109話 過去
両親の言いつけ通り、私は自室に監禁された。
私は寝巻に着替え、眠れぬ夜を窓外の星空を見上げながら過ごした。
きっと私は学園には戻れないだろう。
このまま適当な家に嫁がされるか。
しかし、こんな娘を嫁がせてくれる奇特な貴族がいるとは考えられない。
あの父の事だから、どこかの家の使用人として引き渡す可能性もある。
身分の低い女ならまだしも、もと侯爵令嬢を使用人と雇うのもなかなか酷な話だ。
一層家から追い出してくれれば、念願の旅暮らしが出来るかもしれない。
生活は苦しいだろうが、何かに縛られて生きるよりずっとましだ。
いつの間にか私の頬には一筋の涙が零れていた。
わかってやっていたはずなのに、なぜこんなに胸が苦しいのだろう。
私は蹲りながら、遠い昔、前世の記憶を思い出していた。
私が生まれたのは、首都圏から少し離れた地方都市だった。
私の家族は、父、母、兄、祖父母の六人。
私がまだ幼い頃は父も母も大手企業に勤め、父が祖父の工場を継いでからは祖父の建ててくれた二世帯住宅の一軒家に住むようになった。
そのため母は会社を辞め、父の仕事を手伝うようになったが、そのことをずっと不満に思っていたのか始終愚痴を零していたのを覚えている。
夫婦仲が特に悪かったわけではなかったが、義理堅い父は祖父母に甘い。
祖父母の要望であれば、無理をしてでも叶えようとしていた。
それにいつも巻き込まれていた母は、ずっとそんな父に不満を感じていたようだ。
そして私の兄は私とは違い、とても優秀だった。
小学校の頃から私立校に入り、高校は県内で一番の進学校に通うと、大学は東京の名門校に合格した。
兄は幼い頃から母にお前は父親とは違い、立派な男になれと言われて育ったそうだ。
兄はそれを忠実に従うように母の要望通りの息子に育つ。
しかし、私は兄ほど優秀ではなく、引っ込み思案だったため、育てにくいとよくぼやかれていた。
兄が優秀なお陰で、母は私にさほど期待はしていなかったようだ。
基本的には放任されて育ってきたと思う。
ただ、私は父の両親とそりが合わず、一緒に暮らすようになってからも祖母に面倒な子供だと何度も言われた。
父は兄と似ていて、両親に忠実な男だったため、祖父母とうまくやれない私を疎ましく思うこともあった。
ばあちゃんの言うことは聞きなさい。
もっとじいちゃんを敬いなさい。
二人に気に入られるように努力しなさい。
そんなことを言われてきた気がする。
私は他の家族に比べて、少し浮いている部分があったけれど、これが普通の家族だと思っていた。
不満がなかったわけではないが、兄のように過剰に期待をされているわけではなく、祖父母の機嫌さえ取っていれば咎められることも少なかった。
だから、自分の生活に何の疑問も感じてこなかった。
私の生活ががらりと変わったのは、高校三年生の冬。
それは今にも雪が降りそうな寒い日だった。
ある日突然、母が家を出て行った。
父と喧嘩をしたらしい。
喧嘩の内容はいつも同じだ。
祖母と母が意見の食い違いから、父が祖母の肩を持つような態度を取ったのが原因だろう。
父は悪い人ではなかったが、両親のことになるとすぐにかっとなる癖があった。
父は祖父母に依存している。
母はそれがずっと気に入らなかったらしい。
その日もいつものように同じような理由で喧嘩しただけだと思っていた。
しかし、その日帰宅すると父は私を見て突然胸倉を掴み、玄関に放り投げた。
訳もわからないまま私は玄関前で倒れる。
足に擦り傷を作り、落ちていた鞄を投げつけられた。
その後ろには汚いようなものでも見るような目で見つめて来る祖母の姿があった。
「出ていけ! お前のような汚らわしい人間は俺の家に入るな!!」
なぜそのような扱いをされるのかわからず、私は茫然と父を見上げていた。
父をそこまで激怒させるほどのことをした覚えがない。
「ずっと俺の子だと思っていたから、面倒を見てやったんだ。なのに、今になって他所の男の子どもだなんて、許せるか!!」
それを聞いて、私も頭が真っ白になった。
私は父の子ではないというのか?
