43話 縁談
ギルバートが父親に手紙を送った数日後、ギルバートの父親で私の叔父であるリチャードが学園に突如現れた。
そして、わざわざ教室まで赴き、ギルバートを呼びつける。
これには講師たちも驚き、彼に声をかけた。
「何事ですか、モンペル伯爵。いきなりこのような事をされては困ります」
「うるさい! 早く息子を出せ! 今から学園長のところへ連れて行く」
リチャードは掴もうとする講師の手を振りほどいて叫んだ。
「学園長に? そのような事を急に言われても……」
講師が困惑していると、そこにタイミングよく学園長が現れた。
リチャードは学園長を見ると足早に近づき、はっきりと述べる。
「うちの子を本日で辞めさせようと思いましてね。退学手続きをお願いしたい」
すると、学園長はのんびりとリチャードを宥めるように言った。
「まぁ、落ち着いてください。ギルバートも含めて、学長室でお話をしましょう」
彼はそう言ってリチャードを学長室に案内した。
そして、周りの生徒に学園長はギルバートを見つけ次第、学長室に連れて行くように告げた。
「父上!」
ギルバートは勢いよく学長室の扉を開ける。
部屋の中に入って来た息子を見て、リチャードは怪訝な表情をして言った。
「部屋に入る前の礼儀はどうした? お前にそんな無作法を教えたつもりはないぞ」
相変わらずリチャードは不機嫌そうにしていた。
その前には学園長が座っている。
「ギルバート、ひとまずこちらに来て座りなさい」
彼はギルバートに席に座るように指示する。
ギルバートも彼の指示に従って、父親の隣に座った。
「お話は伺いました。今、モンペル伯爵の元に辺境伯のグライン家から婿養子の話が来ているそうですね。しかし、ギルバート本人はその申し出を断りたいと言っている」
「そうです! だからこのバカ息子に現実をわからせねばならぬのです。こんな学園生活などというまやかしにとらわれ、好きな女がいるだの、他に夢があるなどと抜かし、自分がホールズ家の人間だということを忘れとるのですよ! もとより座学の成績は下位。学園にいたところで無駄な妄想を広げるだけ。ならば、一度我が屋敷に戻り、この縁談を進め、早めに自分の在り方を自覚させた方がいい。学園長もそう思いましょう?」
学園長はすぐには返事をしなかった。
隣にいるギルバートは拳を握りしめながら、俯いて耐えていた。
「しかも、その好いた女ときたらよりにもよって平民の特待生だとか。話にならない。貴族は貴族と縁を結ぶのが習わしというものです。何がしたいのかと思えば、騎士になりたいなど、そんなもの辺境伯の婿になれば、軍事に関わることなど嫌でもありましょう。こいつはバカだから何もわかっとらんのです。勉学にも励めないのなら、いる必要はない!!」
さてさて困ったものだと学園長は顎髭を撫でた。
「私にはよそ様の家の都合に口を挟む権利などございませんが、ただ、学園生活に意味がないわけでもないと私自身は思っておりますよ、モンペル伯爵。多くの貴族のご子息たちがこの学園に通い、卒業している。学べた質や量は異なりますが、何かしらの成長をして卒業していくものです。確かにこのような場所にいれば、多くの可能性に魅入られ、無謀な夢を描くこともありましょう。しかし、そういう夢も時には必要なのではありませんか?」
「お言葉ですが、学園長。こいつは15、いやもう16になる、立派な成人です。そんな子供じみた願望、とっくに捨て去る時期なのですよ。こいつにはもっと現実を理解させたいのです」
ついに黙っていたギルバートが口を割った。
「父上の言う現実とは家の為に息子を売ることですか!?」
それを聞いた、リチャードは激昂しギルバートの胸倉を掴んだ。
「なんだ、その言い方は!? お前にそんなくだらん夢を見させるために俺はこの学園に入れたわけではないのだぞ。お前に箔を付けさせるために通わしていたのだ。それなのにお前ときたら、勉学にも励まず、武術ばかり磨き、挙句の果てに恋愛などというばかげたことに現を抜かす。いい加減目を覚ませ、バカ息子!!」
「目を覚ますのは君だよ、リチャード」
そう言って部屋に入って来たのはヴァロワ卿だった。
「返事も待たず入室してしまい、不躾な態度をお許しください、学園長。少しばかり、この愚弟に言ってやらねばならないことが出来ましてね。せっかちな弟は後先考えず、実の息子を退学までさせようとしている。情けないことです」
リチャードはエリザの父、ヘンリーの姿を見て驚いて立ち上がった。
「義兄さん、なぜここに?」
「ある者から知らせがあってね。お前があのグライン家との縁談話を進めようとしていると。親類となる相手の事はよく調べておくのが基本だろう。辺境伯なんて言う爵位に惑わされ、軽率な判断を下そうとは、ギルバートが止めてくれたことを感謝するんだな」
「な、なにを言っているのです?」
リチャードはヘンリーが何を掴んでいるのか予想も出来ないでいた。
「グライン家の様な辺境伯がなぜ、しがない伯爵家のお前のところに縁談話を持ってきたと思っているのだ」
「そ、それは、我が愚息の武術の才能を見越してとお伺いしておりますが……。辺境伯には少なからず、軍事に長けた者がいると」
「そんな体のいい話を信じたのか、バカ者! お前の価値など我が侯爵家と親戚筋ということぐらいだ。それに学園での武術の腕も知っているのなら、ギルバートの座学や技術の成績も知っていよう。辺境伯の領主になれば、武術だけでなく、戦略・戦術を身に着け、特殊技術を学び、他領との交渉能力と私領の統治や部下の管理も必要だ。それをギルバートが出来ないと言っているわけではないが、他を差し置いてお前のところに真っ先に話を持ってくる理由はなんだ?」
もう完全に混乱しているリチャードはおどおどとしているだけで何も言えなかった。
「最初からギルバードに領主の家督など譲る気はないのだよ。グリンチ辺境伯は、隣国サーザンから奴隷を購入している。北領地の問題は作物があまり育たず、働き手が少ないことだ。国境ともなれば軍事に人も金もいる。そこに集中させれば当然、農民や牧畜民の数も減る。それを補うために他国から奴隷を買い付けて働かせているのだ。それだけじゃない。奴隷たちを従属させるために、薬物にも使用している。更に高い税率を課せ、徴税局へ虚偽の報告をし、横領した金で他の貴族に賄賂としてばら撒いているそうだ」
「そ、そんなばかな……」
リチャードは驚愕し、その場で膝をついた。
「ここまでは調べ上げられなくても、多少は疑う余地があったはずだ。それも見極めずに息子を婿にやろうとは愚かなものだな。そもそも、やつらはこの悪事が発覚すれば、婿に入ったギルバートに全て罪を被せ、自分たちは逃れる算段だったのだろうな。つまり利用されるだけだったのだよ」
「し、しかし、そんなことファルロイド公が許すはずはないでしょう。それにあなたにばれたらただでは済まないはずだ」
リチャードは頭を掻きむしりながら、あれこれと考えていた。
「当然だ。許すつもりはない。しかし、その相手が我が甥であるなら多少は悩んだであろうな」
「つ、つまりファルロイド公も知った上で許していたということですか?」
「さぁ、そこまでつかめればお手柄なんだがな。とにかくお前の考えは実にお粗末だ。こんなところで油を売っていないで、とっとと領地に戻り、自分の息子に正しい領地の管理でも教わって来い」
ヘンリーの言葉にリチャードはそれ以上何も言えなかった。




