまいと必死に死守してきたけれど、リオに指摘されることで苦い感情が呼び起こされる。


そう、私は自身の恋愛を、誰かに特別な感情を向けることを避けている。


その理由が一つではないことはわかっているのだけれど、決定的な出来事が一つあることを思い出した。


それは前世の私が中学生の時。


あの時は、まだ十分に男女の差とかもあまり気にしていない時期で、私は性別を気にせずに人と接していた。


それまで私が異性を好きになることはなかったし、男子とは基本何も考えずに他の男子と同じようにじゃれ合っていただけだったから。


中学2年の時、同じTVゲームにはまっていた仲のいい男子がいて、そいつと話が合ってからは、よくお互いの部屋に行ってゲームをしていた。


学校帰りに先生に見つからないように飲み物とお菓子をコンビニで買って、家に着いたら夕方までゲームに明け暮れていた。


オンラインで繋いで遊ぶことも出来たが、私の両親は厳しい人だったからゲーム機を勝手にネットに接続することは禁止されていて、だからこっそり親がいないときにそれぞれの家に行き、遊ぶしかなかった。


そして、私も気が付かないうちにこれは結構特殊な状況なのではないかと思い始めた。


中学生と雖も何時間も男女が一つの部屋で一緒にいる。


ムードこそ甘いものは何もなかったけれど、それでも普通の男女なら避ける状況だ。


だから、私は次第にその彼を意識するようになっていた。


きっと彼も私に多少なりとも好意があるから、こうして一緒にいるのだと思い始めていた。


もしこれが、漫画や小説だったらきっと両想いになっていた。


それ以上に間違った展開になっていたかもしれない。


しかし、現実にはそんなドラマティックな展開など待っているはずもないのだ。


当然、私たちのこの状況に疑問を抱く生徒がいた。


そいつが教室で彼に直接聞いていたのだ。


「なぁ、お前らっていつも放課後一緒だけど、付き合ってんの?」


彼は驚いた顔を見せる。


「はぁ? なわけねぇじゃん」


「だよなぁ。でもさぁ、いくら堀池だからって、女子と長時間二人きりでいるんだろう。そういう気持ちになったりしねぇの?」


その男子生徒はしつこく聞く。


私はそれ以上、他人に私達の事に関心を持ってほしくなかった。


聞こえていないと思っているそのひそひそ話も、教室にいる私の耳にばっちり届いていた。


すると彼はげらげら笑って答えた。


「ないない。それはないわぁ。だって堀池だよ? あいつを女なんて思ったことねぇもん。男と遊んでるのと一緒。もし、そんなことになるなら、俺、町野の方がいいわぁ。だってあいつ、おっぱいでっかいじゃん!」


「それわかるわぁ。俺も初体験は好きな子って決めてるからよ。俺の純情な思い出を過ちで穢したくねぇもん」


「おいおい、お前は乙女かっての!!」


そう言って彼らは再びげらげらと笑った。


この年頃の男子なんてそんなもんだ。


一瞬でも彼も私と同じ思いなのだと思ったのが馬鹿だった。


これは恋でも勘違いでもない。


ただの錯覚だ。


私はそう思うことにして、この汚点とも言える思い出を消し去った。


一瞬でも男子に期待なんてしない。


あいつらの頭の中はみんな低俗なことで埋め尽くされているんだと思い込んだ。


そんな奴らを相手にするだけ無駄というもの。


その日から私は極力、異性を異性と意識しないように決めた。


けれど最低限の距離は取り、そう言った浮いた話からは避けるようにした。


その分、私は非現実的な恋愛に気持ちを向けていた気がする。


物語の恋愛は裏切らない。


主人公は必ず最後は幸せになれる。


なれなかったとしても意味のない恋愛などない。


この現実のように腐り切ってはいないのだから。


そこに純粋な愛があると信じて、その気持ちは全て虚構の中に閉じ込めていた。


その結果、私はその気持ちを無意識に自分から排除しようとしていたのだ。


でも、ここは私のいた現実世界とは違う。


ウィリアムは虚構の世界の住人で、ここには私が信じた純粋な愛があると信じていた場所だ。


だから、私はどこかで油断していたのかもしれない。


私がエリザと同じようにウィリアムが好きなんて、そんなバカな事、今更信じられるわけがない。


それでは本当に私は自ら破滅ルートに向かって行くようなものじゃないか。


私は更にこの思いをどう受け止めていいのかわからなくなっていた。

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