118話 パルスティナ
もしやこれは修羅場なのではないだろうか。
私の額には一気に冷や汗が溢れて来た。
好きでもない男に無理矢理妾にされて、挙句の果て正妻の怒りに触れるなんて最悪だ。
これが前世の昼ドラなら、嫉妬に狂った正妻が包丁を隠し持って、一言罵りながら、愛人の腹部に包丁を差し込むシーンだろうな。
誰だよ。
こんな三流ドラマを演出したのは。
テオに今度会ったら文句を言ってやらなければならない。
しかし、今はそんなことを言っていられないぞ。
私はこんな濡れ衣で死ぬのは嫌だ。
「あ、あのですね、奥さん。これにはふかぁい訳がありまして」
私は懸命に弁解しようとしたが、側室候補であるのは確かなのだから、全て言い訳にしか聞こえないだろう。
テオももう少し配慮して、奥さんにもフォローを入れておいてほしいところだ。
すると、彼女の目からうるっと涙が零れた。
そして、その場で泣き始めたのだ。
私は何が何だかわからずに、あたふたする。
「えっと、その、パルスティナ様?」
「わたくし、自分が情けないのです。わたくしが不甲斐ないばかりに、こんなに早くテオ様が側室を設けるだなんて。わたくし、まだ一度だってお相手をされたことがありませんの」
すごい事をカミングアウトされてしまったけど、テオも確かそんなことを言っていた気がした。
まさか、本当に一度も手を付けていなかったなんて、あまりにも奥さんが不憫だ。
まだ、テオにそのけがない、つまり女に興味がないとまで言われれば、どこかで諦めもついただろうけど、私という側室を迎えようとしていることでそうでないことは明白だ。
「もしかして、エリザ様は以前からテオ様とは恋人同士でいらっしゃいましたの? あなたという本命がいらっしゃったから、わたくしには手を出されなかったのかしら」
あいつがそんな純愛を掲げるようなやつじゃないだろう。
単なる照れ隠しのヘタレなだけなのに、とんでもない誤解をさせている。
やつはまだ子供なのだ。
しかし、そんなことを話したところで納得いくとも思えない。
「誤解しないでください。私たち、全くそう言う関係じゃないですから」
「では、やはりテオ様はエリザ様にぞっこんですのね!? こうして欠かさず毎日エリザ様の元に通われるぐらいですもの。わたくしなんて、一言二言口を利いてもらえるのがやっとだというのに……」
テオが私にぞっこん!?
とんでもない誤解だ。
今すぐにでもこの場にテオを呼び戻して、説明させたいぐらいだった。
だからと言って、私の口から本当の事を伝えるわけにもいかない。
「パルスティナ様、安心してください。殿下がこちらに来られているのは、我がヴァロワ家の情勢を知りたいからです。決して色恋などで、殿下は私にお会いしたりなどいたしてはおりません」
納得してもらえるかはわからなかったが、こんな美人に泣かれるのは居た堪れない。
彼女は涙を拭いて、じっと私を見た。
「束の事を伺いますが、テオ様は、その……、女性には興味がございますのでしょうか?」
まぁ、そこだよなと私も思う。
自分に一切手を付けてこない男がいれば、そう思っても仕方がない。
「ないわけではないと思いますが、殿下はああ見えて初なのです。きっと、パルスティナ様が可愛らしすぎて、照れていらっしゃるのですよ」
とは言ってみたが、2年以上照れているって異常だとは思う。
それだけ大事にされていると思ってくれたら助かるけど、嫁いできた姫の仕事は世継ぎを生むこと。
それだけじゃないけど、重要な一つだ。
いくら大事にされているからと言って、放っておかれるのは姫としてのプライドが傷つくだろう。
「そうでしょうか……」
パルスティナは自信なさそうに答えた。
そして、再び私をじっと見る。
「その、側室の方にこんなことを聞くのは不躾とは思いますが、わたくし、男性を喜ばす方法を知らなくて、どんな事をすればテオ様は喜んでいただけるのでしょう? このままわたくしはお飾りの王女妃ではいたくないのです」
