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99話 別れ

リオは授業が終わった後、いつものように科学室に向かった。


科学室の前に着くと、教室の前で見慣れない女子生徒が立っているのが見えた。


気になりはしたが、そのまま声を掛けずに教室に入ろうとすると、その女子生徒は慌ててリオを呼び止めた。


「あなた、リオ・ハールゲンですわよね?」


いきなりフルネームを呼ばれて、リオは不快そうな表情を見せる。


「そうだけど、君は誰? ボクになんか用?」


そう聞かれて、女子生徒は一瞬口ごもった。


正直、よく知らない生徒と口を利くのは好きではない。


答えないなら無視をして教室に入ろうとした瞬間、口を開いた。


「わたくしはロゼ・フィリップと申しますわ。一応、あなたとは同じ学年なのですけれど、覚えてはいらっしゃらないようですわね」


ロゼという言葉を聞いて、やっと彼女がエリザの友人だと理解した。


しかし、そんな彼女がなぜリオの元に来るのかはわからなかった。


「ごめんね。ボク、興味のない人の顔は覚えない主義なんだ」


リオは冷たくあしらおうとしたが、次の言葉で足が止まった。


「あなた、エリザとは仲がよろしいのでしょう?」


まさか、この少女がエリザとの関係に気づいているとは思わなかった。


リオは睨みつけるようにロゼをじっと見つめた。


それが恐ろしかったのか、引きつった表情で俯く。


「エリザがいつもどこに行くか気になって追いかけたことがありますの。そしたら、この科学室に入っていくのが見えましたので、密会している相手があなただとすぐに気が付きましたわ」


それを聞いて、リオは頭を掻きながら大きく息をついた。


友人につけられていることにも気が付かないとは、エリザは相変わらず気が抜けていると思った。


「あなた、大衆の面前でアメリアの事を好きだと言っておきながら、エリザにまで手を出していたなんて最低ですわよ! まさか、アメリアにフラれたからって今度はエリザに手を出そうとしているのでしたら――」


「あぁ、はいはい。別にボクと彼女はそういう関係じゃないから、勝手に勘違いしないでくれる? それにそんな文句を言いに来たなら帰ってほしいんだけど。ボク、これでも結構忙しいの」


指を突き付けて訴えて来るロゼの言葉を遮って、リオは鬱陶しそうに答えた。


そして、再び部屋の中に入り、扉を閉めようとした。


「ち、違いますわ! わたくしはあなたに相談があって……」


急にロゼが大声を上げるので、つい振り向いてしまった。


「相談?」


「エリザが学園に戻ってきてから様子がおかしいのです。声を掛けても殆ど答えませんし、いつもぼぉっとしている感じで……」


リオはそれを聞いて、首を傾げた。


「あいつがぼぉっとしているのなんていつものことでしょ? 今更気にすることじゃ――」


「それとは違いますわ! 魂が抜けた操り人形のように無表情になって、とにかくいつものエリザじゃありませんの。今日も気が付けばいなくなってしまいましたし、わたくし、エリザが何を考えているのかわからなくて……。慕っていた使用人が亡くなったと聞いていたので落ち込んでいるのだとは思っていたのですが」


ロゼは必死になって訴える。


リオはその魂の抜けた操り人形のようにという言葉が気になった。


「それに教室に入るなり、アメリアに何か渡しておりましたの。何を渡したのかと聞きましたが答えてくれなくて。横目で見た感じ、あれは手紙だったとは思うのですが……」


エリザがアメリアに手紙とは珍しいと思った。


エリザの方からこのタイミングでアメリアにコンタクトを取るのも意外だ。


――このタイミング?


リオはもう少し真剣に考えてみる。


全ての攻略対象のイベントは終わったはずだ。


次のイベントが起きるとしたら、アメリアとウィリアムが結ばれて、それに嫉妬したエリザが……。


リオが急に教室内を走り出した。


そして、棚の前に立ち、鍵を開けると中から小瓶を取り出す。


それを持って、リオは思い切り振り向き、ロゼに尋ねる。


「君! エリザがどこに行ったか、予測できない? たぶん、今頃アメリアと会っていると思うんだけど」


「どこにってわたくしも何も聞いておりませんし……。でも、放課後に会うのでしたら、中庭か花園ですかしら? 花園は人目もありませんし、何か大事な話をする時にはちょうどいいかもしれません」


