サンタ、少子化問題に取り組む
/世界中で同じことわざがある。英語だと、Two can live as cheaply as one、日本だと、一人口は食えぬが二人口は食える。いっしょに暮らせば、家賃半減、収入倍増。/
ぴーんぽーん。
「はーい。あ、サンタさん? いま開けますっ」
がちゃ。
「おい、きみ! 頭、だいじょうぶか?」
「?」
「そんなすぐに開けていいのか? 世知辛い年末だぞ。もしサンタに扮した押し込み強盗だったら、どうするんだ!」
「はあ……」
「まあ、いい。うーっ寒い。とにかく上がるぞ」
「ええ、どうぞ」
「うーん、まったく殺風景な部屋だな」
「はあ、すみません」
「とはいえ、そこそこ片付いているのは悪くないな」
「あんまりモノもないもんで」
「趣味とか無いのか? 趣味とか!」
「散歩かな。あとはテレビ……」
「ずいぶんカネがかからん趣味だな」
「はあ、あんまりカネもないもんで……」
「ん、それはなんだ?」
「あ、こたつです。よかったらどうぞ」
「うむ。で、きみの飲んでるそれは?」
「チューハイです」
「アルコールだな。きみは、それで客をもてなさんのか?」
「あ、はい。でも、えーと……」
「なんだ、もう無いのか?」
「いや、そうじゃなくて、この時間、まだお仕事中じゃないかと……」
「かたいことを言うな」
「でも、ソリでしょ」
「うむ、下のアワーズ24に停めてある。長居はできん」
「まだ運転するんでしょ」
「だいじょうぶだ。いまどき自動運転だから」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「ちっ!」
「はい、ミルク。レンジで暖めました。クッキーが無いんで、柿のタネですけど」
ぼりぼり。「うーん、これ、スパイシーで悪くない」
「気に入っていただけてうれしいです」
「で、なんだ、きみ、今年はなにがほしい?」
「え、この年で、まだなにかもらえるんですか?」
「いや、だって、きみ、まだわたしを信じてるんだろ? わたしが見えるんだろ?」
「……ええ、まあ……」
「だいいち、きみ、あれだ、きみはまだ『良い子リスト』に名前がある」
「へぇ、そうなんですか?」
「きみ、もう表彰ものだぞ。そんな馬鹿は世界でも多くないぞ」
「てへへ」
「いや、ほめてるんじゃない」
「はあ……」
「で、なんかほしいものは?」
「うーん、テレビもあるし、冷蔵庫もあるし、レンジも、エアコンもあるから……」
「クルマとかどうだ?」
「あー、でも、維持費が。行くあてもないし」
「じゃあ、温泉宿泊券」
「休み、取れないんですよ」
「あのさ、嫁さん、どうだ?」
「え! なに言ってるんですか。ははは」
「いや、まじで」
「ぼくなんか、まだペイペイですよ。ムリでしょ。そうでなくても、いままでだれにも相手にされたこともないんですから」
「でも、好きな人とかは、いるんだろ。ほら、人事の中村さん」
「な、なんで……。いや、たしかに同じフロアだし、会社の前のコンビニでよく会うし。でも、あいさつくらいしかしたことないから……」
「あの人、どう?」
「どう、って、どうもこうも……」
「ほらほら、な、好きなんだろ? 正直に言っちゃえよ」
「あのー、サンタさん、ミルクで悪酔いしてませんか?」
「どうなんだ? 好きなんだろ」
「そりゃ、好きですよ。かわいいし、やさしいし、ちょっと変わってるし」
「ほらぁ、やっぱり大好きなんだ」
「いや、だけど、話したこともないんですよ」
「いいな、若いってのは、うん」
「からかってるんですか? そんなことしに、来たんですか?」
「まぁまぁ、ほれ、この袋の中」
「なぁんだ、ぼくのプレゼント、決まってるんですね」
「開けてみ」
「じゃーん! なっかむらでーす!」
「……な、中村さん、な、なにしてんの?」
「えーと、さっきサンタさんにさらわれて」
「ダメだよ、この子。きみとおんなじで、ドア、すぐに開けたんだよ。危ないから、連れてきた」
「え、サンタのかっこうしてるっていうだけで、すぐにドアを開けちゃったんですか? そりゃダメだよ」
