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相棒、召喚します。

こちら第三話になります。

 いったん状況を整理しよう。まず、ここはどこだ? 辺りは一面森、森、森だ。動物がいる気配もない。少なくとも僕はさっきまで商店街にいた。病院ならまだしも、こんな場所に飛ばされる筋合いはない。


 一つ気付いたのは、この森の雰囲気が僕がプレイしているカードゲームに出てくる「イオナの森」に似ていたことだった。初期ストーリーでは割と物語の中心だったような気がするが、今となっては存在を覚えている者も少ないだろう。懐かしい。


 次、店主さんたちはどうなったのだろうか。僕が時間を稼いでいた間、店主がどうしていたかは覚えていない。無事だといいが。僕だけ助かってしまっては、元も子もない。


 そして何より……「僕」は誰なんだ?


 今日の記憶はある。朝起きた時から今に至るまで、しっかり覚えている。だが、それ以外、例えば、自分の名前なんかの記憶が、きれいさっぱり抜け落ちている。カードゲームが好きだということも、懐かしい記憶の数々も、「今日」回想していたこと以外は思い出せなくなっていた。


 こういう時は……脱出だ。とりあえず脱出して、交番に駆け込もう。強盗のことも、記憶喪失のことも、全て話そう。そうすればきっと解決に近づくに違いない。行動しなければ、ここで野垂れ死ぬのも時間の問題だ。


 僕は立ち上がって周りを見渡した。広葉樹林が青々と広がっている。ふと、足元に、僕の愛用のデッキが散らばっているのが見えた。今までずっと寝っ転がっていたので、全く気付かなかった。


しゃがみこんで一枚一枚カードを集めていく。それぞれ、結構な額の代物だ。三重スリーブにして守ってあるおかげで、ほとんど傷はついていない。大事にしていたのがよく伝わってくるな。


 だけどこれらは、文化があるからこそ輝くものだ。森の中に放り出された僕にとっては、一銭の価値もないのだ。丁寧にデッキケースに入れ直し、適当にカバンに放り込んで、僕はその場を後にした。


 森を進む際に、僕は太陽の沈む方角に向かって進んでいくことに決めた。だがどこまで行っても森が広がっているばかりである。僕は不安を感じ始めていた。この森から、抜け出せるのか?


 時間はどんどん過ぎていく。体感で三時間くらいが過ぎた後、僕は日が落ちかけていることに気付いた。まずい、この森には食べられるものが見当たらない。野宿となったらそれこそテントや毛布が必要だが、カードを売りに外出しただけのオタクがそんなものを持っている訳がない。なるべく早く抜け出さなければ……


 辺りはすでに暗くなっていた。だが、幸いにも星明りのおかげで何も見えないということにはならなかった。慎重に、方角を間違えないように進んでいく。数時間が経過した。そして、ついに僕は、自分以外にこの森にいるものを発見した。


「……狼か?」


赤い目、漆黒の毛並みをした全長三メートル程のそれは、間違いなく僕が知っている狼とは異なっていた。僕は本能的に恐怖を感じ、その場から後ずさりした。このまま進むべきではない。いったん迂回して、見つからないようにしながら進もう。そう思って僕は、九十度左を向いた。


 そうしたら、目の前に、おんなじのが、もう一匹、いた。


目と目が合う。瞬間、


「うわっ!」

思わず声が出た。一匹目もこちらを向いて、目が合った。そいつは、

「ウオオオォォォァ!」

と月に吠えた。その瞬間、もう四、五匹の狼が、どこからともなく現れた。こいつら、やる気だ。


完全に囲まれている。こうなったらこちらも本気で行こうじゃないか! と言いたいところだが、流石に趣味の筋トレだけでは群れを成している狼に勝てない。高卒の学力でも分かる。あれ? 自分、高卒なんだっけ?


 いやそんな事を考えている暇はない。今は、いかにしてここから逃げるか……


バキッッ!


 狼のうちの一匹に体当たりをされた。後方に五メートルほど吹っ飛ばされ、広葉樹にぶつかる。痛い。


普通、狼が体当たりしたところで、こんな馬鹿みたいな威力は出ないはずだ。なんなんだここは。他の狼も身体を後方に引いて力をためている。一斉に来る!


