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123話 仇

私が次期領主を継ぐことも、王子の側室になる話を断ることも、最後まで父は納得していない様子だった。


しかし、側室の話を断るなら早い方がいい。


既に貴族たちの間では、今後のヴァロワ家について憶測が飛び交っている状況だった。


連絡を取ると、すぐにでも王宮に訪れるように返事が届いた。


私と父は二人で馬車に乗り、王宮へ急ぐ。


私の側室の話をする時以上に父の顔は険しかった。


私も今回の話を断って、テオや陛下がどう受け止めるのか不安ではある。


しかし、彼らが恐れていたのはウィリアムとの婚約破棄を切っ掛けに関係性が壊れる事であって、今回のような非常事態が起きた場合、すんなりと受け入れてくれるのではないかとも考えた。


ただ、陛下が女である私を領主として認め、信頼を得られるかは別問題である。


ここは絶対的に、テオの協力が必要だった。


私たちは早速、謁見室に迎え入れ、再び陛下と対面した。


事情は既に察しているようだった。


後からテオも現れる。


「セオドアの件は余も残念に思う。気を落とすでないぞ、ヴァロワ卿」


陛下は父の顔を見るなり、兄の死を悔やむ言葉を告げた。


父も静かに返事をするだけだった。


「王宮内でも噂になっておる。セオドアは唯一の跡継ぎだったからな」


やはり、その話になったかと私は父の隣で静かに聞いていた。


父はとても言いにくそうに王に告げた。


「……その、大変申し上げにくいのですが、セオドアの跡継ぎの代わりとして娘エリザに継がせようかと考えております。一度でもテオ王子の側室のお話を受けた手前、大変心苦しいのですが、辞退させていただこうかと……」


「……そうか。それは残念だ」


陛下はそれ以上何も言い返さなかった。


否定もしなければ肯定もしない。


本心が読めず不安に駆られた。


すると横でテオが手を叩きながら、私たちに話しかけてくる。


親族が亡くなったばかりの相手にその態度はあまりに失礼で、陛下が息子を横で窘めていた。


テオは咳払いをして、謝罪する。


「これは失礼しました。私もセオドアを失ったこと、大変惜しいと思っております。彼は大変優秀な男だと聞いていましたからね。ヴァロワ卿もさぞかし悲しまれた事でしょう。しかし、私は時期領主をエリザに選んだことを懸命な判断だと思っています。彼女はとても優秀だ。女人であっても、良き領主として活躍するでしょう」


予想通り、テオはこの提案に賛同した。


彼にとってはメリットしかないからだ。


側室を設けるなど面倒な事を白紙に戻し、尚且つ私という味方を付ければヴァロワ家は自分についたと同じ。


継承権争いは大きく彼に傾く。


しかし、陛下は決して良い顔をしなかった。


「だが、侯爵家は軍事指揮権を持つ要の存在だ。その当主を女人で宛がうというのは無理があるのではないか?」


ここは父と同じ意見だったようだが、テオはあっさり否定した。


「指揮官に性別など関係ありませんよ。最初は周りも騒ぎ立てるでしょうが、それは実力を見せつけられなければ、皆同じこと。例え、サディアスを宛がったところで、士気は一気に下がるでしょう。ならば、一層威勢のいい女が出た方が面白い展開が見られるかもしれませんよ。なぁ、エリザ?」


テオはわざとらしく私に聞き返してきた。


ここは私に挽回しろと言いたいのだろう。


本当に無茶苦茶を言う男だ。


「ひとまずそのことは良い。跡継ぎがサディアスにせよ、エリザにせよ、今後については其方が考慮し、勢力を下げさせぬように努めてくれ。余としては、今後とも侯爵家とは良き関係でいたいからな」


