追放キャンセルおzにいさん
今日も様々な喧騒が聞こえる。
ギルド横に併設された酒場。それが俺の職場である。
ギルドというのは一言で言えば冒険者の集団だ。冒険者が何なのかと言えば……何でも屋だな。薬草を採取し、魔物を倒し、荷車を護衛し、塀の落書きを消す。今日を生きるために仕事をして明日を元気に迎えるため今日の稼ぎを散財する。
真っ当で穏やかな生活を拒んだ荒くれものだ。
かつては俺もその一員だった。
「お前を追放する!」
そんな中叫ばれた一言が、酷くハッキリと俺の耳に届く。
追放。
「またか……」
ここ最近パーティメンバーの入れ替えブームが起きている。
上を目指したい冒険者にとって、自分達の力を高めるためにパーティメンバーを入れ替えるというのはよくあることだ。だがそれもある程度形が決まってくれば収まっていく。
それだけなら問題ないのだが、このブームの最も醜い部分は、対象者を『追放』していることだろう。
追放。その言葉は一人の人間を解雇するには重すぎる言葉。
お前は劣っていて邪魔だと公然と宣言する所業。追放される側になにか問題があったのだろうと否応なく認識させられる呪詛。
追放ブーム……なんて嫌な流行だ。
だが俺は知っている。
世の中にはパーティを追放した側が落ちぶれ、追放された側が目覚ましい活躍をすることもあるのだと。
他ならぬ俺が……あ、ごめんなさい、見栄を張りました。
まぁ、なんだ。冒険者の歴史上、何度もあったことだ。
パーティの構成上、真価を発揮しにくい人だったり。
仕事を一人で抱え続けて、オーバーワークに潰されて動けなくなった人だったり。
裏方仕事が目に見えなかったり。
呪文の効果が実感しにくく、これならアタッカーを増やした方がマシだと思われたり。
単純に嫌われていたり。
多くはコミュニケーション不足が招く、視野狭窄。からの追放。
追放される側は健全な人もいれば精神をやられている人もいる。
ちなみに俺はガチの役立たずとして追放された。ぐうの音も出ない正論までついてきた。俺を追放したパーティはそのまま快進撃を続け、先日ランクがさらに上がったらしい。おめでたいことだ。
正しく追放される側に問題があったパターンである。
恨みなど欠片もわかない。自分でも駄目だったところが分かっている。
そもそも冒険者に向いてなかったんだよなぁ。
追放ブームの説明として自分の例を挙げたが、実際は追放ではなかった。言いたいのは『追放』と言ってもその内実は全く異なることも多いということだ。ほんと、ろくでもない流行だ。
まぁそれは置いておく。
「ちょっといいかい」
問題は今回の追放劇がどのパターンなのかだ。
「なんだよおじさん」
パーティリーダーは少年と言ってもいいほど若い男だった。
「おにいさんな」
ここ大事。分かってるよ。おじさんって言われても仕方ない年齢だってことは。でもおっちゃんだって若くいたいし見られたいんだよ。察して。
追放される側はローブを着ている。魔術師の後衛のようだ。彼もまた若かった。
「君達、ランクは」
「都市級」
「えっ、すごい」
俺が彼らの年齢のころはまだ村級だったのに。……村級のまま冒険者生活は終わったんですけどねハハハ。
「そこまで行っているのにパーティメンバーを追放するのかい?」
「おっさんになんか関係あんのかよ」
「おにいさんね。私が提案するのは、このまますぐに追放するのではなく、一度確かめる期間を設けないかってことだ」
「期間?」
「君たちが彼を追放する理由は?」
「呪術師は期待しているほど効果が無いから。敵は倒せないし、何をしているかサッパリだ。それなら遊撃役の誰かを入れた方が役に立つだろ」
「なるほど」
おにいさんには関係ないだろと言っているのにきちんと説明してくれるあたり、彼らは純粋で至極真っ当なパーティである。
そんな彼らが追放という形をとったのは……何か周りから言われたのだろうか。それともこの謎ブームを何度も見て、それ以外の形が無いと思っているのだろうか。
「どうせパーティを入れ替えたいというのなら、どうだろう。一度……いや、一週間。彼を抜いた状態で仕事を受けてみたらどうだろう」
「は? それに何の意味があるんだよ」
「彼が本当に要らない人材だったのかを見極められると思うよ」
「いや、それはもう分かってるんだよ」
「まぁまぁ、どうせすぐに追加メンバーなんて決まらないんだから、物は試しと思って」
