カッコの中に「。」打ったままになってた気がする
現代の続き。今回で終わり。第二話。
2
「へっへえ、ビンゴ。もとから人の出入りが少ねえ店だと思って目をつけていたが、まさかこんなに人がいねえ時に当たれるとはねえ。最高だぜ。さあ、この店にある現金、全部出しな。」
そんな、無茶な。この店は儲けがいいわけでもない。完全に通報される危険の少なさから選ばれたのだろう。だが、この店が潰れたらこの町からカードゲームが無くなる。優しい店主さんに会えなくなる。たとえひっそりとたたずんでいる店でも、大きな歴史を背負っている店なのだ。絶対に、絶対にこいつの思い通りにさせてはいけない。じゃあ、僕は——
どうすれば? 今なら自分のことはバレていないかもしれない。なら隠れて通報するか?
「あとそこに座ってるお前、下手に抵抗したらどうなるか分かってるな?」
ナイフを見せつけるようにしてあいつは言った。ダメだ、僕のことは既に把握されている。狭い店の中で棚や雑貨がごちゃごちゃしているとはいえ、僕がいるのは一際物が少ないデュエルスペースだ。
ゴクリと唾を飲む。なら、あいつをどうにかして説得するしかない。僕が守るのだ。この店を。
「あの、そんなにお金が欲しいんなら、その段ボールに入ってるカード、僕のものなんで全部あげますよ。ネットで売れば軽く二十万円は超えます。それに、あなたも犯罪を犯さなくて済むでしょう。強豪プレイヤーの引退品なんで、間違いありません。」
正直、噓も結構混じっているし、何よりその場しのぎの手にすぎない。段ボールに入ったノーマルカードたちが二十万円を越える訳がないし(それなら恐れ多くてこんなところに売りに来られない)、強豪プレイヤーというのも言い過ぎだ。そして何より、このカードゲームはサ終する。それをあいつが知らないことに賭けるしかないし、知らなかったとしても、仮にこの段ボールを受け取って相場を確認した時、激昂してまたこの店を襲いに来るかもしれない。その時は金だけでは済まないだろう。さあ、どう返してくるのか。僕の予想は、見事に裏切られた。
「あ?二十万円ぽっちで足りる訳ねえだろうが! こっちは二百万借金してんだよ。お前は黙ってろ。……おい、ジジイ早く金を出さねえか!」
ダメだ、僕のカードではあいつの意識を逸らすことはできない。もう少し高い値段を提示するべきだったか?いや、そうすれば怪しまれる確率が上がるだけだ。なら、次はどうする?今の話しぶりから、あいつがカードゲームの知識を持っていないのは分かった。なら、さっきのやり方は通用しない訳ではないのかもしれない。そこにあるカードなら、そこのショーケースのカードなら。店主には悪いが、これは店のためだ。あいつにはあれで納得してもらうしか無いだろう。こうして考えている間も店主は脅され続けているのだから、手段など選んでいられない。
「あそこにあるカードの値札を見てください。百万円です。日本一決定戦の時のプロモーションカードで、世界に八枚しかないものです。フリマアプリで転売すれば、同額で売ることができます。それに、隣のカードが、公認大会の優勝プロモです。」
僕が来ていない間にこんな物まで売られていたのか……。欲しかった奴だ。
「複数枚あるので高く売れます。周りのカードと合わせれば、五十万円は軽く超えますよ。」
ここの店主がサ終に気付かず、価格設定を変えていなかったことに感謝だ。まあこのレベルのプロモで二十年も続いたカードゲームのものとなると、そう簡単に価格は下がらないかもしれないが。
「そもそも、こんな店に大して現金がないことくらい、あなたには分かるでしょう? お願いです。そこのカードたちで妥協してください。今回のことは警察に言いませんから。」
ただ次回がある可能性があるとなると、警察に報告せざる負えないなあ、という訳だ。まあそれは言わないが……。いずれにせよ、頼むからこれで引き下がってくれ——。
だが、そんな僕の思惑も、あいつには通じなかった。
「ンだてめえ、さっきからカードカードうるさいんだよ! 俺が欲しいのは金だ。純粋な金だ。あんな紙切れじゃねえんだよ! おとなしく金を渡せばそれで済む話だろうが!」
え?あんな?紙切れ?札束だろ?
