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122話 覚悟

私はテオの許しを得て、父と共にヴァロワ邸へと戻った。


屋敷に入ると既に兄の遺体は運ばれていて、その傍らで泣く母の姿があった。


そして、私たちを見るなり母は大声を上げて泣き叫び、父に抱き着く。


「セオドアが……。わたくしの息子が……」


あの子供に殆ど興味のなかった母が驚くほど悲しんでいる。


父も顔を顰めて、何も口に出来なかった。


私はただ、じっと兄の姿を見つめるだけだ。


馬車の中で聞いた話では、兄は仕事場の廊下でいきなり何者かに刺されたとのことだった。


犯人は未だに見つからず、どこかの貴族が父に恨みを持って兄を襲撃したのではないかという噂までたっていたらしい。


私は兄の事をよく知らない。


私と兄は5歳離れていて、物心ついた頃から彼は習い事やお稽古で忙しく、私と関わる時間は殆どなかった。


母に全く相手にされず、使用人たちに甘やかされ、気楽に生きて来られた私を見て、兄はいい気分ではなかったようだ。


前世の兄ほど避けられてはいなかったが、どこか他人行儀であった気がする。


私もそんな兄にそれほど興味はもてず、父や使用人たちから聞く話が全てだった。


兄はヴァロワ家の長男として、私とはまた違う苦労を背負って来たのだろう。


それなのに、こんなことで死ぬなんて兄もさぞかし悔やんだと思う。






少し気持ちが落ち着いて来ると、私たちはひとまず談話室に向かった。


話し合わなければならないことがたくさんあるのに、誰も何も言えないでいた。


同じ部屋にいるのに、それぞれの距離は遠い。


どこか、話し合うことを拒絶しているようだった。


しかし、やっと父がポツポツと話し始めた。


「今は悲しんでばかりはいられない。ヴァロワ家唯一の跡取りがいなくなったのだ。次の跡継ぎについて、考えねばならん」


そう言った瞬間、母は鬼の形相で父を睨みつけた。


「なにが跡取りですか!? セオドアが死んだのよ? 殺されたのよ? きっとヴァロワ家を憎んでいる奴らの仕業よ!! 直ぐに犯人を見つけ出して、罰を与えなければ!!」


母はかなり興奮していた。


それを険しい顔で父が宥める。


「落ち着け、ジュリア。犯人捜しは、王宮の方で進めている。我々に出来ることは何もない。犯人が見つかれば、法で罰せられる」


冷静な父の言葉を聞くと、母は更に激情した。


「落ち着けるわけがないでしょう!? あなたはセオドアが死んで悲しくないの? 殺されて憎くはないの?」


「憎いに決まっているだろう!! 犯人が分かっているなら、いますぐこの手で復讐してやりたい! しかし、まだわからないのだから、ここで騒いで何になる。セオドアは死んだ。それはどんなに嘆いても変わらないことだ。なら、我々はその先を考えねばならん」


