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117話 別邸

リオはじっと別邸の屋敷を見つめていた。


入り口には恰幅の良い兵士が二人、入室者を拒むように立っていた。


これでは普通に部屋に忍び込むことは出来ない。


屋敷の周りにも何人かの兵士が循環していたようで、どこまでテオは侵入者を警戒しているのだろう。


きっとこれがエリザの身の安全のためだとはわかっているが、どうも釈然としなかった。


リオは深呼吸をして姿勢を正し、まっすぐ屋敷の入り口に歩いて行く。


そして兵士たちに一言、笑顔で挨拶をした。


「ご苦労様」


そのまま平然と中に入ろうとしたリオに案の定、兵士の一人が彼の肩を掴んだ。


「ここは何人たりとも入室できません。お引き取りを」


見逃してくれないとわかってはいたが、何としてでもリオは屋敷の中に入りたかった。


「ボクはこの屋敷の前の使用者だ。今日は忘れ物を取りに来たんだ。通してくれないかな。すぐに戻るから」


「なりません! もし、必要ならばこちらで探しておきます」


やはりこんな理由では入らせてもらえないかと息をついた。


せめて、何か意表を突いて入り込めないものか考える。


するとそこに一人の使用人がリオに話しかけて来た。


「リオ様、どうされたのですか?」


顔を上げるとそこには以前お世話になったこの屋敷のメイド長が立っている。


「すまない。この屋敷に忘れ物をしたみたいなんだ。探しに入りたいんだけど……」


するとメイドは困った顔をして答えた。


「それはいくらリオ様でもなりません。こちらはテオ様とヴァロワ卿以外は入室を許されておりませんから。もしかして、以前使われていたお部屋ですか? どんなものかおっしゃっていただければ、探しておきますよ?」


「いやいい。また今度にするよ」


リオはそう言ってその場を離れた。


何とか隙をついて屋敷に潜り込めたとしても、エリザの部屋までたどり着くのは不可能な気がした。


彼はそっと庭先に周り、エリザのいるであろう部屋の窓を見つめる。


リオにはテオの考えていることがわからない。


本当にエリザを妾にするつもりなのだろうか。


あれだけ、自分の正室と関わることも拒んでいたというのに、なぜエリザには近づくことが出来るのだろう。


そう思うとリオの心はモヤモヤする。


そして、ごそごそする?


気が付けば後ろの草むらがごそごそと揺れていた。


リオが警戒して見ていると、そこから何か生き物が飛び出してきた。


最初は小動物か何かと思っていたが、人だった。


小さな少女が草塗れになって飛び出してきたのだ。


「わぁん、エリザ様ぁ。ニアはどうすればいいのでしょうかぁ」


飛び出した瞬間、少女は地面に座り込んで泣いていた。


しかも、エリザの名前を呼んでいる。


「君、何者?」


リオは彼女の顔を覗きながら尋ねる。


彼女もリオに気が付いて、泣くのを辞めて顔を上げた。


「私はエリザ様の専属メイドです! どうしてこの私がエリザ様と離れ離れにならなければならないのでしょうか? 何度もお部屋に連れてってくださいと頼んでいるのに、屋敷にさえ、入れてくれないんですよ?」


エリザの専属メイドと聞いて驚いた。


テオはそこまで徹底して管理しているのか。


ますます、リオはテオの考えていることがわからなくなった。


「ねぇ、君! エリザに会えるなら、ボクの言うことを何でも聞く気ある?」


リオはニアの肩を掴んで尋ねた。


ニアは相変わらずぽかんとした顔をしている。


「入れて下さるのですか?」


彼女は希望に満ち溢れた顔に変わった。


「確証はない。けど、近づけるきっかけは生まれるかもしれない。俺は明日には学園に立つから、今日しかチャンスがないんだ」


それを聞いたニアは立ち上がって、まっすぐとリオの顔を見た。


「エリザ様の側にいられるのなら何だってします! ニアは何をすればいいのですか?」


ニアがそう尋ねるとリオは優しく微笑んだ。






リオは先ほど話していた屋敷のメイド長を見つけると声を掛けた。


「ミラン! ちょっといいかな?」


「リオ様! どうなさいました? やはり失くし物を探しておいた方がよろしいです?」


ミランが振り向いて答えると、リオは首を振った。


「違うんだ。実は一つ頼みがあって」


「頼みですか?」


「うん、実はこの子なんだけど、ボクの知り合いの子で、行く宛てがなくなってしまったんだ。ボクが次の学期を終えて戻って来るまでの間、ここで下働きをさせてやってくれないかなぁ?」


リオがそうお願いすると、ニアも前に出てミランに挨拶した。


「ニアです! 以前も貴族様の屋敷でメイドをしておりました。何でもしますので、どうかおいてもらえないでしょうか?」


それを聞いてミランは困った顔をする。


「私の一存では何ともねぇ。ただ、人手が足りないのは確かだから、あたしの方から執事長には話を付けておくよ。あんた、本当にどんな仕事でもするんだね?」


「はい! 何でもやります!!」


ニアは力いっぱい答えた。


やる気だけは人一倍あるようだ。


「なら、この子の事はまかせていいかな。ボクはもう行かないといけないから」


彼はそう言ってミランに背を向ける。


そして、最後にニアの耳元で囁いた。


「後は頼むね、ニア」


それを聞いたニアは小さく頷いた。






一通り話し終わるとテオは席を立ち、私の顔を見た。


「俺はそろそろ行く。お前は明日までにもう少しまともな案を考えておけ」


テオは一方的に私にそう告げて、颯爽と部屋を出て行ってしまった。


つくづく勝手な男だと思う。


私も席を立ち、応接室を離れ、自室に向かおうとした。


ここに来てやることと言えば、宮廷に入るための礼儀作法や側室としての教養を専属の教師に教わるだけの日々だ。


庭にすらまともに出られないし、息が詰まりそうな毎日を過ごしている。


だから、あんな自分勝手な男でもこうして毎日会いに来て、お喋りが出来るのは気がまぎれてちょうどいい。


話していて案外楽しく、やはりオタク話で盛り上がるのは異世界に来てもテンションが上がるものだ。


私はそんな事を考えながら、使用人たちに声を掛けて部屋を開けてもらい、1人自室に戻ろうとしていた。


廊下を歩いている途中、誰かの目線を感じた。


ここには基本、私と何人かの使用人しかいないはずなのにおかしい。


私は振り向いて、目線の先の相手を見つけた。


彼女は全く隠れ切れていないというのに、見つからないと思ったのか、私と目線が合うとあたふたと狼狽えていた。


一体、この子は何をしたいのだろう。


彼女は咳払いをして、姿勢を正すと気品に満ちた歩き方で私に近づき、自己紹介を始める。


「わたくしは第一王子テオ様の妻、パルスティナと申しますわ。あなたはテオ様の側室候補、侯爵家のエリザ様ですわよね? はじめまして」


彼女はその端麗な顔に張り付いた笑顔を浮かばせて、お辞儀をした。


もしやこれは、ヤバい状況なのではないだろうか。


正妻が突然、愛人に会いに来たのだ。


私は真っ青な表情をして、ただじっとパルスティナを見つめていた。

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