【15話】仲間でありライバル
目が覚めると、そこは知らない天井だった。
フカフカのベッドに寝かされている。
「ここは……?」
「目が覚めたかしら?」
「──はっ!?」
突如聞こえてきた女性の声に動揺して、俺は一気に体勢を起こす。
手足は包帯ぐるぐる巻き。
真っ白い毛布が上から掛かっていて、その先には椅子に座ったユラが腕を組みながらこちらに視線を向けていた。
「おはよう」
「……え、ああ。おはよう?」
──いやいやいや。おはようじゃなくて、どういう状況だよ!
昨日、俺はユラと戦った。
ユラの鎖での攻撃を掻い潜りながら、必死に大太刀を振るっていた。
そこから先が……思い出せない。
ユラの猛攻に耐えながら、俺は大太刀を振り抜いて……その後どうなったんだ?
「ていうか……身体。痛くない?」
ふと思い出す。
昨日は全身に大きな怪我を負っていたはず。
にも関わらず、手足は指の先まで痛くない。
身体中に包帯が巻かれているものの、怪我をしているとは思えないくらいなんともなさそうである。
「なぁ……えっと」
「ユラ」
「え?」
「アンタ私のことエリート女って呼びそうだったから」
「いやあれは……場の空気っつーか」
ていうか、エリート女って呼び方。
メッチャ気にしてんのな。
昨日のことを反省しつつ、申し訳なさそうに頭を下げようとすると、彼女はそれを止めるように肩を掴んできた。
「別に謝らなくていい。私も態度悪かったの分かってるから……」
「そ、そうか」
「普通にユラって呼んで」
再度念押しされ、俺は大人しく頷く。
「分かったユラ。あのさ、昨日の……結局どうなったんだんだ? 俺途中から記憶なくってさ」
ユラの鎖によって背中に攻撃を受けてからは、痛みと敗北の恐怖だけが頭によぎっていた。
周囲の景色がどうなっていたかも思い出せないし、俺の意識がどこで途切れたかも分からない。
「……教えてくれ。俺は、お前に負けたのか?」
「…………」
ユラは黙り込む。
先程までの柔らかい空気は掻き消され、どこか燃え盛るような熱気が彼女の周囲に漂い始めた。
「──貴方は私に勝ったわ。悔しいけど、おめでとう」
「そう、だったのか……てっきり一撃も与えられずに気絶したのかと」
「そうね。一撃も与えられずに気絶したのは当たりよ」
「え。じゃあ俺が勝ったって話は……?」
「それは本当よ」
どういうことか理解が追い付かない。
俺は一撃もユラに当てられないまま気絶した……なのに俺の勝ち?
明らかにユラの方が俺を追い込んでいた。
現に俺は包帯ぐるぐる巻き状態なのに、ユラは傷一つ付いていない。
「……私に貴方の攻撃が当たる寸前。彼女が貴方の攻撃を無力化したのよ」
「彼女?」
「ロザリアよ」
ユラの言葉を聞き、ようやく思い出した。
そうだ。
意識を失う寸前に、ロザリアが俺の前に現れたんだ。
『お前の実力をしかと見せてもらった。よくやった。存分に褒めてやろう』
そう言われて、俺は安心した。
で……そこで意識が途切れたのか。
「あの時。ロザリアが貴方の攻撃を止めていなかったら、私は間違いなく死んでいた。だから貴方の勝ちよ」
「なんか、ごめん」
「お互い様よ。私も貴方のことを殺す気で戦っていたもの」
あの夜のことを思い出すと、確かに死闘と呼べるほどの激しい戦いだった。
ユラの操る鎖は、あの暗い時間帯だとどんな武器よりも強く、覚悟を決め切れていなかったら、俺はあのまま何もできずに沈んでいた。
「そうか……俺、勝ったんだな」
満身創痍になりながらも、俺はロザリアの役に立てたんだ。
『雑魚』『役立たず』『もういらない』とか言われて、捨てられる未来はなんとか避けれたわけだ。
そう思うと、自然と気持ちが緩む。
「なんか安心したわ」
「……そう」
ホッと息を吐いた俺とは対照的に、ユラは悔しげな表情をチラつかせる。
「言っておくけど、次は負けないから」
そして突如として宣戦布告を突き付けてくる。
「私は貴方より戦闘経験も戦術知識もある。私に足りなかったのは……勝利への執着。でもそれは、今回の敗北で嫌というほど学んだわ。だからもう貴方には負けない」
彼女の言葉を受け、俺は不覚にも嬉しく思ってしまった。
なんというか……ライバルのような存在とはこれまで出会ったことがなかった。
ひたすら孤独な日々。
そんな退屈で苦しい日常が終わりを告げたのは、ロザリアに拾われたからだろう。
ロザリアに会えたから、ユラとも戦えた。
痺れるような戦いを経験できた。
それは俺にとっても大きな転換点となった。
「ああ。俺も負けない……ていうか、今回の勝利にはまだ納得し切れてないし、またリベンジするから!」
「いつでも受けて立つわ」
俺自身も、ユラに勝てたなんて思っていない。
だから俺たちは再びぶつかり合い、互いが納得のできるまで、戦うことになるだろう。
俺たちは固い握手を交わし、今後の再戦を誓い合った。