48話 階段
ルークと対戦したあの日以降、ルークが私に突っかかってくることは少なくなった。
その代わり、今まで以上にアメリアの側にいることが多くなった。
昔はもっといろんな女子に色目を使っていたというのに、今ではすっかりアメリア一筋である。
お陰で周りの女子生徒がとても不満そうに二人を睨みつけていることが多くなった。
それだけではなく、私には気になることがもう一つある。
それはアメリアがルークやギルバートと仲良くする分、ウィリアムとは距離を取っている気がした。
ウィリアムは明らかにアメリアを気にしているのに彼女はむしろ意識して避けているように見える。
なぜ彼女が露骨にウィリアムを避けているのかはわからない。
やはり、私とのことを遠慮しているからだろうか。
とは言っても、私とウィリアムもあの日以来、ほとんど口をきいていない。
このままだとアメリアとの関係に関係なく、婚約破棄されそうだ。
私はいつものように授業が終わると寄り道もせずにまっすぐ寮に帰るつもりで階段を下りていた。
すると、タイミングが悪いことに、手紙を読んで不愉快そうな顔をしたルークに階段で出くわしてしまった。
彼は読み終えると、その手紙を力いっぱい握りしめてくしゃくしゃにしていた。
ひとまず気づかれまいと気配を消して、ルークの横を通り過ぎようとしたが、踊り場であっさり捕まってしまう。
「よぉ、エリザ。挨拶もなしに通り過ぎるとか、随分冷たいじゃねぇか」
ああ、うるさいのに捕まってしまったと私は肩を落とした。
最近は随分大人しくなったと思ったのに、また機嫌を悪くしたようだった。
恐らく原因はその手紙だろう。
「私たちの間に挨拶なんて必要? 私の事が気に食わないならほおっておいてほしいのだけど」
いい加減、ルークの相手をするのも疲れていた私ははっきりと彼に告げた。
ルークは更に険しい表情へと変わる。
私の一言で、また彼を逆上させてしまったようだ。
「お前は何で俺を苛立たせるのが得意なんだよ。 俺は昔からずっとお前の事が気に入らなかった。お前の態度や言動、全てだ!」
きっとルークは私が何をやったところで気に入らないのだろう。
そんなことはとうの昔から知っていた。
その原因が私たちの家柄に関係しているのだろうことも。
「ねぇ、ルーク。あなた、なぜ私の事がそんなに気に入らないか、真剣に考えたことがある?」
「はぁ!?」
私の言っていることが理解できなかったのか、威嚇するように言葉を吐いた。
「確かにあなたの公爵家とうちの侯爵家は仲が悪い。それはわかっている。だからって、私達子供までその因縁に縛られる必要ある?」
「別に俺はそんな理由でお前を嫌いなわけじゃねぇよ! お前そのものが気に入らないんだ。その澄ました態度も人を嘗めたような目も生意気な口調も、何もかもだ。どうして、お前はそう偉そうなんだよ。こんなに周りに嫌われて、クラスでもぼっちな癖にそんなことすら無関心で平気な顔して登校して来て、お前は一体何なんだよ!!」
ルークには私がそんな風に見えているのかとこの時、初めて知った。
本当は私がクラスで嫌がらせを受けた翌日、心が折れて登校拒否していたこともルークは知らない。
彼は私が何されても動じない人間だと思っているのだ。
昔に比べて態度も言動も大きく変わったはずなのに、ルークの中では何も変っていないように見えているのだろうか。
「そうか、ルークは今も不安なんだ。自分の周りにどれだけ人が集まろうが、どんなに慕われていようが、あなた自身がその現状を受け入れられないから。常に周りを疑っているから、裏切られる気がして怖いんだ……」
私がそう言うと、ルークは怒りに任せて私の胸倉を掴んで来た。
「何言ってんだ、お前……」