 間一髪、横に転がってかわす。今の僕にはそれくらいしかできない。さっきの体当たりで肋骨をやったらしい。腹が出血しているのが見てわかる。


 一度攻撃を外した狼だが、動きは素早く、こちらに行動する暇を与えなかった。さながら速攻デッキのような動きだ。今度はこちらに牙をむきながら駆けてくる。強盗の持っていたナイフくらいの大きさはありそうだ。


月光に照らされてギラリと光るそれを見て、僕は死を覚悟した。


「主よ。今日のうちに二度も死ぬつもりか?」


頭の中に直接声が入ってくるような感覚がした。太く暖かい、例えるなら太陽のような声だった。


「お前は生きたいのだろう? 新しい人生を。我は一部始終を見ていた。お前があのゲームのサービス終了から立ち直ろうとする姿もだ。もしお前が生きたいと思うなら、どんな方法であれ、がむしゃらに藻掻いてみるがいい。太陽はたとえ死んでも、次の日には必ず生き返る」


そうか。なら、藻掻いてやろうじゃないか。


「アクションマジック、回避!」

「そんなもの、都合よく落ちている訳がなかろう。とはいっても、お前ひとりでこの状況を打破するのには無理がある。仕方あるまい、我の力を貸そう。我は、その攻撃力千や二千の低級アタッカー狼とは違う。我のカードを使え!」


それを聞いて、僕はやっと声の正体に気が付いた。


「さあ、炎の真理を思い出すのだ」


そう。これは確か、君の初期版のフレーバーテキスト。確か初めて僕が当てたスーパーレアだった。初めて手にしたキラカードは、子供にとっては強さ関係なく心に残るものだ。だがこのカードは、その強さとフレーバーテキストのかっこよさも相まって、サ終まで僕の相棒だった。


「ああ。分かった。行くぞ!」


狼が八方から飛び掛かって来た。チャンスは一度っきり。失敗したら命はない。デッキケースを取り出し、数あるカードの中から一枚を抜き出す。それだけの作業。もし僕がカードゲームアニメの主人公なら、今頃熱いドローバンクが流れているだろう。


運命は、自分で引き当てるものだ。これまでのカードゲーム人生でも、いつもそうしてきた。


「これが、運命の、ドローだ!」

この瞬間、僕は自分が二十八歳なのも忘れて、子供のように叫んでいた。


「ドローカード、『サンライズ・ウルフレア』!!」

「上出来だ。」


そのカードは一瞬にして火に包まれ、黒く染まっていく。その瞬間、僕と狼たちの間を隔てるようにして、深紅の魔法陣が多面展開されていた。そこには、狼や太陽を模したと思われる文様が刻まれている。


 サンライズ・ウルフレアのカードゲーム上での効果は「自分がゲームに敗北する量のダメージを受ける時、このカードを手札から切ることで、代わりに相手にダメージを与える」。


 つまり、カウンターだ。これをこの戦闘にそのまま当てはめるなら——


黒い狼たちは、僕を攻撃しようとして魔法陣に衝突した。瞬間、

ゴゴオオォォオォオォン!


 ものすごい爆音とともに、魔法陣から火炎が噴き出す。あっ、忘れていたが、確か公式設定ではサンライズ・ウルフレアは数千万度のプラズマを放出して攻撃するとかしないとか。



 ……ん……数千万度?



 周りを見ると、僕が立っているところを残してクレーターができていた。しかもそれどころではない。戦闘に夢中で全く考慮していなかったが、ここは広葉樹林のど真ん中だった。こんなところで火なんか放とうものなら——



 イオナの森は、赤々と燃えていた。



 焦げ臭い、熱い、息が苦しい。既に火は森全体に回っているように見えた。

瀕死になりながらも狼に勝利したのに、ここまで来て焼死体になるのはまっぴらごめんだ。だけど、どうすれば……


「聞こえるか。もう一度、私のカードを使え! カード達には、それぞれ魔力が宿っている。いわゆるマナというものだ。お前の世界のカードゲームと同じだ。カード七枚分のマナを使えば、私を具現化できる。早くしろ!」


言われるがまま、今度は落ち着いて二枚目のサンライズ・ウルフレアを取り出す。他の七枚のカードは適当に。カードゲーマーは、なぜかデッキから一定の枚数を見ないで素早く取るのうまいんだよな。


「……サンライズ・ウルフレア召喚……」


薄れゆく意識の中で、僕は初めて、本物のライフを見た。ん、そうだ。サンライズ・ウルフレアは長くて呼びにくい名前だったから、略してライフとか言われていたんだっけ。


「ライフ、ありがとう……」

大きな背中だった。そこで、僕の意識は途絶えてしまった。


「この森を出て、一番近い街へ向かう。お前の治療が最優先だ。いいな?」


ライフの声は、届いてはいない。


「……もう意識を失ったか。」


ライフはそう呟き、ただひたすらに全速力で駆けた。

これから、はあはあ、がんばって、はあはあ、いせかいっぽく、していくぞ!


読んでいただき、ありがとうございます!

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