ずっと自分がこの家の子だと信じていたのに、私だけ他人だった。
母はそれをずっとひた隠しにしていたらしく、今回の件で爆発した母が本当の事を話したらしい。
その後、祖母は念のために私のDNAと父のDNAを検証し、事実を確認したそうだが、私たちの親子関係は証明されなかった。
そんなこと、今の今まで知らなかった。
しかもその張本人は姿を消していない。
私は家を追い出され、どうしていいかわからなかった。
次第に雪が降り始め、私は衝撃な事実に耐え切れずその場で泣いた。
そんな私の姿を祖母が縁側の窓から見ていたが、すぐにカーテンを閉めて、その後、現れることはなかった。
私は行く宛てもなく、制服姿で街を徘徊した。
しかし、時間が経つたびに店は閉まっていき、行き場を失う。
外は寒い。
どこか友人のところに泊めてもらおうかと思ったが、突然の訪問を誰も歓迎しなかった。
私は一人、駅の近くの屋根のある街路で身体を縮めて時間を過ぎるのを待っていた。
こんな場所で寝たら、きっと凍えて死んでしまう。
そう思った時、私の目の前に街をパトロールしていた警察官に声を掛けられた。
何も悪いことはしていないのに、私はつい逃げてしまった。
しかし、どんなに走って逃げても男性の足には勝てない。
商店街に入る途中の道で私は警察官に捕まった。
そのまま駐在所に補導され、保護者の連絡先を聞かれた。
未成年の子供がこんな時間まで外を一人で出歩いてはいけないのだと説教をされる。
しかし、もう父には連絡は出来ない。
母の行方もわからない。
ならばと私は兄に電話を入れた。
兄は東京の大学に出ていたが、母の要望で地方の公務員になるように勧められ、今は役所で働いて生活していた。
だから、実家を出ているが同じ県内で生活をしていた。
兄は電話に出ると不機嫌そうな声で答えた。
兄と私は昔から仲が悪い。
仲が悪いというより一方的に嫌われていると言った方が正しいかもしれない。
劣等生の私を見て、兄はいつも軽蔑していた。
実家で暮らしていたころから話をすることはあまりなく、物理的に距離を置かれていたと思う。
しかし、今はそんな兄しか頼れる人がいなかった。
兄は渋々私を駐在所まで迎えに来てくれた。
もう地面には一面の雪が降り積もっていた。
「お前、今日はホテルに泊まれ」
兄から冷たい声でそう告げられた。
そこまで妹を自宅にあげたくないのかと驚愕してしまう。
しかし、理由はそれだけではなかったのだ。
「母さんが来ているんだ。事情も事情だから、実家にも帰りにくいって」
兄は低い声で答える。
まさか、母が兄の場所にいるとは思わなかった。
だとすれば、兄も私が父と血が繋がっていないと知っているのだろう。
「お前を母さんに会わせるわけにはいかない。母さんはお前の所為で苦しんでいるんだ」
その言葉を着た瞬間、ぐさりと冷たい何かが胸に刺さった。
これは私の所為なの?
母さんが家にいられなくなったのも、父が不機嫌なのも、祖母が怒っているのも全部私の所為?
私が何をやったって言うの?
むしろ私は被害者のはずでしょ?
そんな心の声が響いた。
「母さんが可哀そうだ。ばあちゃんに虐められ、父さんにもあんな目に合わされて、誰も母さんの味方になってやらない。そんな母さんをお前が追い詰めるな」
「私が追い詰めるなんて。急に父さんと親子じゃないって言われても納得いかないよ。事情だけでも聞けないの?」
私は必死に兄に食い下がった。
しかし、兄は首を横に振った。
私はどこの誰の娘で、どうしてこんなことになったのか知りたかった。
「もう、その男とは連絡を取っていないらしい。あっちもお前が娘だとは知らない。母さんを責めるな。母さんは父さんが冷たくあたるから、唐突的に他の男に逃げ込んだだけだ。母さんは辛かったんだ。娘ならわかってやれよ」
娘なら母親の気持ちに寄り添えとでも言うのだろうか。
なら、私は?
私の気持ちには誰が寄り添ってくれるのだというのだろうか?
「俺ずっと疑問だった。妹なのに全然可愛くないし、自分とも全然似てないし、好きになれなかったけど、今回の話を聞いて納得した。お前は家族じゃない。よそ者だ」
兄は兄の中の私を好まない理由付けをしていた。
父親の違う私は家族じゃない。
なら、私は誰の家族だというのだろうか?
私はその日、ホテルの部屋に入るとどうしようもない感情に苛まれ、日が昇るまでベッドの上で泣き続けた。