「そもそも俺は、金があって、こんな娯楽に現を抜かしているクソ野郎たちが大っ嫌いなんだよ!カードなんて、十年二十年経ちゃあただのゴミだろうが! そんなものに金をつぎ込んで無駄にする、お前らみたいな人間がのうのうと生きているのを見るたびに吐き気がするんだよ!」
「コンテンツが大好きな人がたくさんいて、文化があって、それにお金を払う人がいる、それは絶対おかしいことじゃないよ!」
僕は今日、初めて叫んだ。いや、今日どころか、最近叫んだりすることはほとんどなかったから、自分の声に自分でも驚いた。あいつも少しは気圧されたようだったが、すぐにこちらを睨みつけ、言葉を放った。
「お前らは親にも愛されて、子供の時から金をもらって、甘やかされてきたんだろ! そんな奴に分かるか! 所詮はカードなんて子供の遊びを、ろくに働きもしないオタクが延長線でやってるだけ。 それに価値なんて、金に勝る価値なんてねえんだよ。俺の親は病死して、日暮らしで生計を立てなきゃならねえ! だから俺に、金をよこせ!」
あいつも、本当は親に愛されていたんじゃないだろうか。確かに身なりは貧しそうだが、親がいた頃は楽しくやっていたんじゃないだろうか。僕は生活には困っているし、親に見捨てられた。(一応働いている。)それでも、今の生活が苦しいとは思っていない。カードゲームのおかげで、だ。自分にカードゲームがなかったら、と想像する。親と一緒に今頃誕生日祝いのケーキを選んでいただろうか。いい大学に行って親と一緒に生活していただろうか。それでも、僕はカードゲームを選んだのだ。ただ単に、好きだったから。
「僕だって生活が楽なわけじゃない。でも、好きなものがある人生を、好きなものにお金を払える人生を、僕は持っている。だから、今は幸せなんだ!」
「だからその、クッソ無駄な愛情が嫌いだって言ってるだろ! 会社から売り物が出なくなったらゲームは終わり、そんでお前の人生も終わりってか? 無いだろ! どうせ金がある奴は新しい娯楽に取り憑いて生きるだけ。俺とは違うんだよ!」
そうか。そうかもな。と僕は呟いた。僕には借金は無いし、数か月に一回は新しいカードを買えているのだ。それだけのお金を持っている。そして、現に、終わったカードたちを売って、新しいものに手を付けようとしている。所詮はこのカードゲームも、僕の人生のほんの一部に過ぎないのだろう。
いや、なら、それなら。
「……なら、分かった。僕は今日、このカードゲームが終わる日に、人生をかける。それで死んだら、それまでだ。」
そう呟き、僕は店主に目配せをすると、デュエルスペースの椅子から立ち上がり、ブースターパックの棚の横を走り抜け、あいつに飛びかかった。そして、押し倒した。
あいつは僕との会話に夢中になっていたため、店主が逃げる隙は少なからずあった。僕はよく見ているカードゲーム系ユーチューバーにあこがれて、趣味で筋トレをしていた。あいつを取り押さえる自信は、少なからずあった。やるなら今だ。
「店主さん逃げてください! そして、警察に連絡を! この店は、絶対に潰しちゃいけません!」
そう、きっと僕は無意識のうちにカードゲームに救われていたのかもしれない。いやそれも、カードゲームのある人生を生きたからそう感じているだけかもしれない。でも、それが幸福だったのなら、僕がよかったと思えたなら、きっと悪い人生ではなかったのだろう。
だから、僕は店主に、ひいてはカードゲームに、報いたかった。
「なっ、おま、クッソ! お前にだけは! 捕まってたまるかああ! こんなクズに……」
あいつは半狂乱で喚きながら抵抗している。体力が持つ間に警察が到着することを祈るしかない。今はただ、ただ——
ふと、背中に激痛が走った。暴れまわっていたあいつの顔が曇り、静かになった。あいつ、勢い余って刺したのか。次の瞬間、
「うわあああああああああ——。」
絶叫が聞こえた。そして、あいつの遠くを見ているような、絶望したような表情が見えたところで、視界が徐々に暗くなり、何も見えなくなった。ああ終わったんだな、と思った。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。次に目を開けた時、僕の視界には知らない天井、もとい、知らない青空が広がっていた。
やっと異世界行けたじゃん……。
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