はじまりのテクノ・ブレイク
1番古い記憶は、もう思い出す事も無くなっていた「転生する前」の記憶。
意味もなくただ死にたくないからと無為に生を貪っていた頃の自分。
唯一の楽しみと言えば、ラノベにエロゲにソシャゲ。
稼いだ金はグッズと課金に消え、休日は全てパソコンのエンターキーを押しエロゲのテキストを送る時間。
『帰ってシコって寝る』
端的に言ってしまえばもうそれだけだった。
…オタクというものは時に変な好奇心を持つものだ。
俗に言う中二病が生まれるのもその1つ。
その日俺は、早瀬葵は猛烈に性欲に溢れていた。
なんとなくで買ったエロゲがとんでもなくエロく、右手が恋人を飛び越えてもはや右手がチ〇コなのではないかと言わんばかりにハッスルしていた。
その刹那、脳裏によぎった「テクノブレイク」の文字列。
それが失敗だった。
(今ならテクノブレイク寸前ぐらいまで行けるかもしれない)と思ってしまった。
俺は持て余すリビドーを全てゴミ箱にぶつけるかのように右手のカロリーを燃やし続けた。
はぁ…はぁ、7回…!!!
8回…!!!
頭のどこかで警笛が鳴る。
しかし目の前の画面で繰り広げられているくんずほぐれつえっちっちは俺の性癖を貫通してやまないのだ。
ここで止めては…男が廃る…!
命を…………燃やせぇえぇぇぇぇっ!!!!!
…………
………
……
ぷつり、と
暗転、浮遊感。
振り回した手は空を切り、伸ばした足は何も踏むことはない。
「これが…無我の境地…!」
『違うわ!!!このアホ性欲魔人が!!!!!』
「ぉうわぁあぁぁあ?!」
脳内に響く声に驚き身体を固めれば、不思議なことに足は床を捉え、腰は椅子へとしっかり体重をかけている。
おかしいのは見えるものが何も無い真っ暗というだけだが…
『おぬしな、こんなしょーーーーーもない死に方をした人類を転生させる我の身にもなってみんか。いくらなんでも阿呆が過ぎるの…はぁ………』
「んな、えぇ…?えと…どちらさまで…」
真っ暗な空間にポツンとスポットライトに照らされたような空間が出来上がり、そこに心底ダルそうな顔をしたパジャマ姿の金髪ロングの幼女がだらけていた。
人をダメにするソファで。
『あーあー…普段ならもうちょっと…そう、おぬしらの世界の共通認識として1発で"女神"とわかる服装に着替えて来るのだがな…?』
その幼女はゆっくりと、はぁぁぁぁぁ…と大きなため息をつきながら身体を起こす。
『おぬしが口に出すのもはばかられるぐらいトンチキな死に方をするもんでな、我ももうくだらなさすぎてやる気がでんのじゃ…』
「この状況に女神…もしかして、今流行りの…?!」
『ふわぁ…まぁ説明だけはしてやるかの…』
「はい!よろしくお願いいたします!」
『…オタクはこういう時話が早くて助かるの』
そこまで言い終えると、俺を指さして再度口を開く。
『我は世界の理の一部、輪廻転生を司り管理しておる神の一柱、エヴァンテ。早瀬葵…おぬしの魂は他のものに比べ強大な力を有しておる。それ即ち輪廻転生において自らの新たな生の向く先を選択可能な素晴らしいもの…生前から我らのような架空の存在に幾度となく触れてきたおぬしなら理解し得るだろう……しかし!』
「っ、し…しかし…?」
『…おぬしな、その魂の力の源が“行き場のない性欲”から形成されておる事に気づいておるか?』
「はぁ、性欲」
『別にな、性欲は悪い事ではないのだ。性は生、生きとし生けるものとして当然の欲求と言える』
エヴァンテは指を空中でふよふよと動かし絵を描きはじめる。
どこかのテレビかネットかで見た古代の壁画のようなもので、よくよく見ると人と人の営み…つまりはエロい事について表現されているようだった。
「3大欲求って言うくらいですし、それはそうかもしれませんね」
『ただその性欲の形が問題でな………そもそもおぬし、自分がテクノブレイクなる現象で命を落とした事は理解しとるのか?』
