103話 ダンス
パーティー当日、実家から送られたドレスに着替え、ニアにドレス用にアップした髪にセットしてもらっていた。
珍しく化粧もしているし、ここまで着飾ったのは久しぶりである。
自分が胸元のしっかり見える、マーメイドラインのセクシーなドレスを着る羽目になるとは思わなかった。
髪にもドレスにも赤いバラが装飾され、唇には真っ赤な紅がさしてある。
こんな私を見て、リオが歪んだ顔をしないか心配であった。
部屋のドアがノックされ、ニアが振り向いた。
「来られたみたいですよ」
彼女はそう言って足早にドアに向かって歩いて行く。
そして数秒後、扉の向こうからニアの呼ぶ声が聞こえた。
「エリザ様、リオ様がいらっしゃいました」
今日は年に一度の学園の夜の舞踏会。
エスコートする男性が寮の入り口まで迎えに来るのが常識である。
だから、リオもその習わしに習ってちゃんと私の部屋まで迎えに来たのだろう。
リオの制服以外の姿なんて初めてだ。
晴れ着を着たリオが七五三みたいだったら笑ってやろうと思った。
私は長い裾を踏まないようにして扉の前に立つ。
一瞬、廊下の窓に日の光がさして、リオの姿がよく見えなかった。
「お待たせしました」
私はそう言って入り口の前に立つ。
そこには正装をした、今までとは全く雰囲気の違う紳士が立っていた。
あの幼い顔は変わらないが、その姿は間違いなく一国の王子のような重厚な空気を漂わしていた。
腐っても元王子なのだと知らしめられた気がする。
そんな彼に不覚にもときめいた自分がいた。
リオは似合わない落ち着いた笑みを浮かべて、私に腕を差し出す。
「さぁ、参りましょうか。お姫様」
完全に馬鹿にされている。
でも今日ぐらいは余計なことは言うまいと決めた。
そして、私も習わしに従ってリオの腕を取り、彼について行く。
後ろで嬉しそうな顔のニアが声を掛けた。
「いってらっしゃいませ、エリザ様。楽しんできてくださいね」
「いってきます、ニア」
私はそうニアに笑いかけて、二人で会場まで向かった。
会場まで行く途中、多くの生徒達に注目されていた。
私達は澄ました顔のまま、小声で会話をする。
「普通、こういう時は女性の服装を褒めるんじゃないの?」
「何言ってんの、君。褒められるわけないじゃない。ボクの方が輝いている」
私はくすっと笑って答えた。
「言ってろ」
リオはどんな姿になってもリオのままだ。
少しだけ安心した。
目の前には楽しそうに歩く、ウィリアムとアメリアの姿が見えた。
こうして見るとやはり二人はお似合いで、正直羨ましかった。
会場に近づくと更に人々の注目に晒される。
そして予想通り、噂の的は婚約者である私とウィリアムが、別々のパートナーを連れてパーティーに参加していることだった。
これが両親にばれれば、それだけで問い詰められそうだ。
「君、ボクを自分から誘っておきながら不満なわけ?」
急にリオにそう言われ、私は慌てて顔を上げる。
「そんなわけ――」
「顔に不満って書いてある。やっぱりウィリアムと一緒に来たかったの?」
そう言われて私は少し考えた。
来たくなかったと言えば嘘になる。
しかし、今の二人は想いが通じ合った恋人同士。
そんな二人を邪魔するつもりはないし、元々のシナリオでもエリザがウィリアムとパーティーに参加した事実はない。
その前にエリザは殺されていたからだ。
しかし、そう考えると婚約破棄されるタイミングはもうとっくに過ぎていた。
そもそも、婚約破棄はエリザが暗殺をしようとする前の話だ。
その話をきっかけにエリザはアメリアを殺そうとするのだから。
ウィリアムルートでなくても、そんな話が出るのはもっと前の事だった気がする。
また、新たなとんでもないイベントが起きなければいいと願うしかない。
パーティーは順調に進み、会場の中央ではダンスを踊る男女でごった返していた。
