112話 提案
翌朝、早朝から父がヴァロワ邸に戻ってきていた。
直ぐに私と母を呼び出し、談話室に集める。
「ジュリア、エリザ。二人とも席に着きなさい」
そう言って、父は目の前の椅子を指差した。
私たちは黙って席に着く。
「お前たちに大事な話があるんだ」
父は指を組み、慎重に話を進める。
「まずはエリザとウィリアム王子との婚約の件だが、破談になった」
それを聞いた瞬間、母が椅子から立ち上がり、声を上げた。
「ふざけないで! こんなことで私たちの今までの努力が水の泡になるの!?」
興奮していた母に父が窘める。
「落ち着きなさい、ジュリア。ひとまず席に座るんだ」
父にそう言われ、納得はしていないようだったが、母は再び席に着いた。
「しかし、これはエリザが学園で不祥事を起こしたことが原因ではない。もともとこの話を破談にするつもりだったようだ」
「破談にするつもりって、陛下は私たちを見捨てるつもりだったの? オルガルド王はヴァロワ家を敵に回す気なの?」
それは違うと父は首を横に振った。
「婚約解消の理由は、ウィリアム王子の方にある。王国中に王子の不適切な噂が流れている。どんなに誤魔化しても、これは変えられないだろう。だから、エリザをウィリアムの婚約者から外したんだ」
母は理解が出来ないのか、頭に手をあてて床を見つめていた。
「ウィリアム王子の問題だと言っても、それを防げなかったのはこの子の責任でもあるのでしょう? 婚約者なら、他の女に現を抜かさないように配慮するのも仕事じゃないのかしら?」
母はそんなことを言うが、実際に母が父と結婚する時には、父には別の恋人がいた。
今でもその女性とは関係が続いているようだった。
「陛下はそう考えてはいない。だから、今回の不祥事も王宮と学園でもみ消すようだ。エリザの停学処分はなくなった。しかし、俺はエリザをこのまま退学させようと思う」
「なぜ!?」
母は疑問を口にする。
「エリザをテオ王子の側室として上げるためだ」
その言葉を聞いて、私は一瞬固まった。
私がテオ王子の側室?
ウィリアム王子がダメなら、今度は第一王子の妾に成れということか。
「ちょっと待って! テオ王子はもう正室を持たれているのでしょう? しかも隣国の王女。それなのに、側室を持つなんて」
「わかっている。決して他の貴族からいい顔はされないだろうな。しかし、未だテオ王子とパルスティナ王子妃の間には子がいない。もし、エリザが側室となり、男の子を生めば、その子に王座につく可能性があるのだ」
「ヴァロワ家の人間が、王族に……。でも、側室なのでしょ? 正室にはなれないのでしょ?」
母は慌てて父に聞き返した。
父も怪訝な表情を見せる。
「そうだ。不満がないと言ったら嘘になるが、しかし、今のウィリアム王子の様子を見ても彼が王座に就く可能性は極めて低い。このままでいけば、この国を担う次期王はテオ王子だ。陛下もそのつもりでいる。なら、いずれはファルロイド公のように公爵に落とされるのなら、このままテオ様の側室になって子供だけでも王族の一人になった方がよいのではないか?」
母はその言葉を聞いて、納得したのかそれ以上文句を言うことはなかった。
しかし、私は違う。
テオの側室なんて御免だ。
もし、私の不祥事の所為で下流貴族に嫁に出されたとしても文句を言うつもりはなかった。
しかし、テオとなれば話は別だ。
「私は嫌です。テオ王子の側室なんて!」
私が立ち上がり、抗議をすると父は蔑んだ目で睨みつけていた。
「お前の意見など聞いてはいない! こんなことをやらかして、まだ我儘な口を利けるとはな」
父は呆れた表情だった。
なぜ、テオなのだ。
どうして、私は王宮から、王族から逃れられない。
「心配するな。これは恐らくテオ王子が決めたことだ。つまりお前はテオ王子に気に入られたんだ。良かったではないか」
テオが私を気に入るなんて、信じられない。
彼は転生者だ。
しかも、初めて会った時も私に対する目は明らかに冷たかった。
彼は何か企んでいる。
私は直感でそう思った。
「俺はこの件を受けようと思う。これ以上、ウィリアム王子との婚約を先延ばしにしてもいいことはない。我々の目的は王族と確実な関係性を築くことだ。いずれはこのヴァロワ家の人間がオルガルド王国を担う日も夢見ていたが、それがこんなタイミングで訪れるとはな」
母は王族と血縁と聞いて興奮した。
確かに祖父母の時代、祖母が王族から嫁に来て血縁者となったが、所詮は侯爵止まりだった。
確実にヴァロワ家を強固の物にして、いずれはこの国を乗っ取ることを考えるとこれは好機だと考えたのだろう。
ヴァロワ家は元々地方豪族だった。
先の国でも、その前の国でもヴァロワ家の一族はそれなりの権力を有してきたが、一国の王とはなれなかった。
それを今でもヴァロワ一族は悔やんでいる。
これだけの力があるのに、未だに誰かに従う立場。
彼らはヴァロワ家の力を示したいのだ。
過去の栄光を取り戻したい一心なのだろう。
「それなら、わたくしも反対しないわ。けど、もうこんな思いをするのはうんざり。側室に入るまでは、この子をこの家から一歩も出す気はないわよ」
母が父の考えに賛同し、意見を述べた。
するとそれに関して、父はさらに話を続ける。
「その件なのだが、あちらから提案があってな。エリザを側室に迎えるまでの間、王宮の別邸で預かりたいとのことだ。お前はテオ王子の良き相手になるよう、努めることだな」
父は私の顔を見て言った。
もう考える余地などなさそうだ。
テオは強引な手段で私の動きを封じようとしている。
しかし、テオはなぜそこまでして私を囲い込みたいのかわからなかった。
「ならばさっそく準備を致しましょう。あなたもエリザを連れて、王宮に挨拶に行かれるのでしょう?」
母は少し機嫌を戻したのか、軽い声で尋ねた。
「ああ。エリザも直ぐに準備をしなさい。もう、ここに帰って来ることはない。そのつもりで荷造りをするように。使用人たちには俺が話しておく」
そう言って父は席を立ち、コールマンの方へ歩いて行った。
母も足取りを軽くして、メイドたちに声を掛けている。
そう、彼らにとっては単純に婚約破棄になるよりも、ずっとこの方がいいのだろう。
それがわかっていて、テオはこの提案をしてきた。
テオの目的の一つはわかっている。
ヴァロワ家との関係を自分につなぎ留めたいのだ。
いずれ相反する存在になるウィリアムにヴァロワ家との関係を持たすよりも、直接自分の後ろ盾にしたいのだろう。
そう考えると、テオとファルロイド公はそれほどの関係性を築いていない可能性があるだろう。
そして、もう一つの目的。
それはアメリアの幸せの決め手であるキーマンの私の命の確保。
私が生きていることで、同じようにこの世界に死の宣告をされたテオの運命を覆すきっかけを与える可能性があるのだ。
テオが私をどう使うかは明らかではないが、何か考えがあるのだろう。
彼の目的は私と同じ。
この世界で生き延びる事。
そして、彼にはもっと大きな野望もあるだろう。
それはアメリアがついているウィリアムに王国を奪われないようにし、いずれはこの国を統治する王になることだ。
アメリアの幸福の中に王妃になることが含まれている場合、難しい問題とはなるが、テオもただ手をこまねいているとは思えない。
私はひとまずテオの考えを探るためにも王宮に向かうことを決意した。