「……分かったけど。その間こいつはどうすんだよ」
件の彼はこの間一言も喋っていない。口をパクパクしているが、声が出ていない。……いや、よくよく耳を澄ませばボソボソと何かを言ってはいる。
コミュニケーションに難ありパターンですね分かります。
「あー、そうだなぁ。酒場でアルバイトでもする?」
小さな声で無理だと返事が来たが、本当に「無理」だったのか分からないくらいの声量だったので「はい」と認識してバイトゲットしました。
一日後。
小さな声量は酒場ではほとんど意味が無く、まずは発声練習をさせた。そのあとに冒険者が汚していった机や床の清掃業をお願いした。
俺の数少ない仕事をさせたおかげか、俺は酒場のマスターにコツンと叩かれた。足を踏んでお返ししてやった。彼はそのやり取りをみてクスクスと笑っていた。
さらに一日後。
小さすぎた声量は多少マシになった。度胸も少しだけ付いたが、冒険者をするには気弱過ぎる。
手先は器用ではないようで、料理の類は出来なかった。とりあえず注文を受けさせて、その度大声でマスターに注文を伝えることを徹底させた。
喉が枯れそうだと言っていたので、飲み物をおごってあげた。喉に優しい果実の汁をふんだんに使った……高濃度の酒を一口飲んで吹き出し、俺に向かって大声で「信じられない!」と叫んだ。
いい声を出せるじゃないか。
俺はカッカッと笑い、マスターに拳骨を受けた。甘んじて受け入れた。お返しは脛蹴りだ。受け取れ。
さらにさらに一日後。つまり件の出来事から三日後。
バンと大きな音を立てて若い冒険者が酒場になだれ込んできた。
「シィィィドルゥゥゥゥ!! ごめぇぇぇぇん!!」
彼は酒場のバイトを辞め、元のメンバーと冒険者に復帰した。
さて、なにがあったのかと言えば、簡単なことだった。
彼は呪術師である。呪術師の役目はデバフ……負のステータスを付与する効果だ。
味方に正のステータスを付与する付与術師は掛けられた側も実感しやすい。
敵を攻撃する魔導士も目に見えて役目が分かる。
対して呪術師は役目が分かりにくい。なんとなーく相手の動きが鈍くなったり、なんとなーく相手が攻撃の芯を外してくれたり、なんとなーく先制攻撃しやすくなったり、そんな『気がする』程度の効果。
それはともすれば自分たちが少し成長したのだと勘違いしてしまう程度の、些細な効果。それでもその効果は確実に効果を出していたのだ。
敵に攻撃が当たりやすい。敵の攻撃を流しやすい。無駄な戦いを減らせる。そんな積み重ね。
たった一日だけの確認では気のせいで済ましてしまっただろう。一週間でも短いくらいだ。だが彼らは三日で彼の重要性に気が付いた。とても素直だ。あのパーティは強くなる。
では彼に非はなかったのかと言えば当然そんなことはない。声が小さく、主張がまるで足りなかった。
これは呪術師特有の癖みたいなものだが、彼らの多くは声が小さい。特に戦闘中であれば余計に声が小さくなる。
呪術師はどの味方の攻撃よりも先に術を使う。敵を避けるときはこちらの認識を阻害するために。攻撃するときは先制の一撃を確実に、より強く当てるために。それが最も効果的な呪術の運用だからだ。
呪術を大声で叫んで敵に察知されては意味がない。だから術を使う時は敵に気付かれないように声量を落とす。そんな戦闘をずっと続けていると、普段も声を潜めてしまう傾向が強くなる。
彼の声が殊更小さかったのはそういう理由があった。とはいえ、それでは支障が出てくるから発声練習をさせて声の張り方を思い出させたのだが。
さらに言えばポーションといった消耗品の類も彼が購入していたらしい。敵を倒すと言った目に見える貢献が出来ない分、少しでも別の形として貢献したかったのだという。
だがその貢献は誰が行ったのか把握されていなかった。
他のメンバーはリーダーがやったのだと思い、リーダーは人一倍気が利く聖術師がやってくれていたのだと勘違いしていた。彼の声の小ささと主張のなさから考えれば納得出来る。少なくとも今後はそんな事にはならないだろう。
一日目にはおや、何か普段と違うぞと感じ。
二日目には何かおかしいぞと全員で話し合い。
三日目に確信を得て、謝罪に来た。
彼も主張が足りなかったと謝罪し、彼らは無事パーティメンバーを変えることなく冒険者を続けることとなった。
俺は「後輩が三日でいなくなっちまった」と黄昏ながら、彼の姿を見送りながら自分の昔の姿を思い出していた。
