119話 心の傷
とは言ってもどう聞きだせばいいか私は悩んでいた。
きっとテオの事だから、今日も約束通り律儀に私に会いに来るのだろう。
憎まれ口ばかり叩く男だが、たぶん悪い奴ではない。
あの後、自室で散々、パルスティナ姫の恋愛話を聞かされて、正直疲れた。
あんなコイバナを聞かされたのは、セレナの時以来だ。
もともと私は、リアルな恋だの愛だのは苦手で、ここは前世とは違うから半分虚構世界みたいなものなのだけど、それでも恋する乙女の気持ちを理解するのは難しい。
みーぽんに散々借りた恋愛漫画や小説も自分とは関わりのない人物の話だったから面白く読めたし、うまくいけばいいなどと他人事に思っていて気楽だった。
目の前の友人の恋愛を本気で助けるなど、前世でもやったことはないので自信はない。
そんなことを考えていると、いつものように使者が自室まで私を呼んできて、テオが下で茶会の準備をしているから降りて来いと言われた。
彼は一度だって、私の自室に入ってこようとはしない。
いい言い方をすれば、紳士なのだろうな。
私は言われた通り、支度をして、茶会の準備された部屋に向かった。
テオはいつも通り茶を嗜みながら、私を待っていた。
「何か名案は浮かんだか?」
このセリフも聞き飽きている。
それに昨日は父を説得する内容よりもテオと姫の事ばかり考えていたので、名案など浮かんでいるはずもなかった。
私は席に着き、じっとテオを見た。
テオも意外そうな顔をして私を見ている。
「なんだ?」
彼は不服そうな目で私に言った。
「テオはさ、本当にこのままでいいの? もし、パルスティナ様を放置した状態で、私を迎い入れたら、隣国との関係が悪くなるんじゃない?」
そんなことかとテオは鼻で笑った。
「あの女が俺に相手をされていないなんてこと、口が裂けても自国の者には言うまい。姫として、それは恥ずべきことだからな」
「それをわかっていて、あんたは彼女を放っているというの!?」
私はつい気持ちが高ぶってしまい、椅子から立ち上がった。
それをテオは驚いて見ている。
「なぜ、お前が怒る。言わない方が好都合じゃないか。それにそうなったとしても俺はいいと思っている。娘を他国の人質になんて差し出すやつなど、信用できない」
「それを言ったら私も同じじゃない? 父は私を王室のスパイとして側室に上げて、剰え私にお子が出来れば王室を乗っ取ろうとしているんだよ?」
テオはわかっていると不愉快そうに答えた。
「しかし、ヴァロワ家と他国との関係は違う。ヴァロワ家は我が一族、そしてこの国の為に尽力してくれている。国の領地が広がったのも、ヴァロワ家のおかげだと言ってもいい。しかし、パルスティナの国はどうだ。自分たちの小国が不利にならないよう、娘を送り込んで、子孫まで残そうとする図々しい奴らだ。そんな奴らの思いどおりなどにはさせてやらんよ」
「でも、彼女は関係ないじゃない。パルスティナ様は、純粋にあんたの事を想って……」
話した後にとんでもないことを口走ったと思い、私は慌てて手で抑えた。
私と彼女が顔見知りなのをテオは知らないのだ。
テオもそれに気が付いたのか、しばらくの間は黙っていたが、呆れながらも答える。
「正直、あいつの気持ちは重いんだ。俺はあいつが想っているようないい夫でも優秀な王子でもない。幻想や夢ばかり描いて、真実を見ようとしない女は苦手なのだ」
その言葉を聞いた時、私はわかってしまった。
本当は彼自身が誰かに期待外れだとか、幻滅されることを恐れているということを。
彼女がテオを良く思えば思うほど、それが怖いのだろう。
どこまでも手を焼かせる同士だと思う。
「テオのその自信の無さって、前世から引きずっているものだよね?」
私がそう聞くと険しい顔をしたテオが私に顔を向けた。