母は息を荒くしていたが、それ以上言い返すのを辞めて、溢れた涙を拭い、父から顔をそむけた。


この時の私は兄が死んだ悲しみより、家族を殺された憎しみより、お家の大惨事より両親が本気で兄の死を悲しんでいることに驚いた。


同時に私が殺された時、同じように泣いてくれたのだろうか。


全然、想像できない自分がいた。


そう思うとなんだか悲しくなった。


ここでも私は部外者な気がしたからだ。


「……先の事って、セオドアの代わりってこと?」


「そうだ。跡継ぎを考えねばならない」


「でも、跡継ぎって言ってもうちにはもう男の子なんて……」


母は自分で口走った言葉で理解した。


次の跡継ぎになる人物を。


その瞬間、奇声にも近い声で母は叫んだ。


「嫌よ! まさか、ヴァロワ家を全てサディアスに譲る気!? あんな男に譲ってたまるものですか!!」


母はサディアスを酷く嫌っていた。


理由は恐らく、サディアスがヴァロワ家の仕事に対して消極的で、父にまかせきりだったからだろう。


それに彼は祖父母からひどく可愛がられ、何かと譲歩されてきた。


そんな義弟を母が好くわけがない。


「だったらどうしろと言うのだ!! 全く血の繋がっていない人間を養子に迎え入れ、ヴァロワ家を継がせるのか? その方がよっぽど問題だろう」


「それはそうだけど、サディアスは今まで何もしてこなかったのよ? やっと戦場に出るようになったと思えば、すぐに心の病気とか訳の分からないことを言って逃げ出して、好き勝手に生きて来ただけじゃない。そんなやつに今までの私たちの苦労の結晶を渡せというの!?」


「俺だってこんなことは望んでいない!!」


この時、父も母と同じ気持ちなのだと知った。


兄は昔から、要領の良い弟に嫉妬していた。


だからこそ、長子の兄には目をかけ、次子の私の相手をしてこなかったのだろう。


こういう時だからこそ、父の本音が垣間見えた気がした。


「ヴァロワ領は我が一族だからこそ、この領地の民を従えて来られたのだ。血筋もない他人が形式的に受け継いでも意味がない。それとも何か? 今から跡継ぎを生むつもりか?」


半分冗談だとはわかっている。


しかし、こんな時にその言葉は母の怒りを買うだけだ。


「あなたならあの女との間に隠し子がいてもおかしくないわよね? もしかして、本当はその子供に継がせる気じゃないでしょうね!?」


「馬鹿を言うな!! 俺には隠し子などいない。いたら、こんなに焦る必要もないだろう?」


「あら、やっぱりまだあの女との縁が切れていないのね。息子ではなく、娘だったかしら?」


「お前だって散々よそでよくも知らない男と遊んでいるのだろう? 俺が今まで知らないと思ったか!!」


話し合いの方向が完全にずれてきてしまった。


私は慌てて二人の間に入る。


「辞めてください、父上、母上!!」


その声で二人は一斉に私の方を見た。


「お前は黙っておきなさい! 女のお前に出来ることは何もない!!」


「そうよ。あなたはテオ王子から寵愛を受ける事だけ考えなさい。それがあなたの仕事なのだから」


その言葉を聞いた時、なんて勝手な人たちなのだろうと思った。


私もヴァロワ家の一人なのに、両親ともに血が繋がっているのに、家族とも思われていない。


それが悲しくて仕方がなかった。


「――ります」


私は小さな声で二人に告げた。


聞こえなかったのか、二人は私に聞き返した。


「跡継ぎがいないのなら、私がヴァロワ家の跡継ぎになります! それならば、問題ないのでしょう?」


その言葉を聞いて、二人とも驚愕していた。


「何を言っているんだ!? 女が領主になんてなれるはずはないだろう?」


父は真っ向から否定し始めた。


しかし、私もここで折れるわけにはいかない。


「なれます!! 前例がないわけではありません」


すると、今度は母が真っ青な顔で尋ねて来た。


「なら、王子の側室の話はどうするの? 領主が側室になるなんて不可能よ」


「わかっています。だから、側室の話はお断りいただきたいのです」


その言葉にもう、母は言い返す言葉すら出なくなったのだろう。


顔を伏せて、椅子に雪崩れるように座った。


「確かに、女領主はいたという話は聞いた事がある。しかし、ヴァロワ家は主に軍事力で栄えて来た一族だ。他の貴族とはわけが違うのだぞ」


「そうですね。でも、今は何よりも王族や他の貴族との繋がりが必要なのでしょう? 私は今、どの領主よりもテオ様の信頼を受けています。それはウィリアム王子もしかりです。私なら、この騒動を穏便に納めることができます」


「しかし……」


本当は認めたくなかった父だったが、今はそれしかなかった。


サディアスに全権譲る日が来れば、きっとヴァロワ家は父の意向とは全く違う方向に向かうだろう。


そして私も、想定もしなかったこの運命に立ち向かう覚悟が必要だった。


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