女子大生と留学生は雪に降られる
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
受講していた地域社会学の講義を終えたので、私こと蒲生希望はゼミ友と一緒に校舎を後にしたの。
「うわあっ!寒いよ、蒲生さん!」
堺県立大の本部キャンパスを吹き抜ける、強烈な木枯らしの風。
その寒波の洗礼に、隣を歩いていた友達が悲鳴を上げている。
流暢で発音も正確だけど、少しだけ訛りの感じられる日本語だった。
この僅かな訛りが異国情緒を感じさせて、実に可愛らしいんだ。
「大丈夫、美竜さん?天気予報じゃ、今年一番の寒波と言ってたよ。」
吹き荒れる空っ風が収まるのを待ってから、私は友達である王美竜さんの方へ向き直ったの。
台湾からの留学生には骨身に染みるだろうなぁ…
「話には聞いてたけど…こんなに寒いんだね、日本の冬って。」
そう言って愚痴をこぼす美竜さんの寒さに震える姿は、教科書に載せたくなる程に分かりやすいものだったの。
しなやかな肢体は暖かそうな紺色のハーフコートに包まれているけど、スカートから延びる黒タイツの両脚がブルブルと震えていたし、ややエキゾチックな細面の美貌は紙みたいに真っ白になっていたの。
しかし何より注目すべきは、歯の根が合わなくなった口元だね。
小刻みに震える度にガチガチと音を立てて、まるで獅子舞じゃないの。
「プッ…アッハハ!」
それがあんまり面白いから、見ていて思わず吹き出しちゃったんだ。
「あっ!ちょっと、蒲生さん!笑うなんてひどいじゃないの!?」
至極当然だけど、この反応は美竜さんを怒らせちゃったね。
「ゴメンゴメン、美竜さん…だって、歯をガチガチさせてる美竜さんったら、まるで獅子舞みたいだから…」
「あっ!獅子舞はひどいよ、蒲生さん…そこは出来れば、春節の龍舞と言って欲しかったなあ。」
紅潮させた頬をプクッと膨らませて、柳眉もキッと逆立てちゃってさ。
さっきまでガタガタ震えていたのと同一人物とは、とても思えないよ。
でも、この反応が見ていて飽きないんだよなぁ。
「とにかく、今のは私の逆鱗に触れたからね。この王美竜を獅子舞呼ばわりだなんて…眠れる獅子を怒らすと怖いんだよ。」
「へえ…どうなっちゃうの、美竜さん?」
だから私も、ついつい乗っちゃうんだ。
所謂、売り言葉に買い言葉って奴だよ。
「思いっきり噛みついちゃうんだから!何でも砕く、獅子の牙でね!」
美竜さんったらグッと歯を剥き出しにさせて、殊更に大きな歯軋り音をガリガリと立て始めたんだ。
切れ長の瞳をカッと見開き、白い細首をグッと突き出して。
まるで本物の獅子舞みたいだよ。
「こうやって、ガブガブッとね!」
まあ、美竜さんが本気で怒ってる訳じゃないのは、一目瞭然なんだけどね。
冗談混じりの威嚇だって、重々分かってるよ。
「おお…くわばら、くわばら!それでは先程の逆鱗を逆撫でする事で、何卒お許し願いますか!」
だから私も美竜さんの後ろをソッと取り、白い喉元を軽く一撫でしたんだ。
「はうんっ!」
次の瞬間、ガチガチと騒々しい歯軋りを鳴らしていた美竜さんの口から、鼻にかかった甲高い嬌声が飛び出したの。
「おっ!良いね、美竜さんの逆鱗って!」
白い喉元の皮膚はきめ細やかで柔らかく、手触りはツルンと滑らか。
思わず私は歓喜の声を上げちゃったんだ。
「今の美竜さんの声、いつもより可愛いよ!こりゃ意外と遊んでるな?」
「遊んでるのは、蒲生さんじゃない!」
打てば響くような、美竜さんの突っ込み。
この丁々発止の遣り取りが、本当に愛おしいよ。
こうしてじゃれ合いながら歩いているうちに、私と美竜さんの身体は徐々に温まり、白鷺門の辺りに来る頃には、もう寒さなんか気にならなくなってきたの。
まあ、全く感じない訳じゃないんだけど、私達の関心は寒さ以外の物に移っていたんだ。
「雪…?」
私の赤いコートに舞い降りた、白い点。
それに気付いて顔を上げてみると、空を覆う灰色の雲から、雪が舞い降りていたんだ。
キャンパス内の緑化を目指して植えられた桜並木にも、硬質な石畳にも。
そして、私と美竜さんの2人にも。
白く澄んだ雪は、等しく穏やかに降り注いできた。
「雪だ!雪が降ってるよ、蒲生さん!」
切れ長の瞳を輝かせ、物珍しそうに左右を見回す美竜さん。
その無邪気な声は、まるで子供みたいに甲高く弾んでいたの。
「私の地元じゃ雪は滅多に降らないからね…本物の雪だるまもなかなか作れないの。だから日本の雪景色には、風情を感じちゃうんだ。」
「そっか…美竜さんの地元、台南だったよね?」
温暖な台湾の中でも特に温かい地域で産まれた美竜さんにとって、雪は物珍しい物なんだね。
-堺産まれの私が見る以上に、きっと雪景色を美しく感じられるんだろうな。
それに気付いたら、美竜さんの事が急に羨ましく思えてきたよ。
ところが、私のロマンチックな物思いはあっさりとぶち壊されてしまうんだ。
それも他ならぬ、美竜さん自らの手によってね。
「どうかな、蒲生さん?これからキュッと一杯、呑みに行こうよ!」
満面の笑みを浮かべて示す、御猪口を傾ける仕草。
名は体を表すというのか、美竜さんは大酒飲みのウワバミなんだよね。
「言い回しがオジサンだよ、美竜さん!」
私が突っ込みを入れても、飲酒モードに切り替わった美竜さんは、まるで意に介さない。
「そうかな?雪見酒ってのも風情があるよ。四季を愛でながら一献傾ける。日本の心意気って、素敵じゃない?」
雪を愛でた上での発言なんだね、美竜さん。
話に筋が通っているだけに、何も言えないや。
同じ景色を見ていても、考える事は人それぞれ。
世の中って、本当に奥深いな。
こうなった以上、今日は美竜さんとトコトン飲み明かそう。
獅子じゃなくて、今日はウワバミになるんだろうな、美竜さん。
そのまま大虎になった時が、本当に面倒だけど…