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120話 罪

それだけならまだよかった。


何より苦痛は、妹が毎日のように友達を部屋に連れて来ることだった。


最初こそ、皆が共通ではまっている『あの恋』の話で盛り上がっていたが、その内クラスメイト達の悪口や芸能人の悪口を好き勝手に言い、騒ぐのだった。


それが苦痛で仕方がなかった。


自分が言われているわけではなかったが、彼女たちの声が聞こえてくる度、自分が批難されている気分になった。


両親はいつだって妹には甘く、何をやっても深く追求しなかった。


だからだろうか。


親が自宅にいないことをいいことに、女友達だけではなく、いつの間にか男まで家に連れ込み、行為に及んでいた。


それを隣の部屋で聞く羽目になる兄の気など全く考えもなく、彼はネットで買った高音質のヘッドホンを大音量にして耐えていた。


あくる日、妹は珍しく彼に話しかけて来たと思うと、相変わらず人を軽蔑したような目で見つめ言った。


「あの事、パパやママに言ったらマジ殺すから。ってか、聞いてんじゃねぇよ。引きこもりキモオタクが!!」


あまりに驚いたせいなのか、それともあまりにも人と話していなかったせいなのか、その言葉に返すことが出来なかった。


嫌な音を聞かされているのは自分の方だというのに、人の弱みに付け込んで妹は何でも言ってきた。


ここまで性根が腐り切ったら、悩むこともないのだろうなと羨ましく思うほどだ。


気が付けば、彼は出席日数が足りず、留年を通告され、これを切っ掛けに高校を辞めた。


その代わり、夜間学校に通い、大学受験を目指した。


夜間学校に通えるようになってからは、外出も少しずつだが出来るようになっていた。


それでも知り合いに会ったらどうしようという不安が残る。


なるべく人目につく日時は避け、周りに見つからないように生活した。


無事に卒業して、実家から離れた知り合いのいなさそうな大学に合格し、1年遅れていたが大学生活を過ごした。


相変わらず友達は少なかったが、大学はそれほど人と関わらずに済んだので気が楽だったのかもしれない。


しかし、彼の前に最後の難関が立ちはだかった。


それが就職活動だ。


面接を受ける度に聞かれる、高校中退の理由。


人より遅れていることの厳しさ。


頑張って表に出てきても、引きこもりのレッテルが付いてしまった自分には厳しい現実だった。


何とか就職できた会社は見事にブラックで、既定のルールなど無視、サービス残業は当たり前、毎日8時に出社して、帰るのは10時過ぎ。


給料も安くて、何のために働いているかわからない日々を送っていた。


鳴りやまない電話の音、止まらないコピー機の音、怒鳴り散らす上司の声、そしてキーボードの叩く音。


そんな音を聞くたびに、めまいがし吐き気がした。


上司に休みたいので有休をとらせてほしいと頼むと、なら辞めろと言われた。


自分の代わりなどいくらでもいるのだから、働かないやつは消えろとのことだった。


彼はその日、退職届を出し、会社を去った。


こんな人生はもう嫌だと絶望し、彼は自宅のクローゼットで自殺した。


自分の人生、嫌な事ばかりではなかったかもしれない。


呑気に一年間引きこもり生活が出来たのだって、運がいい方かもしれない。


大学生活はそれなりに楽しかったし、バイトだって嫌いじゃなかった。


女性は苦手だから、恋人なんて出来なかったが、それでもそれなりの生活は出来たと思う。


だけど、二回目の挫折には耐えられなかった。


そんな彼を人々は軟弱だと罵るかもしれない。


それでも彼は絶えられなかったのだ。


消えたくて、消えたくて、何も感じたくなくて、もう人生に世界に絶望して、息をするのも辛くて、自分が壊れていくのを実感した。


弱くていい。


情けなくていい。


バカにされたっていい。


この苦痛から逃れられるのなら、なんだって良かった。


もう二度と生き返ることなんてないと思ったのに、なぜか自分は転生していた。


