100話 誤算
アメリアの前で横たわるエリザの背中から、大量の血が流れていた。
彼女は必死でそれを止めようとしていたが、間に合うはずがない。
「いや、嫌です! エリザ様、お願い。死なないでください!!」
アメリアは泣き叫びながら、エリザの傷口を抑えていた。
「ギルバート!! なんでこんなことをした!?」
ウィリアムもエリザに駆け寄り、血の滴る剣を両手で持っていたギルバートに大声で尋ねる。
ギルバートは震えながら、自分の剣を地面に落とした。
「オレは……、オレはただ……、アメリアに幸せになってほしくて……」
ギルバートは呆然となりながらも答える。
「だからってエリザを殺す必要はないだろう!?」
再びウィリアムがギルバートに叫ぶ。
ギルバートは血で汚れた自分の手を見つめ、口を開いた。
「だって、エリザが居たらアメリアは幸せになれないじゃないか……。エリザを消すしかアメリアが幸せになる方法はないんだろう? エリザはいつかアメリアを殺す。だからその前にオレが殺さないと……」
「何を言っているんだ、ギルバート」
ウィリアムはギルバートの前に立って、彼の肩を掴んだ。
彼の目はどこか遠くでも見つめているようにぼんやりとしている。
そして、何度かウィリアムに肩を揺らされると、少しずつ正気に戻って来たのか顔を上げてウィリアムを見つめた。
「……ウィリアム?」
今、初めて目の前にウィリアムがいることに気が付いたかのような反応を見せるギルバート。
そして、ウィリアムの後ろで血だらけになって倒れているエリザが目に入った。
それを見たギルバートが、驚愕した様子で後退る。
「なんで? どうして? エリザが倒れているの?」
「何を言っているんだ、ギル! 君がエリザをその剣で突き刺したんだろう?」
「オレが? エリザを? そんな、バカな……。オレがエリザを刺すなんてありえない!!」
彼はそう言って何度も頭を振った。
しかし、目の前に血のついた自分の剣と手についた血のりを見て、悲鳴のような声を上げた。
「……オレがエリザを……。なんで! なんでなんだよ!!」
明らかにギルバートの様子はおかしかった。
まるでさっきまでの自分の行動を覚えていないようだ。
「ギルバート、君……」
しかし、そんなことを言い合っている場合ではないのだ。
確実に目の前で倒れているエリザの命が尽きようとしていた。
すると、アメリアがエリザを抱えながらぶつぶつと何かを唱えだした。
「……違う……。違う、違う違う違う! 私はこんなこと望んでいない!! こんなの認めない!!」
「アメリア?」
アメリアまでおかしくなったのかとウィリアムは心配して声を掛ける。
「私は誰の死も望んでいない! エリザ様を失った幸せなど認めない! 誰かが消えて得る幸せなんて私は求めていない!!」
アメリアがそう叫んだ瞬間、彼女から颶風のようなものが溢れ出した。
近くにいたウィリアムも何が起きたのかわからず、腕で風を遮りながら彼女の名前を呼ぶ。
「アメリアァ!!」
彼女はエリザに抱き着くような姿勢でその颶風の中心にいた。
何が起こったのかは彼女にもわからない。
その時の彼女はエリザを失いたくないという一心で他の事は考えられなかった。
ウィリアムもその光景を見つめながら、それが光魔法だと気が付いたのは少し後のことだった。
彼女の身体から光が漏れて、それはエリザの身体まですっぽり覆い隠し、光に包まれたそれは次第に見えなくなっていた。
何が起きたのか理解できず、ウィリアムは戸惑う。
そして、風が止んだと思うと、アメリアがエリザを抱きしめているのが分かった。
よく見るとあんなに流れていた出血が止まり、彼女の腹に空いた傷も塞がっていた。
これもアメリアの光魔法の効果なのかと思った。
しかし、アメリア自身それを使用した自覚はない。
