紋章がもうひとつありました。
( ゜ー゜)テケテケ(第九回でございます)
<怪我はないようじゃな>
ルルスファルドがリィフの顔をのぞき込む。
「うん、ありがとう」
細かいことはわからなかったが、とにかくルルスファルドの力を貸してくれたおかげだろう。
「それで、どうなってるの? ぼくの身体」
指示された通り、ルルスファルドの右手に浮いた『転生賢者紋』に触ってみたが、そこから先は無我夢中で動いていた。
<儂の『転生賢者紋』を叔父御殿に移したのじゃが……>
ルルスファルドは妙に難しい顔で言った。
「うん」
そのあたりのことは一応わかる。
ルルスファルドの右手にあった黒いアザが消え、自分の右手の甲に、ルルスファルドにあったものと似たアザが浮かび上がっていた。
全く同じではなく、ルルスファルドの手にあったときより大きく、複雑になっているようではあるが。
<ちと、予想外のことが起きた。左の袖をまくって見よ>
「左?」
ルルスファルドの意図が読めないまま、リィフは左の袖をまくる。
おかしなことになっていた。
「なにこれ」
金剛石のように輝く、壮麗な紋章が左腕全体を覆う形で浮かび上がっている。
<身に覚えはないのじゃな?>
ルルスファルドは眉根を寄せて言った。
「ぜんぜん。これも、『転生賢者紋』?」
強力な紋章なので、左腕にまで発現してしまったのだろか。
<いや、もとから叔父御殿が持って生まれたものじゃろう。生まれて間もない頃に封印され、それが『転生賢者紋』の影響で解放されたようじゃ>
「封印?」
<うむ>
ルルスファルドはうなずいた。
<おそらくじゃが、恐れられたのじゃろう。その紋章は『神槍紋』。儂の知識が正しければ『神格紋』、世界で五指に入る格の紋章じゃ……親父殿が持っているのは『恩寵紋』だと思ったが、間違いないかの?>
「うん」
ルルスファルドの今生の父親、マールゥト侯爵ジュノーが持っているのは『恩寵紋』である。
<儂の勝手な分類じゃが『恩寵紋』は四等紋、『神槍紋』は一等紋じゃ。親父殿の『恩寵紋』より、叔父御殿の『神槍紋』のほうが遙かに格上じゃ。兄の紋章より年の離れた弟の紋章が格上というのでは、いろいろと話がややこしくなる。それをどうにかするためには、儂のように赤子のうちに殺すか、紋章自体を封印してなかったことにするしかない>
「誰が、そんなことを……?」
<疑わしいのは親父殿じゃろう。証拠があるわけでもないので邪推に過ぎぬが>
ルルスファルド本人の言う通り、邪推に過ぎないが、説得力を感じた。
リィフが生まれたとき、兄ジュノーはマールゥト家の当主の座にあり、『戦士紋』という紋章を持つ長子カイトがいた。『戦士紋』は『恩寵紋』より一段劣る紋章らしいので、『神槍紋』より低ランクということになる。
長男やその長子より、格上の紋章。
マールゥト侯爵家の安定を脅かす存在であろうことは、リィフ本人にも容易に想像できた。
ルルスファルドのように投げ殺されなかったのが不思議なほどだった。
「……もしかして、まずいことになってる?」
見るからにとんでもない紋章だ。
ジュノーに知られたら厄介なことになりそうだ。。
<そうじゃな>
ルルスファルドはうなずいた。
<『神槍紋』が目覚めたと知れれば、親父殿は叔父御殿を消そうとするかも知れぬ>
まさか、と言いたいところだが、否定はできなかった。
すでにジュノーは『邪黒紋』の持ち主である実の娘を投げ殺している。
『神槍紋』を解放してしまったリィフを危険視し、殺しに来る可能性は充分に考えられる。
<まぁ、今の叔父御殿を消せる者が親父殿の周囲にいるとも思えぬが>
ルルスファルドはのんびりと笑う。
「そうかも、知れないけれど」
実際、異常な力を感じさせる紋章だ。
リィフの甥、ルルスファルドの兄にあたるマールゥト家次期当主カイトは『戦士紋』という紋章の持ち主で、ひとりで千の兵に値すると評されている。
『神槍紋』はそれより上位の紋章だ。刺客を一人二人、いや十人二〇人くらい送り込まれてもどうということはないような気もする。
実際に振るったこともない紋章の力をそう高く見積もるのもおかしい気がするが、生物としての直感は、そう言っていた。
「ぼくは、僧侶だから」
誰とも争わずに生きていけるほど、この世界は平和ではなく、清浄でもない。
それでも、血を流したり、傷つけ合ったりすることは避けたい。
世界から痛みや争い、苦しみを減らすのが僧侶の仕事だ。
くだらない争いで死人や怪我人の山を作り上げてしまっては本末転倒というものだろう。
<然様か>
ルルスファルドは穏やかに言った。
<では、『転生賢者紋』の力で偽装をしておこう>
左腕の『神槍紋』の光が弱まり、次いで紋章そのものがかき消えた。
「消えた?」
ついでというわけではないが『転生賢者紋』のほうも見えなくなった。
<見えぬようにしただけじゃ。紋章の力そのものは変わっておらぬゆえ、立ち振る舞いには注意することじゃ>
「ありがとう」
<気にせずとも良い、元はといえば、儂に関わったことが発端じゃ>
「ううん」
リィフは首を横に振る。
「ルルスファルドは悪くない」
ただ、生まれ変わってきただけだ。
前世になにをやっていたかわからない部分はあるものの、今生においてはなにもしていない。
発端というならば、ジュノーの暴挙を言うべきだろう。
そう考えたところで、大事なことを思い出した。
「……そういえば」
<なんじゃ?>
「ルルスファルドは、祟るの? 侯爵様に」
うらめしや、と言っていた。
<そのつもりじゃが……止めるかや?>
「わからない」
考えた後、そう答えた。
一般的に言って、殺し合いや復讐は良くないことだ。
だが、ルルスファルドは何もしていないのに殺されてしまった。
きちんとした法に基づいた裁きができるならば、裁きの場に訴え出るべきだが、侯爵ジュノーは法を司る側の人間で、法で裁くことはできない。裁く法もない。
法による報いを受けない相手に対し、法の外で復讐してはいけませんというのは、話の筋としておかしいように思える。
「止める権利は、無いと思う。でも、応援や賛成もできない……狡いけれど」
はっきりした答えは出せなかった。
<それで良い>
ルルスファルドは微笑んだ。
<中立であってくれるだけで充分じゃ。儂が殺されたのは、儂と親父殿の問題じゃ。なに、すぐ殺しはせぬ。儂を殺したことを後悔し、絶望する時間程度は与えるつもりゆえ、そう焦ることはない。安心するがよい>
――安心していいのかな? それは。
そんな疑問を覚えたが、「ひと思いに殺してあげて」というのもおかしい気がする。
結局何も言えなかった。
口に出さなくても、伝わってしまっているようではあるが。
( ゜ー゜)テケテケ(お読み頂き有り難うございました)
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次回更新は22時となります。