それに気が付いたのは、彼が7歳の頃だった。


見たこともない国の知らない王国の王子になっていた。


第一王子ともあって、大事に育てられていた。


その生活に不満があったわけではない。


ただ、怖かったのだ。


この国を知れば知るほど、あの妹の好きだった恋愛シミュレーションの世界そのもので。


その不安を拭い去るために、彼は権力を使ってありとあらゆる方法でそうではない証拠を見つけようとしたが、調べれば調べるほどあの世界と同じであった。


もう、これは呪いだ。


前世で犯してきた罪を償うために、自分は物語の悪役として主人公に殺されるのだと思った。


逃げるために命まで投げ捨てて、まさかまたこんな未来が待っているとは思わなかった。


ただ、悔しくて、もう一度生まれ変わったのなら、昔の自分のことは忘れて、今度こそ生き延びたい。


そう言う気持ちが日に日に高まり、彼が16歳の時、この世界の全てを覆すために動き出した。






「俺にはお前とは違って時間があったからな。散々考えて、生き残る方法を考えた。そのためにリオネルを味方につけ、お前という同じ悪役の同じ転生者を見つけ、シナリオ改変を手伝わせた。俺とお前の境遇はよく似ている。だから、お前の運命が覆せたら、俺の運命も変えられるのではないかと思ったんだ……」


テオはそう長々と語った。


気が付けば、私は泣いていた。


何が悲しかったのか、どこで涙が出たのか、よくわからない。


ただ、テオが生きて来た人生を想うと辛かった。


「なぜ、お前が泣く?」


テオも驚き、私を見つめる。


「私ね、人の人生はそれぞれだと思う。誰かにとって大したことでなくても、その人にとっては死ぬほど辛いことだってある。それを自分の人生観で見てはいけないんだよ。テオが苦しいと感じたことは嘘じゃない。望んでこの世界に生まれ変わったわけではないのもわかる。だからこそ、諦めちゃダメなんだよ。生きることもそうだけど、幸せになることも」


「幸せになること?」


テオは私が何を言いたがっているのかわからず、言葉を繰り返した。


「うん。テオが運命に打ち勝って生き抜こうとしているのはわかる。けど、更にその先、前世でやりたかったことや欲しかった幸せをここで掴もうとはしていない。ただ生きる事だけが目標で、王子としての使命ばかりに目が取られて、失うことを恐れても、手に入れる勇気は出てないんじゃない?」


その言葉を聞いて、テオは黙った。


それがなんなのか私にもわからない。


けど、あったはずだ。


前世でやり残したことが。


悔いていることがあるはずだ。


それを相殺しなければ、人は前には進めないんだ。


完璧に手に入れることが目的じゃない。


手に入れるために最善を尽くすことが大事なんだ。


「俺は未だに幸せが何なのかわからない。前世だって、誰かに幸せだっただろうと言われればそうだったのかもしれないと思う。俺はただ逃げて来ただけなんだ。それに弁解する言葉なんてない」


彼は自ら死を選んだことを罪だと思っている。


だからどこかで、その罰を受けなければならないと感じていた。


私にだってその気持ちはわかる。


私はみーぽんに救われただけで、彼と同じことをしたのだから。


「人が生きるか死ぬかなんて、偶然でしかないんだよ。私は運よく友達に助けられた。でも、テオはそう言う人がたまたま側にいなかっただけ。運が悪かっただけかもしれない。確かにね、他人にせよ、自分にせよ、命を奪うことは罪なのかもしれないけど、それを永遠に背負わなければいけないことはないと思う。償わなければならない罪もある。けど、テオは一度死んで生まれ変わったのでしょう? そしてこの世界に来てもその罪をずっと背負って来たのでしょう? なら、もう十分だよ。もう、テオは幸せになってもいいんだよ。認められたっていい。辛いなら辛いって言ってもいい。そして、誰かに愛されたっていいんだよ」


私はそう言ってテオに笑いかけた。

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