ウィリアムはそっとエリザに近づいてみる。
エリザは気を失っているようだったが、呼吸は安定し、命に別状はないようだった。
彼はそれを見て一安心し、小さく笑って二人を同時に抱きしめた。
アメリアたちの行動の一部始終を見ていたリオは植木に隠れながらその場に座り込んだ。
ここまで全力疾走してきたので、未だに息が切れている。
彼は握りしめていた小瓶を両手で包み込み、額に当てた。
本当にエリザが死ななくて良かったと安堵する。
「莫迦だよ、ほんと莫迦なんだから、君は……」
彼は身体を縮こませて、ひとり呟いた。
この光景を見ていたのはリオだけではない。
マルグリットも校舎の陰から覗き見ていた。
彼女はそれを見つめながら不満そうに息を洩らした。
「ここまで手を尽くせば確実に殺せると思ったのに、ざぁんねん。まさか、アメリア自身に自分の死を否定させるだなんてね」
そう、こうなるように仕組んだのはゲームプログラムなんてものではない。
マルグリットがエリザとギルバートに光魔法で暗示をかけて、言われた通りに動くように仕込んだのだ。
光魔法に催眠術のような使い方があると知っているのはマルグリットだけだ。
彼女が長い間に生み出した新たな魔法。
エマの死で消衰仕切っていたエリザを利用し、彼女の意志に関係なくアメリアに手紙を送り、授業の後に一人花園に来るように指示した。
マルグリットがヴァロワ邸から持ち出した短刀を彼女の自室の棚に置いておき、それを持たせ、花園でアメリアを見たら襲い掛かるように仕向けたのだ。
そして、マルグリットは何も知らないウィリアムに声を掛け、アメリアが不安そうな顔をして花園に向かったと教える。
本来であれば、このまま自動的にウィリアムがアメリアを助けようとしてエリザを殺す流れになると思ったが、念には念を入れてギルバートにも暗示をかけておいた。
エリザがアメリアを殺そうとしている。
エリザがいてはアメリアが幸せになれない。
あの可哀そうな小娘を、せめてギルバートの手で止めてやれ。
彼女を苦しみから解放する方法は死だけである。
そう暗示をかければ、ギルバートは無意識にエリザを殺すと思っていた。
そして、それは予測通り動いた。
誤算だったのは、エリザが思ったより早く正気を取り戻したことと、アメリアのあの妙な光魔法が発動したことだ。
エリザがあのまま正気を失ったままでいれば、確実にウィリアムかギルバートの手で殺されていたし、アメリアもそれを自分の所為だとは思わなかっただろう。
自分を殺そうとした報いを受けただけだと処理されたはずだ。
しかし、あの瞬間にエリザが目覚め、アメリアに無駄な知恵を与えたことで彼女に自分の死による罪悪感を植え付けた。
自分自身の死がアメリア自身に直結することを強調させた。
そして、その覚悟と責任を自覚させたのだ。
マルグリットもあの能無しのエリザがそこまでやれるとは思っていなかった。
だからこそのギルバートだ。
エリザの死を確実にするためにギルバートを仕込んだというのに、それをアメリアの否定する感情を使って、システムを逆に利用されたということだ。
このままアメリアに罪悪感を抱かせたままだと、完全な幸せな結末とはいかなくなってしまう。
マルグリットでさえ、光魔法を活用して治癒魔法の強化など予測はしていなかったし、出来るとも思っていなかった。
それだけアメリアの中にある目の前の現実を否定する気持ちが強かったのだろう。
「まぁいいわ。物語はまだ終わっていないもの。エリザ一人生きていたところで私の計画は崩れない。あの子を処分するタイミングなんて、これからいくらだってあるはずよ。お楽しみは次に取っておきましょう」
彼女はそうひとり呟いて、その場を後にした。
その後、エリザが目を覚ましたのは半日後のことである。