「花園……」


リオは顎に手を当てて考え始めた。


リオの知っているエリザなら別の場所を選びそうだが、彼の予測では今日のエリザはいつもとは違う行動をとっている可能性が高い。


ロゼの考えも案外あたっているかもしれない。


そう思い、リオは急いで教室を飛び出した。


リオの態度の変化にロゼは不安を感じていた。


「何かありましたの?」


「もし、またエリザに会うことがあったらボクが呼んでいたと伝えておいて」


彼はロゼに詳細は伝えずに、ひとり花園に急いだ。


自分の予測が当たらないでほしいと願いながら、彼は全力で走っていた。






目を覚ますと見慣れた天井が見え、そこがヴァロワ邸の自室のベッドの上だとすぐに気が付いた。


いつの間に眠っていたのだろうと思いながら、ベッドをゴロゴロと転がっていると、後ろから私を叱りつける馴染みの声がした。


「何をしているのですか、エリザ様! いつまでそんなところでダラダラしているのですか!?」


私は慌てて体を起こし、声がする方を見つめる。


そこにはエマが腰に手を当てて立っていた。


「ちょっとぐらいいいじゃん。疲れているんだよ」


私はそう言って、ベッドから足を下ろした。


しかし、なぜ私が疲れていたのか思い出せない。


それに、私はさっきまで別の場所にいた気がする。


今、私がいるべき場所はここではない気がしてならない。


「そんなことでどうするのですか。淑女たるもの、疲れたからとそうだらだら寝てばかりいてはいけません。あなたはヴァロワ家の娘なのですよ」


「はいはい、わかってます。エマはいつも煩いなぁ」


エマの小言が始まる。


いつも聞いているエマの小言なのにどこか懐かしさを感じていた。


「エリザ様、立派な淑女というものはちょっとやそっとのことでへこたれないものですよ。どんなに厳しい状況に立たされても、諦めず足掻き続きなさい。どれだけ不格好でも諦めなければ、先というものは見えて来るものです」


私はそのエマの言葉を聞いて笑ってしまった。


「諦めたらそこで終了ってやつ? 前世でもそのセリフ名言になってたなぁ」


そうですかと珍しくエマが優しく返事をした。


「エリザ様は嫌な事をすぐ投げ出すところがありますからね。わたくしは心配しているのです。人生に楽な道などないのです。地味で退屈な道ばかり続くものですよ。それでも歩みを止めなければ、見えて来る絶景があります。きっとエリザ様の幸せもそこにあります。その幸せが旦那様たちの要望通りではないかもしれない。想像したものとは違うかもしれない。それまでの道にいくつもの大きな困難があるかもしれない。それでも終着地のない道はない。あなたの終着地はここではないでしょう? 先に進みなさい、エリザ様」


エマはそう言って微笑んだ。


エマの笑う姿を見たのは久しぶりだった。


なぜか涙が溢れて、エマとこのまま離れたくないと思った。


エマの側が私の居場所だったから。


ずっとこの場所にいたかった。


「嫌だよ、エマ。だって、その先にエマはいないのでしょう? 先に進んだってもうエマはいない。私、一人だよ? 一人は嫌だよ。死ぬのはずっと怖かった。一度前世で死んでしまったけど、何度だって死は怖い。けど、それ以上に世界で独りぼっちになるのはもっと怖いよ。私はずっとエマの側にいたい。エマの側にいられるなら、ここも悪くないって思うよ」


「いいえ、エリザ様。そのような甘えはいけません。あなたにはこの先もやらなければならないことがあるのでしょう? やるべきことも果たさないで全てを終わらそうとするのは、無責任というもの。淑女とは己に責任をもって生きるものだと教えてきたはずですよ」


私はついははっと笑ってしまう。


「エマはいつも淑女、淑女って言うよね。そんなにそれ、大事なの?」


エマは私を見てゆっくり頷いた。


「大事です。淑女とはこの世界を強く生きる者の証。胸を張りなさい。自分の中に太い信念を抱いていれば大抵のことは乗り越えられるのですよ。さぁ、エリザ様。あなたにも聞こえているのでしょう? あなたを呼ぶ声が」


エマにそう言われて、私は耳を澄ましてみる。


確かに誰か私を呼ぶ声が聞こえた。


「追い来なさい。あなたを必要とする人たちの元へ」


「でも、エマが……」


「いったでしょう? エマはずっと側にいます。どんな時もエリザ様の側におりますよ」


彼女はそう言って私の頭を優しく撫でた。


何年ぶりの感覚だろう。


昔はよくこうして頭を撫でてくれていた。


わかっていた。


ずっとここにいることは不可能だって。


いつものようにだらけた私に喝を入れるために、エマは来てくれたんだよね。


私は目を閉じてもう一度声を聞こうと耳を澄ませる。


「エリザ様!!」


アメリアが必死に呼ぶ声が聞こえる。


私はまだ死んではいない。


こんな場所で死ぬわけにはいかないのだと感じた。


だって私は誓ったのだから。


この理不尽な世の中を生き抜いてやるって。

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