つんつんな、きみへ。
お隣のしろう君は、いつも、なにか我慢してるんだ。
お買い物について行くときも。
保育園まで送ってもらうときも。
もちろん、迎えに来てもらうときも。
いつもいつも、なにか我慢してる。
「ねぇ。どうして、しろう君のお迎えはいつもおばあちゃんなの?」
ママに聞いたら、「ううん……」って、困った顔をしてた。理由はすぐに教えてくれた。
次の日。
やっぱり、しろう君は保育園に来てもだんまり。だれともお喋りしないで、お庭のすみっこ、真っ赤な紅葉を見上げてぼうっとしてた。
それを、わたしはお遊戯室の窓から見てた。
――しろう君のお母さんはね、むずかしいご病気なの。いまね、とっても遠い、大きな病院にいるからなかなか会えないの。
ママの声を思い出す。
――だからね。そうっとしてあげてね。しろう君、すごくお利口さんなんですって。お隣のおじいちゃんやおばあちゃんに、全然わがまま言わない、いい子なんですって。
(わがまま)
じゃあ、わたしは? って聞けば良かったのかな。わたしもいい子になりたい。でも。
うんうん考えてもわからなかった。
気がついたら、お庭にわたしも飛び出してた。
うしろから、仲良しのサツキちゃんが呼んでたけど「ごめんね、あとで!」って手を振っておく。
しろう君は、まっすぐ走って来たわたしを見てびっくりしてる。
はぁ、はぁ、と息がきれた。「あのね」
「……なに?」
むっ、とした。
ほんと、感じがわるい。つんつんしてる。
どこが『いい子』? よくわかんない。けど、このままじゃいけない気がした。わたしは、しろう君の袖を引っぱってみた。
「いっしょに、あそぼ? あのね、先生があそこで、黄色いイチョウの……しおり? っていうの。作ってくれたの。絵本にはさめるんだって。おうちに持って帰ってもいいよって。しろう君も作ろう? ここの葉っぱ、キレイだもん。きっと、すてきなおみやげになるよ」
「なんで――」
「おうちの! おばあちゃんでもいいし、おじいちゃんでもいいの。もっともっと、あげたい人がいれば、その人にあげようよ。もったいないよ、せっかく」
…………せっかく?
ぐっ、と言葉につまった。
園のなかで、ここの葉っぱが一番赤くてキレイなの、知ってるから? 落ちたら、もったいないから??
うんうん悩むわたしに、しろう君は口をへの字にして息をついた。知ってる。これ、『ため息』っていうんだ。ついたら幸せが逃げるよってパパが言ってた。ほんとにそうだと思う。
……むしゃくしゃしちゃって、言おうかな、て思ったけどやめた。
かわりに。
足の近くに落ちてた、真っ赤な葉っぱとわたしが使おうと思ってた、とっておきの黄色い葉っぱもかさねて、差し出した。
「?」
「あげる。あのね、パパが言ってた。わたしがしょんぼりしてると、みんなが心配するよって。しょんぼりしちゃダメってことじゃないの。お話してほしいって」
思いきって、ぶらんとした手を握ってみた。
ずっと外に立ってたからだよね。つめたい。――さっさと引っぱって、連れてかなきゃ。
「ぼく」
「だめ。わたしが、気になるの。いつもいつも、しろう君、つんつんしてるもの。ママも先生たちも変よ。『偉いね』って。お喋りしないのが偉いの? わがまま言わないいい子だから? しろう君、こんなに我慢してるのに。『そぅっと』なんてできないよ」
だから。
行こう? と言おうとしたら、しろう君は、顔をくしゃくしゃにして泣いちゃった。
かなり、びっくりした。これじゃあいじめっ子だ。――怒られちゃう!
「~~!! わっ、ごめっ……!」
「うっ、うぅぅ」
ぽたぽた、ぽたぽた。
しろう君の、ぎゅっとつむった目から落ちる涙を、おろおろしながら見てた。
(どうしよう……、そっとしなきゃいけなかったのって、こういうこと???)
ちょっと、がっかりし始めたころ。
しろう君は袖でぐいぐい顔をぬぐって、きっぱりと顔を上げた。
「ごめん。えっと……」
「りお、だよ。まつい、りお」
「うん。りおちゃん」
――――それから。ぽつり、ぽつり、しろう君はお母さんのことを話してくれた。
前に会えたのは、近くの病院にいたとき。
まだそのときは、夏だった、て。しかも、去年。年中の黄色バッジだったときだって。
不思議だった。
お話を聞いてるうちに、しろう君からとげとげした感じがなくなった。むしろ、これでやっと普通のしょんぼりだ。
よし、と、わたしは頷いた。
「――ね、ひょっとして。しろう君のお母さんって…………」
ひらめいた考えが、きっと大当たりでありますように。
* * *
それから。
しろう君は一生懸命がんばったらしい。わたしたちはもうすぐ小学校に行く。そしたら、字の読み書きだってできなきゃいけないんだよ? って。あのときの、わたしのお説教がばっちり効いたのかも。あっという間にひらがなでお手紙が書けるようになった。
毎日、園のお休み時間。わたしたちは、くすくす笑いながら「お手紙ごっこ」をする。サツキちゃんも、ときにはゴロウ君も一緒。
「こんにちは」から始めて、あとは思ったこと、あったこと。お話したいことをどんどん書けばいい。ママが読んでくれた絵本で、なかなか会えない仲良しの子にお手紙をいっぱい書くの。そんなお話があったことを、ふっと思い出して。
――――きっと。
しろう君のお母さんは、しろう君がまだ字を読めなかったときのことしか知らない。きっとびっくりするだろう。びっくりして、絶対お返事をくれるんだ。まちがいない。
わたしは、しろう君へのお手紙に、あのときの二枚の葉っぱをはさんで入れた。
“しろうくんへ
こんにちは。とっても、おてがみ じょうずになりました。ごほうびに、このはっぱを あげましょう。
しろうくんのママにあげてください。ほいくえんのこと、いっぱいおしえてあげてね
りおより”
あんなに、つんつんしてたのは、やっぱり我慢してたからなんだよ。だって、ほんとのしろう君はこんなにもやわらかい。にっこりと笑ってくれる。
わたしもあるよ、そんなとき。
そんなときってね、ほんとは、ぎゅっとしてほしいだけなんだ。
――うまく言えない。
そんな気持ちをいっぱいつめ込めて、わたしはお手紙と葉っぱを入れた袋の口をていねいに、のりでくっ付けた。