「きみが言えた義理じゃなかろう」
「……はい」
「で、あと、よろしく」
「え! どういうことですか?」
「いや、この子もいまだに『良い子リスト』の常連でね。いいかげん、もう、さ……。とにかく、この子、置いていくから」
「え? それは、ちょっと……」
「あー、ほら、もう! こうなるから、わたし、やだって、ウェーん!!!」
「いやいやいや、やっぱり、こんなの、あまりにむちゃでしょ」
「ま、とにかく、この子にも、きみの飲んでるの、あれ、出しなさいよ」
「あぁ、そうですね」
「うーっぷ、で、どうするんですか! せっかく来たわたしを追い返すんですか!」
「あー。これ、一気飲みしないほうがいいよ。すぐ廻るよ」
「うーん、この子、ちょっと酒癖には問題があるな。だが、さっき聞いたら、きみんとこなら行くって言ったんだ。まだ、そんときはシラフだったんだし」
「でも、来られたって、ぼく、まだ家族を持てるような身分じゃないですから」
「手取りも知ってます。わたし、人事ですもん!」
「いや、だったら、ムリなの、わかるでしょ」
「あのな、きみ、昔から、一人口は食えぬが二人口は食える、って言うんだよ」
「それ、日本のことわざでしょ」
「ちがう! 世界中で同じことわざがある。英語だと、Two can live as cheaply as oneって言う。だって、きみたち、いっしょに暮らせば、家賃半減、収入倍増だよ」
「……」
「な、いい話だろ。このまま、もう夫婦っていうことで」
「だけど、ぼく、中村さんと話もしたことないんですよ」
「え! わたしと話をしたことがない? えーと、そうだっけ?」
「いや、いや、そうでしょ。それに、御家族にもごあいさつしてないし」
「あ、それは、心配ない。もともと、きみの御両親に頼まれてね、だれか良い人を紹介してくれって。そしたら、このお嬢さんの御両親も同じような話で。二人、同じ会社なんだろ? 二人ともいい年して、いまだにサンタを信じてるなんて、まさにぴったり、って、もう両家納得済みで大歓迎」
「本人たちより前に?」
「そう。そういう方がうまく行くって」
「ひどいなぁ」
「どこがひどいんですか! だいたいあなたがもっと積極的に、今日だってあなたが誘ってくれていれば、わたしは、わたしは、ウェーん!」
「この子、飲ましちゃダメだったな」
「そうみたいですねぇ……」
「ま、なんにしても、もう置いてくから」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。式を挙げられる貯金だって無いんですから」
「きみ、だれに言ってんの? わたし、サンタだよ。ほんとは、聖ニコラウスっていう神父だよ。結婚の祝福をするのに、いちいちカネなんか取らんよ」
「でも、指輪とか」
「そこのティッシュ、取りなさい。ほら、くるくるくるっと。このコヨリで十分だ。まぁ、いいのは、余裕ができてからにしなさい。それと、ほら、もいちど袋の中、見なさい」
「あ、婚姻届ですか……。ずいぶん用意がいいですね」
「ほら、お嬢さん! そこで寝てないで、ちゃんと横に座って!」
「あ、は、はい」
「じゃ、始めるよ。
あなたがたは、喜びの時も、悲しみの時も、
病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、
これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい」「はい」
「うむっ、これで二人は夫婦だ。後はここに名前書いて、役所に出すだけ。証人は、わたしと、きみたちの会社の前のコンビニの店長。もうサインはもらってある。それに、やっぱりね、おめでとう、って、これ、くれた」
「うぁ、クリスマスケーキですか」
「あ、わたし、食べたい」
「ちょっと待て。先に役所に行ってこい。夜間窓口なら開いているぞ。あ、そうだ、途中まで乗せてってやろう。さ、二人とも、コートを着て」
おわり