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111話 生きる決意

生きている理由がわからない。


私はあの日から家を一歩も出ることが出来なくなっていた。


大学にもいけない、バイトにもいけない、ご飯も喉を通らず、何もしたくなかった。


ただ、暗い部屋で一日中、布団の上でふさぎ込んでいた。


バイトをしないと生活費がなくなってしまう。


折角奨学金をもらってまで入った大学なのに、休んでしまったらもったいない。


そう分かっているのに、身体はどうしても動かなかった。


私が顔を上げた先に、化粧台の上に置かれた剃刀が目に入った。


もうこんな私は生きていても意味がない。


そう思った時、死のうと決意した。


私は剃刀を持って、風呂場に向かう。


その時、今日、みーぽんと遊びに行く約束をしていたことを思い出した。


今頃、みーぽんも心配している。


みーぽんにはたくさん迷惑をかけたし、本も借りっぱなしだったなと思い出し、死ぬ前にメッセージを一本入れておこうと思った。


みーぽんにごめんねとありがとうを告げて、携帯の電源を落とす。


そのまま体温に近い温度のお湯をバスタブいっぱいに張って、私は手首を切った。


最初は手首を横に切ったが、思いのほか流れる血が少なかったので、更に血管を裂くように縦にも切り込みを入れた。


すごく痛かったのに、どこかその痛みが心地よくて、罪人のような気持ちになっていた私にはちょうど良かった。


私はバスタブを真っ赤に染めていく光景を見つめながら、少しずつ意識が遠のいていくのを感じていた。


頭がぼんやりすると嫌な事も考えられなくなって、これで良かったのだと思った。






次に目を覚ますと、私の目の前には泣いているみーぽんの姿があって、なぜか私もみーぽんも濡れていた。


みーぽんは必死で私の腕をバスタオルで抑えている。


「ダメだよ、きぃちゃん。死んじゃだめだよ!!」


みーぽんは声をからして泣いていた。


なんで赤の他人のみーぽんが、ただの大学仲間というだけの私にここまで必死になるのかわからなかった。


「嫌だよ! 私は嫌だよ。きぃちゃんと別れたくない。生きてよ、きぃちゃん。一緒に生きようよ!!」


母親は私を生まなきゃよかったと言ったのに、みーぽんは生きてほしいという。


なぜ、こんな矛盾が生じるのだろう。


でも、必死なみーぽんを見たら、私の目からも涙が溢れて来た。


ああ、こんなところに自分が生きていることを望む人がまだいたのかと思った。


母にも見捨てられ、父にも嫌われ、兄にも煙たがれ、私の居場所などもうどこにもないと思っていた。


血も繋がらない赤の他人なのに、自分の為にこんなに泣いてくれる。


必死に助けようとしてくれる。


それが物凄く嬉しかった。


そのうち、みーぽんが呼んだ救急車が到着して、私はそのまま病院に運ばれた。


後数十分遅かったら、私は死んでいたという。


次に目を覚ました時には、病院のベッドの上で母方の祖母が私の手を握って泣いていた。


彼女は何度も何度も私に謝っていた。


祖父母が私に対し、負い目を感じていたのは確かなようだった。


私はそんな祖父母に告げる。


「母さんには知らせないでください」


その言葉を聞いて、彼らは口ごもった。


「もう母さんとは会いません。一緒に暮らそうと言われたけど、暮らせないと伝えてください」


それを聞いた祖父母はわかったと頷いた。


これでいい。


これで私は母の呪縛から逃れられる。


もう、母の事で苦しみたくない。


私は私の望む人と一緒に生きていきたいのだ。


私は誰かに利用されるために生まれてきたわけじゃないんだから。


その日から、私は家族の事を考えるのは辞めた。


私には家族はいないと思うように暮らしてきた。


大学に行っても、私の事情を知っているのか、誰も休みについて聞いてこなかった。


だからと言ってよそよそしい態度も見せず、いつものように接してくれる3人。


家に遊びに来ることも多くなったと思う。


なんやかや言っても私はいい友人に囲まれた。


悩んでいたが、この大学に来てよかったと本気で思っていた。


そんな私が、まさか交通事故で死ぬとは思わなかった。


やっと生きて行こうと決心したのに、やはり幸せな時間はいつも長くはないのだ。


しかも、今度は3人まで一緒に事故に合うなんて、もしこの世に神様がいるのだとしたら、なんて悪趣味な神様なのだろうと思う。






その記憶が蘇ったのは、たぶんエリザとしての私が4歳になった頃だった。


私はあの時と同じように実母には見捨てられていたが、その代わりエマがいつも側にいてくれた。


私の母はエマで、少し年は取っているがコールマンが父親のような存在だった。


だから実の両親から大切にされていなくても、私は割かしまっすぐに育ったと思う。


でもそれは、前世の記憶があったから。


前世の記憶のないエリザはきっと辛かったと思う。


何かに縋りたい気持ちにもなっただろう。


両親の言いつけであんなに優しかったエマが厳しい事ばかり言うようになった。


今の私だからエマの気持ちも理解できた。


けれど、エリザだったら違う。


きっと裏切られた気持ちになっていたのかもしれない。


そんな時に優しくしてくれたのはウィリアムだ。


彼女がウィリアムに入れ込む気持ちは理解できる。


どうして私たちはいつだって人の表面上しか見ていないのだろう。


どうして勝手に思い込んで、いろんなことから遠ざけてしまうのだろう。


その方が楽だから?


でもその考えがいつだって自分の心を蝕んでいくんだ。


こうして、エマを失い、婚約者を失い、学園を失い、友人を失い、再び一人になった時、その大きさを身に染みて感じる。


この16年間、私は幸せだった。


あんなに喧嘩をしたロゼやセレナだったけど、仲良くなれて良かった。


ルークも煩いし、嫌味ばかり言われてきたけど、そこまで嫌いってわけじゃない。


ギルバートは私を殺そうとしてきたけど、本当は心の優しいいい奴だって知ってる。


クラウスとはあまり関わってこなかったけど、この学園生活はクラウスだから回っているのだ。


サディアスとは複雑な関係だったけど、今度話すことが出来たら、もう少し腹を割って話そうと思う。


そして、ウィリアム。


彼は私の良き婚約者だった。


アメリアの事で苦しめられたこともあったけど、あんなウィリアムだったからやっていけたのだ。


最後にリオの顔が浮かんだ。


リオとはこの1年間だったけど、いろんな話をした。


嫌味も散々言われてきたし、小言も長い。


口ではあんなことを言っていても、リオは意外と人を見ていて、世話好きだ。


マルグリットとは外見こそ似ているが、中身は全然違う。


彼も母への苦しみをよく知っているのだろう。


リオとはもっと多くの事を語り合いたかった。


あの時のようにまた一緒にダンスがしたい。


まだ14歳だ。


これからもっと大人っぽくなるだろう。


その姿も見られなくなるんじゃないかと思うと寂しかった。


私なんかの協力者でいてくれて、感謝している。


どうか、彼らが幸せでありますように。


そう思った時、幸せが確定しているアメリアの顔が浮かぶ。


アメリアはこの結末に満足するのだろうか。


アメリアの事は嫌いだったけど、気持ちがわからないわけではない。


悪い奴じゃないのはわかっている。


出来ればこのまままっすぐ幸福な人生を送ってくれたらと思った。


私も少しは大人になれたのかな。


そう思いながら、私はゆっくり瞼を閉じ、眠りについた。

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