「あなたと私はとても近い存在。元王族の公爵家と元地方豪族の権力者である侯爵家。全く違うように見えて、私達より下の貴族から見たら同じ権力者。だから、良くも悪くも私たちの周りにはその恩恵に預かりたくて人が群がる。でも、そんな奴ら信用できないよね。私も信用していなかったよ」
私はルークに胸倉を掴まれた状態で語り出した。
私も一度ルークとはしっかり話しておきたかったから。
今がそのタイミングなのだと思った。
「それは煩わしくなって突き放したら、私はこうしてぼっちになった。でも、ルークにはそれが出来ないよね。だってルーク、皆に見放されるのが怖くて仕方がないんでしょ?」
私はルークの目をまっすぐ見て話した。
ルークは目を見開いて、首を横に振る。
「違う! 俺はそんなことが怖いなんて思ったことはない!」
「私の目にはあなたがいつもどこか怯えているように見える。なら、ルークは一体何に怯えているの?」
「怯えてなんて……」
「この学園の中で私とあなただけが唯一対等なの。でも、本当に対等になりたいのは私なんかじゃなくて、王子であるウィリアムなんでしょ? でも王族と公爵家の間には深い隔たりがあって、そもそも張り合おうとしても張り合うことは出来ない。だから、唯一対等の立場である私に突っかかってくるのよ」
「違う、違う、違う! お前と俺は対等なんかじゃない!」
ルークは全身で否定するようにもっと激しく首を振った。
「あなたの父親も一緒なんだよ。本当に対等でいたいのは兄である現国王。だけど、王族から外されて公爵となった時点で、自分たちの間には大きな格差が出来た。しかも、そんな国王が頼りにしたのは実弟の自分ではなく、我が父のヴァロワ卿。だから、ファルロイド公は父が邪魔なんだよね。そして、彼がその鬱憤を妻に当てつけている。でも、結局あなたも同じ。自分の中の葛藤を抑え切れず、その鬱憤を私に当てつけて収めようとしている。あなたの大嫌いな父親とあなたは同じだよ」
その言葉を聞いた瞬間、ルークは私に拳を振りかざした。
そこをアメリアに見つかり、彼女は慌てて私たちの元に駆け寄った。
「やめて、ルーク。そんなことしてはダメです!」
彼女は必死に私とルークを引き放そうとした。
しかし、こうなった彼をアメリアでも止められない。
「同じじゃねぇ!! お前に何がわかる!?」
「全部はわからない。けど、他の貴族たちよりは理解していると思う。あなたはいつだって自分だけが惨めだと思っている。でも、そうじゃない。公爵家が不安定のように私の家だって無茶苦茶なんだ。家族は常にバラバラ。父は仕事の事しか頭になく、母はずっと社交場を渡り歩いている。兄も家には一切戻らず、王宮の仕事に明け暮れてる。あんな大きなお屋敷に帰っても家族一人いやしない。不満で暴力を受けることがなくても、私の家だってまともに顔を合わすこともない家族なんだ」
私を掴むルークの手は微かに震えていた。
「なんだよ、それ。お前のところがみんな自分勝手なだけだろう!? お前の母親が社交界ででしゃばるから父上は挽回できない母を詰るんだ! 全部、お前の家、侯爵家がいけないんだろう!!」
きっと、ファルロイド公も同じ思いなのだろうと思った。
ここで私が一発でも殴られれば、ルークも少しはすっきりするのだろうか。
私の母が周りを顧みずに、好き勝手に社交界を賑わしているのも本当だし、父がファルロイド公の意思を尊重せずに、王に進言しているのも事実だ。
「お願いです! 二人ともやめてください!!」
私たちの間に入って必死で止めようとするアメリアの言葉に、ルークの手が急に緩んで、私が後退った。
その勢いで私は横にいたアメリアに肩がぶつかり、彼女は階段に足を取られて真っ逆さまに落ちていった。
それに気が付いたルークがアメリアに手を伸ばし、叫ぶ。
「アメリア!!」
ルークはアメリアの腕を掴んで抱き寄せ、階段を勢いよく転げ落ちた。
私もまさかこんなことになるとは思わず、唖然と立ち尽くしていた。