その言葉でこの話は終わった。


つまり、私が側室に上がるという話はなくなったということだ。


それは陛下もテオも納得している。


父は最後まで悔しそうな表情をしていた。






謁見が終わり、私たちが廊下を歩いていると丁度反対側からファルロイド公が歩いて来るのが見えた。


最悪なタイミングで現れたなと私は不安な表情で二人を見ていた。


父は目を合わすこともせず、軽く会釈をして過ごそうと思っていたが、ファルロイド公が黙っているわけがなかった。


父の顔を見るなり、嬉しそうな顔で話しかけて来る。


「これはこれは、ヴァロワ卿。聞きましたぞ。大事な嫡男のセオドアが何者かに殺されたとか。残念でなりませんな。しかし、気に病むことはあるますまい。其方にはまだ優秀な弟君はおられる。彼に任せれば、今後の侯爵家も安泰でしょうな」


彼はそう言って笑った。


父の拳は震えていた。


こんな言葉、息子を失ったばかりの父親に向けるものじゃない。


ファルロイド公が内心、喜んでいることが伺えた。


それを父が黙っておけるわけがなかった。


「ふざけるな……」


彼は小さな声で呟いた。


何事かと思い、ファルロイド公もこちらに振り向く。


すると、父は彼を睨みつけ、王宮の廊下で怒鳴りつけた。


「お前が息子を殺したのだろう!? 我が娘をテオ王子に嫁がせるのが気に入らないために、お前が仕掛けたことだ、ファルロイド公!!」


その声は廊下中に響き渡る。


すると彼はふっと鼻で笑って答えた。


「私が? セオドアを? 何の証拠があって申している。侯爵家の分際で公爵家の私にそのような口を利くのはあまりに不躾だと思わないかね?」


「うるさい! こんなことをするのはお前しかいないのだ。この屈辱を晴らしてくれよう!!」


父はそう言って腰につけていた剣を抜いた。


それをファルロイド公に向ける。


これにはさすがに彼も驚いていた。


このままでは本気で父はファルロイド公を殺しかねない。


しかし、そんなことをすれば、それこそお家取り潰しになってしまう。


そんなことさえ父はもう判断できないでいるのだ。


私はファルロイド公の前に立って、彼を庇うようにして両手を広げる。


「父上、なりません! どんな事情にせよ、このような場で剣を抜くなど許されぬ行為です!!」


「どけ、エリザ!! 今までの因縁をここで決着つけてやるのだ!」


父は全く私の言葉に耳を貸そうとはしない。


私には父の気持ちもわかる。


恐らく、この事件、ファルロイド公が一枚噛んでいるのは確かだろう。


しかし、こんなところで剣を抜き、彼に怪我でもさせれば、父の極刑を免れなくなるだろう。


その瞬間、ヴァロワ家も崩壊する。


「おお、怖い。もう少し落ち着かれてはいかがかな? 狂乱する父親を止める娘など実に哀れではないか。これ以上、醜態を晒すのは一族の為にもなりませんぞ」


ファルロイド公は父を挑発するように、話しかけた。


どこまでも余計な事をする男だ。


「父上がここで仇を撃てば、父上の気は晴れるかもしれません。しかし、その後残された私たちはどうなるのです? 多くの領民が父上を頼りにしているのです。長い間ずっとヴァロワ家を支えてくれた彼らをも裏切るのだというのですか? まず、あなたはヴァロワ領の領主としての責務を果たしてください!!」


私の言葉に少しだけ父は正気を戻した。


これはもう一族だけの問題じゃない。


何百年とついて来てくれた領民さえも裏切る行為なのだ。


後ろで微かにちっと舌打ちするファルロイド公の声がした。


父が構えていた剣を下ろし、冷静を取り戻そうとした時、後ろからファルロイド公の微かな声が聞こえた。


「ならばお前も死ね」


その言葉はあまりにも恐ろしく、一瞬耳を疑った。


振り向いてみると、そこには剣を抜き、私に切りかかろうとしているファルロイド公の姿があった。


まさか、今度はこんな場所で命を狙われるとは思わなかった。


「エリザ!!」


後ろで父が私の名を叫ぶ声がした。


その瞬間、私はこのままここで切り殺されてしまうのだろうかと思った。

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