44話 ルーク・マルティネス
リチャード叔父さんの一件が終わった翌日、早速私のもとにギルバートが駆け寄って来た。
そして、嬉しそうに私の手を握る。
どうしてここの世界の住人はそう簡単にレディーの手を握るのか……。
「エリザ、ありがとう! 君がヴァロワ卿に連絡を入れてくれたんだろう?」
正確に言うと私ではなく、私の手紙を読んだエマが父に知らせてくれたのだが、彼の中ではそうなるのかと思った。
そもそも私は、ギルバートの縁談をどうにかしてほしいなんて手紙は書いていない。
ただ、父はモンペル伯爵がグライン家との縁談話を進めようとしていることを知っているのかと聞いただけだ。
父ならそれだけ聞くだけで、ギルバートにとってこの縁談が、いやヴァロワ家に関わる者の縁談として相応しいか見定めるだろうと思ったのだ。
だから結局のところ、私は大したことは何もしていない。
それでもギルバートが喜んでいるのなら、そういうことにしておこう。
「どういたしまして。でも、まさか、叔父様がギルバートを退学までさせようとするとは思わなかったよ。アメリアの事まで話すなんて、開示しすぎじゃない?」
「いや、ここははっきり言っとかないとね。隠し事しても仕方ないじゃん」
ギルバートは何の悔いもないと言った顔で答えた。
そこもギルバートらしいと言えば、らしいのだけど。
そんな風に私たちが教室で話していると、教室にこの数日ずっと休んでいたルークが登校してきた。
彼の顔を見た生徒は皆、唖然とした表情を見せる。
それは彼の顔に大きな痣が付けられていたからだ。
こんなきれいな顔を容赦なく傷つけるなど、なかなか罪深い相手だ。
そして、そんなルークを見たアメリアが慌てて彼に駆け寄った。
痛々しい傷を触れるように手を翳し、心配そうに彼に尋ねる。
「ルーク。その痣はどうしたのですか?」
するとルークはその触れそうで触れないアメリアの手を優しく自分の手で掴んで、優しい眼差しで彼女に答える。
「ぶつけただけさ。でも、君のその顔を見たら、痛みなんて消えてしまったよ」
ああ、また臭いセリフが始まったと思った。
そんなことで痛みが消えるわけがないし、どう見たってその痣は殴られた痕だろう。
「だけど、ルーク――」
「君が気にすることはない。でも、その柔らかな手で俺の頬を包み込んでくれたら、俺はこの痣にすら感謝するだろうね」
何を言っているのだか。
それを聞いた周りの女子たちが黄色い雄叫びを上げていたけど、私にはばかばかしく思えて顎の裏をぽりぽりと掻いた。
私がルークの口説き文句を聞くとアレルギー反応を起こすらしい。
アメリアがひとまず手当をしましょうと保健室に連れて行こうと教室を出ると、それに続いてルークも歩き出した。
そして、教室を出る前、私の姿を見つけるとこちらを今までにないぐらい鋭い瞳で睨みつけて来る。
それを隣で見ていたギルバートが驚く。
「何? エリザ、ルークに何かしたの?」
いつもの事だけど、いつも以上の嫌悪を感じる。
「何もしてないよ。あいつは腹が立つことがあると何かと私を目の敵にするんだから」
私は入り口から目線を外して答えた。
私としては迷惑この上ないのだ。
「確かにエリザの実家、ヴァロワ家と公爵家って仲悪いけど、ルークまでどうしてエリザをそこまで嫌うんだろう?」
「そんなの私が聞きたいよ!」
私もルークの事は嫌いだし男として苦手だけど、あそこまで絡まれる謂れはない。
最初は私がヴァロワ家だか、仲良くするなと親から教育されているのかと思っていたが、ルークの私に対する執念は相当なものである。
彼の中で一体何があったのか、私にも結局よくわからない。
そんなに恨まれることをした覚えはないんだけどなぁ。