「…まぁ大体は。そうだろうとは予想してました」
というか、今現在俺が持ち合わせている最後の記憶はエロゲの画面と自分のチ〇コと愛しの相棒の姿だけだ。
もしコレで「背後から刺されて死んだのだ」とか言われていたら俺は驚きでもう一度死んだかもしれない。
俺が強盗殺人鬼だとしても、少なくとも俺は狂ったようにオナる奴を刺したくないからだ。
『わかっておるならよい。つまるところおぬしは今、有り余る性欲に身体が耐えきれず「転生してでもまだ自慰行為をしてやる」との決意で魂が輪廻を求めここに立っているのだ…』
「俺はそんなオナニージャンキーになった覚えはない?!」
『自慰のし過ぎで死ぬ奴はどう控えめに見てもオナニストだこのたわけが!!!』
「女神様もオナニストとか言うんですね」
『やかましいわ!!!』
エヴァンテはドンッ!と床を強く踏み立ち上がり、はぁはぁと息を荒らげている。
ここで「発情したんですか?」と言えるほど俺は豪胆ではない。ちょっと言いたい。
「…ええと、とりあえず経緯はわかりました。それで俺はどうすればいいんでしょうか…」
『簡潔に言おう。おぬしは性欲を外に向ける必要がある』
エヴァンテは再度指を動かし、人型と矢印をゆらゆらと描く。
↑
←ꐕ→
↓
その絵が見た目幼女の女神様らしくとてもファンシーで癒される。
『今現在徹底的に内側に向いているおぬしの性欲。コレを外側に向けてやらない限り、おぬしの魂は永遠に自慰行為で命を落とし続ける運命を辿る欠陥生物となってしまう………自分で言っててすごい悲しくなるのうコレ…』
「なるほど…外側に向けるにはどうすれば…?!」
『さぁの。それは結局おぬしの問題じゃからの…。おぬしが性欲の向けられる先を自慰以外に見いだせれば、あるいは………お、そういえばこの辺に…』
「…?どうしたんですか?」
エヴァンテは俺の言葉に耳を貸さず、虚空をガサガサと漁っているようだ。
小さく「欠陥に欠陥をぶつけるとは我も知将よのう」とか「扱いに困っておったからの、コレで転生実績も残せて異世界管理部に返却できるのう」とかもうゴミを押し付けられる予感しかしないが黙っておこう。
いま俺に出来ることはオナるというワードを俺の辞書から削除する努力以外何も無いのだ。
それが女神の裁定なら受け入れよう。
きっとエヴァンテも俺の魂の更生のために尽力してくれるはずだ。
しばらくしてエヴァンテは虚空から1つの水晶玉のようなものを取り出し、俺に向かって見せつけてきた。
そこにはファンタジー創作でよく見るドラゴンからスライム、獣耳の女性や自立行動する人型アンドロイドなど、多種多様なオタクの夢が動き回っていた。
「これは………街……?」
『いや、世界だ。しかもおぬしにピッタリのな…ふっふっふ…』
「俺は今からこの世界に転生する…と…?」
『あぁそうだ!』
「剣と魔法があって獣人や魔物がいて感情ぶち上がる大冒険が?!」
『出来るとも!!!テンション上がってきたかの?』
「はい!!!」
俺はこの時、その通りテンションがぶち上がっていた。
何せ目の前で夢にまで見たファンタジー渦巻く世界への切符を差し出されたのだ。
もうそれだけで俺は全てをわかった気になってしまっていたのだ。
“この世界は魔王が支配しているスタンダードなファンタジー世界だ”と決めつけてしまったのだ。
俺はこの瞬間の浅はかな自分を今後約20年にわたり呪い続ける。
『覚悟は出来たか!新たな旅を歩みし魂の迷い子よ!!!』
エヴァンテは声を一段と張り上げ、手に持った水晶玉のようなものから光が漏れ出す。
一体この真っ暗な空間のどこから吹いているのか、目も開けられない程の突風がエヴァンテの金髪をなびかせる。
視界が白に染まり意識が飛びかける頃、鼓膜に響いたのは小さなぼやきだった。
『せいぜい“イき長らえろ”よ、変態』