その中にはウィリアムとアメリアもいて、実に楽しそうに踊っている。
私達と言えば、ダンスもせずに会場の隅で飲み物を飲んでいるばかり。
これはもうパーティーを楽しんでいると言えるのだろうか。
「ねぇ、私達、踊りに行かないの?」
私が横にいるリオに尋ねるとリオは素っ気なく答えた。
「言ったでしょ? ボク、目立つの嫌いだって。ただでさえ、今日のボクは何もしなくても目立っているんだ。人前で踊るなんて勘弁してよ」
確かに今のリオは目立っている。
いつも以上のイケメンぶりを披露しているせいで、今までリオに注目してこなかった乙女たちが彼に惹かれ始めているのだ。
始終一緒にいる私としては慣れ過ぎて、もはやイケメンだとか忘れていた。
すると音楽が止まり、ダンスが一度中断した。
そのタイミングでアメリアの元にルークが近づく。
ルークのパートナーはそれを見てご立腹の様子で離れていった。
それを機にギルバートやクラウスも彼女に近づいていく。
皆、ダンスのお誘いのようだった。
「逆ハーレムは大変だね。攻略対象の一人、リオ様はお誘いに行かなくてもいいの?」
私はちょっとした意地悪で尋ねた。
リオは顔を背けて答える。
「行くわけないでしょ。あんなの恥さらしだよ」
強がっているのか、本気なのかわからない態度だった。
アメリアもそれ以上誘われても大変そうなので、一人ぐらいは手を抜いてくれた方がよさそうだ。
リオルートではちゃんとリオもアメリアと踊っていた気がするけど、今のリオからは想像できない。
アメリアと離れたウィリアムが、ここぞとばかりに他の女子生徒達に声を掛けられていた。
彼はそれを丁重に断ったのち、私たちを見つけて近づいて来た。
「エリザも来ていたんだね。君たちは踊らないの?」
ウィリアムの質問に私は首を横に振る。
「彼が躍る気がないみたいです。目立つのが好きじゃないとか言って」
私は肩をすくめて答えた。
隣にいたリオはむっとした顔で私を睨む。
するとウィリアムがすっと私に手を差し出して、丁寧にお辞儀をした。
「ならばエリザ嬢。僕と一曲踊っていただけませんか?」
王子からのダンスのお誘い。
これにはときめかない乙女などいないだろう。
「私? だってアメリアが……」
「アメリアは人気者でね、当分僕とは踊れないみたいなんだ。折角パーティーに来たのに一曲も踊らないなんて寂しいでしょ? エリザが嫌じゃなかったら、昔みたいに一緒に踊らない?」
そう、昔はこうしてダンスを誘ってくれたのはウィリアムだった。
婚約者同士、それが当たり前だったのだ。
私はそっとその手を取ろうとした。
しかし、私が差し出したその手をさっとリオが掴む。
そして、ウィリアムの顔を睨んで答えた。
「君さ、本命が他の男と踊っているからって、振った女を誘うだなんて失礼なんじゃない?」
「ちょっと、私は振られたわけじゃないんだけど!」
ウィリアムも複雑な表情でリオを見ている。
「同じだよ。君はアメリアの為に彼女との婚約を破棄しようとしているんでしょ? そんな男がどの面下げてダンスなんて申し込んでいるの。図々しいにも程があるんじゃない?」
「僕はそんな……」
明らかにウィリアムも困っている。
こんなところで話す話ではないと私はリオを嗜めた。
「リオ! 言い過ぎだよ」
私がそう言うと、リオはぎっと私を睨みつけて手を離した。
「君がそんなに惨めな思いをしたいなら好きにすればいい。ボクには関係ないことだからね」
リオはそう吐き捨ててどこかに歩いて行ってしまった。
「リオ!」
私は呼び止めたが、リオは足を止めない。
ウィリアムの方へ振り向いて、慌てて答えた。
「ごめんなさい、ウィリアム様。折角お誘いいただきましたが、今日はご遠慮いたします」
私は申し訳なさそうに笑いかけて、リオの後を追いかけた。
ウィリアムはただ、呆然と私たちの後姿を見つめていた。