午後から魔法実習の時間となり、いつものように各属性に別れ、魔法の練習をしていた。
もうこの1年生の段階で、個人の実力には大きく差が出ていた。
私達、劣等生組は相変わらず初級魔法が中心で、攻撃魔法や防御魔法よりもまずは風を操ることに特化した訓練をする。
つまり基礎だ。
結局のところ、中級魔法や攻撃魔法、防御魔法もその応用に過ぎず、風の形や威力を変えたものでしかない。
カマイタチの様な風を刃物のように使うウィンドカッターも風を鋭く保ち、それを対象に素早く叩きつける。
その時、風に振動を与え、より対象物を深く切り込むのだという。
なんとも恐ろしい攻撃なので、出来れば一生、そんな痛そうな魔法で攻撃されることがないことを願う。
魔力適性の低い私だけど、何とか基礎魔法までは習得できそうだった。
出来るなら私も簡単な攻撃魔法や防御魔法を習得したいのだけれど、私の魔力では攻撃したところでそれほどのダメージは与えられない。
それにスピードもないから、そこそこの魔術師なら簡単に避けられてしまうだろう。
今使える魔法と言えば、薪に風を当てて倒すだとか、割と軽いものなら短時間だが持ち上げることも出来る。
とは言っても、せいぜいハード本を1、2冊ぐらいの重さがやっとだろう。
それも数十秒ももたないかもしれない。
それぐらい私の魔力も魔力量も相変わらず低かった。
私は私の目の前で、既に上級魔法まで会得しているルークを見て、羨ましく思っていた。
風魔法って火魔法や水魔法に比べたらちょっと地味だ。
威力も火魔法が一番強くて、防御で言えば土魔法が一番適しているから、風魔法の長所は目に見えないってことなのだけど、そのおかげで操ること自体が難しい。
それにウィンドカッターのような攻撃魔法とまでなると操作はかなり繊細で、魔力もそれなり使うから、私みたいな魔力適性が低い人間が使いこなすには相当な鍛錬が必要だろう。
正直、魔法適性が低いならせめて火属性でありたかった。
火属性なら小火でもいろいろ活用できそうだし、何よりも魔法使っていますって感じがする。
風は基本空気だから目に見えなくて、本当に魔法使えている?って何度も疑ったもん。
それをあれだけ使いこなせるルークは本当にすごいと思う。
魔法適性がもとより高いことはあるけど、この実力はルークの努力の賜物だと言っていい。
ぱっと見はただのチャラ男だけど、あれで案外努力家なのだ。
きっと早く彼の父親、ファルロイド公に認めてもらいたいのだろうけど、ファルロイド公は現国王より魔術も武術も優秀で、学園でもかなりの優等生だったと聞く。
そんな完璧主義の父親に認められるには、並々ならぬ努力が必要だ。
厳しさで言えば我が父も変わらないのだが、ルークは私と違ってその父に認められるために陰で尽力してきた人物だ。
ウィリアムには敵わなかったが、期末試験ではどれも高得点を取っていた。
そんなことを考えながらルークを見ていると、気が付けば奴と目が合っていた。
ヤバいと思って慌てて目を逸らしたが、もう遅い。
彼は練習する手を止めて、こちらにやって来た。
「おい、お前さっきからなに人のこと見てるんだよ?」
今日のルークはいつも以上に不機嫌だった。
もう口調までどこかの不良と変わらない。
そして、彼は私に手に持った杖を突きつけて言った。
「お前、今から俺と勝負しろ!」
私は一瞬、自分の耳を疑った。
私とルークが勝負?
魔法の実力で言えば雲泥の差がある。
そもそも勝負になるのかさえ疑わしい。
とは言ってもなんだか断れる雰囲気ではなかった。
それを聞いていた周りの生徒も集まってくるし、私はそのまま何も言えずにルークのその眼光を見つめていた。