パーティを追い出された時の思い出に浸りながらゴシゴシと机を拭いて暇をつぶしていると、ギルドの外から「お前にはうんざりだ!」と声が聞こえてきた。酒場の窓から丸聞こえよ。
「またか」
どれどれと耳を傾ける。
「お前がバーン! って言ったんじゃねぇか! だから望みどおりに爆裂矢を撃った!」
「あれじゃバーンじゃなくてドーンだろうが! 分かれよそのくらい!」
「分かるかバカ野郎! お前この前ドーンは強撃だったじゃねぇか! 指示は統一しろ! 正しく出せ!」
「敵の感覚で分かんだろうが! お前以外皆上手くやってるんだよ!」
「逆にこえぇよ! お前の雑指示で上手くやれているあいつらが!」
……あぁ、なるほど。悩むまでもなく分かった。
感覚派の集団の中に理論派の後衛アタッカーが居るのだ。
これはもうどうしようもない。
大体冒険者なんてやっている奴らの多くは大雑把だ。その中でも特に大雑把な連中ってのは居るもので、それが不思議と上手くまとまっているパーティってのもある。
そんな中に違う感覚の奴が一人居ると途端にリズムが狂ってガタガタになる。
「追放だ追放! お前みたいな分からず屋はうちには合わん!」
「おう出てってやるよ望みどおりに!」
「お、ちょっといいか」
窓を開けて彼らに話しかける。
「あんだ!?」
「なぁ、それを『追放』って言うの止めてくれない?」
結果、『追放』は撤回され、『パーティ解消』となった。文字から受ける感覚と言うのは馬鹿にできない。こういった草の根活動を続けて追放という言葉を駆逐していくのだ。……あまりにも効果が無く、先が長すぎて嫌になるが。
とりあえず彼をギルドで引き取った。
引き取ったが、今の彼に紹介できる冒険者パーティは無かった。理論派は既に完成しきっている集団ばかりだし、新人だとレベルが合わない。感覚派だと再び同じことが起こるだろう。
ならばギルドの書類仕事でもやらせるかと思ったが、呆れるほどに字が汚かった。『自分が分かればそれでいい』と主張でもしているのか、いつの時代の象形文字ですかこれ? と問いたいくらいだった。というか問うた。
返事は「馬鹿にしているのか!?」……いや、本気で疑問なんですよこれがまた。これが共通言語であるという事が信じられない。絶対俺の知らない文字だよこれ。
理論を組み立て実践するのは得意でも、それを人に見える形で残すことはしてこなかったのだろう。
どうしようかと酒場のマスターと話していると、興味深げに酒の棚を眺めているのが目に入った。
「……酒、作ってみる?」
「いいのか?」
「ある程度の基本は教える。マスターが。そっから先は知らんが、試してみるだけならいいだろ」
「また勝手に……」
マスターにデコピンされた。お返しに「そこの机の角に小指ぶつけろ」という思念を送っておいた。
「だって俺ぁ酒作れねぇし」
「……まぁ、別にいいけどさ」
……結論から言えば。
彼は冒険者を辞め、バーテンダーとして正式雇用となった。
ある程度基本を学んだ後、自分で配合を少しずつ弄って『理想の味』を突き詰めるのが楽しかったようだ。
なんだそりゃ。俺はため息を吐きながらモップを動かした。
ごしごし。
ごしごし。
かつて仲間から言われた一言を思い出す。
『お前、冒険者に向いてないよ』
その通りだ。
『だから』
あぁ、まったくその通りだった。
ごしごし。
ごしごし。
あの時の仲間の言葉がなかったら、俺は今こうやって働いていなかっただろう。
ごしごし。
ごしご「お前なんか追放だー!」またかよちくしょう。はやすぎんだろ。
「仕事だよ」
コップを拭きながら、マスターが顎で外を指す。掃除係に何をさせようというんだ。
「はいはい」
それでもマスターに言われるまま、件の声がした方に足を向ける。
「調整役ってのも楽じゃないね」
俺はギルドの特設課。
誰が始めたかも知らない追放ブームを対策するために作った特別な場所。
『俺等を扱う側に回ったほうがいい』
そう言ったかつての仲間と冒険をしていたのは、もう二十年も昔の話だ。
外の連中に声をかけると、「うるせぇぞおっさん!」
唾と一緒に罵声をくらった。
「お・に・い・さ・ん! だ!」
普段はしがない酒場の従業員をしている。
「それは流石に無理があるよ。マスター」
おいおい。
酒場のマスターは、君だろう。
一介の冒険者にはあまり顔を知られていないギルドマスターが居るらしい。