【7話】手駒として敗北は許されない
「あの女は『千剣の叡智』が実力主義でないことを理解したんだろう。だからこそ、落胆はしないしプライドも折れていない」
ロザリアの顔は俺と出会った時と同じくらい輝いていた。
まるで新しい玩具を見つけた子供のように、一切の曇りない瞳を煌めかせる。
俺が動かないでいるのとは対照的に、ロザリアはいつの間にか横からいなくなっていた。
──は?
周囲を見渡すと、彼女の姿は青髪の女性であるユラの前にあった。
「お前、このクランへの加入を許されなかっただろう?」
そして俺の時と同じく、直球でその言葉を口にしていた。
ユラは至極冷静にロザリアを見つめ、小さなため息を吐いた。
「……そうだけど、何?」
「悔しくはないのか?」
「全く、これっぽっちも」
「自分の実力を認められなかったのにか?」
「あのクランが実力主義でないことは、選考の初期段階から分かっていたわ。私よりも弱い同級生の子が、私よりも先にクランへの加入を許されていたもの」
ロザリアの揺さぶりには一切動じない。
それどころか、『千剣の叡智』が実力主義のクランではないと早い段階から見抜いていたようだ。
俺とは違う。
彼女には組織を見極めるだけの判断力がある。
「私はあのクランが実力主義だというから選考に参加しただけ。経歴だとか、くだらないプライドによって結果を左右するような腐ったクランはこっちから願い下げよ」
「つまり選考に落ちていなくとも、『千剣の叡智』には入らなかったと?」
「私は泥舟に乗る気はない。私が求めているのは、本気で実力者を集う最強を目指すクラン。他の追随を許さないほどの将来性があるクランよ」
圧倒的な上昇志向。
ロザリアが目を付けた女性には、俺とは違う確固たる信念があった。
そんなユラだからこそ、ロザリアは欲しているのだと思う。
どこまでも強くなることを望む者──最強のクランを創るために必要な手駒。
「最強を目指すクランか……やはり私の見込んだ通りだ」
「…………」
「最強を目指すお前は、私が手にするに相応しい人間だ。ユラ……私の手駒になれ!」
ロザリアはユラに手を差し出す。
お互いの望みには通ずるものがある。
ロザリアは最強のクランを創ることを目指し、ユラは最強のクランを目指す者たちを求めている。
「私は世界最強のクランを創る。だからお前は私と組むべきだ」
「…………はぁ」
お互いの利害は一致した。
とんとん拍子にユラを仲間に引き入れられるかと思っていたが、彼女の反応はとても冷めたものだった。
「入るわけないでしょ。馬鹿じゃないの」
「…………」
ユラは差し出された手を叩き落とし、青髪を掻き上げてロザリアを見下ろすように立つ。
「冷やかしは必要ないって言ってるのよ。お嬢さん」
「お、嬢……さん……ねぇ」
「貴族のお遊びに付き合うほど、私は暇じゃないし、安い女でもない。悪いけど、他所を当たってちょうだい」
──断られたな。
というか、ロザリアの顔がドンドンと恐ろしいものに変わっていく。
いや、笑ってる?
彼女はユラに手痛くあしらわれたにも関わらず、不気味な笑みを浮かべている。
背を向け立ち去るユラを眺めながら、ロザリアは呟く。
「……うん。想定通り」
──は? この女は何言ってんだ?
想定通り?
じゃあ、断られること前提で話しかけたっことか?
いや待て。
そんなことに何の意味がある?
断られるのが分かっているなら、そんな無駄なことはしない。
普通は断られないような対策を立てるはずだろ。
「おい。ロザリア」
我慢ならず、俺はロザリアの方に駆け出す。
「ああ。愛しの手駒よ。そんなに慌ててどうした?」
「なんでそんなに冷静なんだよ。あの女を仲間にできなかったのにさ」
「まあ。知っていたからな」
「知っていた? 何を?」
「ユラが私の要求を飲まないことをだ」
彼女は堂々とした口振り。
やっぱり予測していたのだろう。
慌てる様子もなく、ただ彼女の背中を見守るだけ。
「でも……それじゃあダメだろ。アイツを仲間にできない」
俺が肝心な部分に触れると、彼女は小さく頷く。
「お前の言う通りだ。今のままだとユラを手駒に加えられない」
「じゃあ……!」
『じゃあ、どうするんだよ!』……そう言い出そうとした俺の口を、彼女は指で押さえ込んだ。
そして普段より一層輝きを増す紅色の瞳を俺の顔に近付ける。
「愛しの手駒よ。ここでお前の出番だ」
「は?」
「なぁに軽い実力テストだ。私はお前の力量を信じているが、実際に見てもおきたい──だからお前が戦え」
話が突然切り替わり、俺は理解が追いつかなかった。
青髪のユラという女性に関する話をしていたのに、どうして『俺に戦えって』話になるんだ。
というか……
「戦えって、誰とだよ」
肝心の主語が抜けている。
対戦相手も明確じゃないのに、戦えなどと意味不明過ぎる。
「誰となんて……決まっているだろ?」
「決まってるって……」
「──お前が戦うのはユラだ」
──この女、正気か?
仲間に引き入れようとしていた相手に喧嘩を仕掛けると?
一体何を考えているのか俺には読めない。
俺の実力を図る目的だとしても、それで彼女を相手にするのはどうしてだ?
「彼女と俺が戦って、何が分かる?」
「ふっ。当然お前が勝てば私の見込みが正しかったという証明になり、ユラが勝てば……それでも私の見込みが正しかったことになる」
「なんだよそれ。意味分かんねぇ……」
固まる俺の耳元でロザリアは囁く。
「私は見たいんだ……自分の認めた才能と才能がぶつかり合った時、お互いがどうなるのかを」
彼女の瞳の色に、嘘偽りはなかった。
流れるように紡ぎ出された彼女の言葉は、際限のない『興味』によって駆り立てられるようだ。
そして実際、俺はその言葉を否定することができない。
「やれるだろ? お前は私の手駒だ──今こそ己の存在価値を示せ!」
──断れるわけがない。
ロザリアの背後に広がる邪悪な色を纏ったオーラが、否定の意思を根こそぎ拭ってゆく。
恐るべき存在。
そして俺を必要としてくれる存在。
俺は渇いた喉を必死に動かし、か細い声で呟く。
「分かった。お前の手駒として……あの女と戦おう。そして勝利を約束する。絶対役に立って見せる」
「ああ。期待しているぞ……ふふっ!」
俺ことを手のひらで転がすロザリアは、どこまでも楽しそうだ。
きっと俺が負けたとしても、彼女は楽しそうに笑っているに違いない。
そして俺のことを切り捨てるのだろう。
有用な手駒を使いたい彼女は、使えない手駒は簡単に捨ててしまいそうな気がする。
そんな予感があるからこそ、俺は真剣に『勝利』を約束した。
単なる口約束ではなく、俺の存在意義を賭けた約束だ。
馬鹿げた話だ。
彼女の手駒であり続けたいと思うあまり、こんなにも必死になっているのが不思議で仕方がない。
「…………敗北は許さないからな?」
今更ながら、とんでもない怪物と関わり合ってしまったのだと思う。
俺にはもう、まともな逃げ場すら残されていないのだろう。
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