なんだか段々、パルスティナを見ていると同情する気持ちが芽生えて来た。
本当の側室なら、そんなこと絶対に教えないし、正室が愛されていないことを好都合だと思うだろう。
しかし、私はむしろテオが彼女を愛してくれた方が都合いいのだ。
かといって、私も異性を喜ばす方法なんて知らない。
前世での巷の女の子の噂話やネットの情報ぐらいしか、教えられることが出来そうにないのだが。
「そうですねぇ、教えて差し上げることに差支えはないのですが、最初に確認させていただいてもよろしいですか?」
私はこの純粋無垢な乙女に向かって質問をする。
「わたくしに答えられることなら、なんなりと」
彼女は快く受けてくれた。
「パルスティナ様は殿下をお好きなのですか?」
その質問を聞いて、彼女は固まった。
失礼だとは思ったが、これだけは確かめておかなければいけなかったのだ。
彼女が王子妃としての責務でそのような事を成そうとしているのか、もっと単純にテオに愛されたいと思っているのか、それで事情は変わって来る。
もし、それが自分の役割だと思って無理をしているなら、これ以上責任を重く受け止めないようにしてあげたいからだ。
すると、彼女は真っ赤な顔をして俯いた。
「わたくし……、その……、テオ様が初恋なんですの」
それを聞いた瞬間、ああ、あの顔に騙されているわと思った。
あいつの中身はただのDTヘタレだけどな。
私なら死んでも惚れないが、乙女の夢を壊すのも忍びない。
しかし、テオのやつ、こんなに可愛い子に好かれているのに相手をしないなんて、なんて失礼なやつだ。
「わかりました! なら、私も協力しましょう」
「でも、エリザ様もテオ様の側室になられるのでしょう? わたくしなどに協力してもよろしいのですか?」
「大丈夫、大丈夫! そもそも私、元は第二王子の婚約者だったから。彼に別の好きな人が出来て、振られそうになったから、お情けでテオ王子の側室になったようなものだし、彼も私の事は女なんて思ってないよ――」
と私が言い終わろうとした矢先、再び姫が号泣し始める。
このお姫様は天然なのだろうか。
「酷すぎますわ! 他に好きな方が出来たからって、婚約者を捨てるだなんて。しかもその埋め合わせに、別の兄弟の側室に入れるなんて、扱いが酷すぎますわ」
やぁ、なんていい子なのだろうと私は思った。
お姫様じゃなければ、この場で抱きしめていたぐらいだよ。
こんないい子を蔑ろにするなんて、テオは罪な男だ。
「殿下はお優しいから、純粋なパルスティナ様を無暗に傷つけたくないのです。私を側室に迎えたのだって、王子に捨てられた私を憐れんでの事。それに、王家は我が一族、ヴァロワ家との関係を壊したくなかっただけですよ。だから、パルスティナ様の事を興味がないわけではありません」
私の言葉で、彼女は少し落ち着いたのか、泣くのは辞めて黙って考え始めた。
しかし、彼が誰かに心を開くためには、彼の心の闇を知る必要がある。
それが解決しない限り、彼はずっと女性に対して不信感を持ち続けるだろう。
例え、今の彼女の気持ちに気が付いたとしても、自分に自信がないテオはきっと彼女を迎え入れることは出来ない。
私にはあんなに強がったようなことを言っていたが、きっと純粋で女の子らしい彼女を傷つけるよりは、前世である程度の現実を見て来た私の方が幾分か気が楽に想えたのだろう。
しかし、ヘタレの考えることなど甘い。
結局、自分のトラウマと向き合わなければ、テオは変わらないのだ。
姫様の為にも、そして何よりも私の体裁の為に、テオの事を知って、その呪縛から少しでも解放してあげなければいけないと思った。
それはきっと、あの闇魔法暴発、魔王化にも繋がっていくことだ。
もし転生に理由があるのだとしたら、きっと前世にやり残した大きな歪みを解消するためだと私は思う。