しかし、私は引き下がらない。
「ねぇ、教えてよ、テオ。あなたは前世で何があったの。あなたはあの世界で何を抱えて、なぜ死んでしまったのか教えてほしい。同じ転生者として聞いておきたいの」
テオは最初黙っていたが、これ以上黙っておくのは無駄だと断念したのか、ぽつぽつ話し始めた。
苛めの切っ掛けなんていつもいい加減なものだ。
何となくむかつくとか、生意気とか、気に入らないなど、てきとうな理由で始まる。
一人始めれば、それに乗っかるように次々と真似する奴が出てくるのだ。
彼だって、自分が人に好かれるタイプではないことは知っている。
根暗でプライドばかり高くて、どこか偉そうで、愛想がない。
嫌う理由なんていくらでもあった。
しかし、それらの態度は全て自信の無さの裏返しで、弱い自分を必死に守っていたに過ぎなかった。
彼は勉強だけは出来たので、苛めて来る奴らには成績で挽回してやろうと懸命に努力した。
勉強は嫌いではなかったのだ。
スポーツとか芸術とは違って、やればやるだけ実力がつく気がしたからだ。
自分にはこれしかないと思っていたのかもしれない。
しかし、一つが崩れるといろんなものが雪崩のように同時に崩れていく。
その内、精神的に限界が来て、高校2年生の夏には部屋から出られなくなった。
最初はベッドから起き上がれず、食事も1日1食で十分だった。
殆どの時間を寝て過ごした。
数か月経つと少しは動けるようになって、食事の回数も増え、もうしばらく経つと何かやろうという気力だけは湧いてきた。
当然、両親がそれに納得していたわけではない。
学校に行けなくなった数日間、父親は何度もドアの前で怒鳴り散らし、母親は泣いていた。
彼がどうにもならないと察すると父は怒鳴るのは辞めて、毎日のように学校に行かないなら病院に行けと繰り返した。
母はドア越しに何が食べたいか、何が欲しいか、質問攻めにした。
母から洩れる、「心配なのよ」の言葉が彼にはどうしようもなく辛かった。
やっと母の出す食事を食べられるようになってから、父は諦めたのか何も話しかけてくることはなく、母だけが彼の世話を焼いた。
食事が食べられるようになると、少しだけやる気が出て、今までやりたかったゲームや漫画、アニメにのめり込んだ。
ネットゲームにも一時期はまっていたが、やはり画面上の付き合いだと言ってもそこに人がいると思うと怖くて、コミュニケーションが取れず辞めた。
家に引きこもったからといって、不安から逃れられるわけでもなく、漠然とした将来の心配ばかりが募った。
しかし、そんなことは普通に生活できている奴にはわからない。
高校の担任も仕事の一環として自宅訪問をしていたが、正直高校生にもなって登校拒否する生徒など面倒にしか思わなかったのだろう。
ただ、業務的な話ばかりして帰っていった。
もうどうでも良くなっていた。
学校生活も自分の将来も未来も何もかも。
いつか父親が痺れを切らして、自分を追い出す日が来るかもしれないと思ったが、その時はその時で野垂れ死ねばいいと本気で思っていた。
それぐらい、彼は生きる気力を失っていたのだ。
それに彼には自宅にいても憂鬱な事が一つあった。
それは妹の存在だ。
妹は彼を見る度、汚いものでも見るように卑しむ目で見つめ、舌打ちをした。
妹の態度がいつも露骨で腹が立っていた。
勉強もスポーツも何もできない下等な妹に軽蔑されるのだけは我慢できなかった。
それだけではない。
何よりもの苦痛は彼女が部屋にいる時間の騒音。
彼女は隣にいる兄の事など気にせず、大音量で好きな音楽をかけ、ドラマを見て、アニメやゲームをやっていた。
特に気に入っていたのが、恋愛シュミレーションゲームの『あの恋』だった。
だから彼はそのゲームのことが、吐き気がするほど嫌いになっていた。




