紋章を譲り受けました。
( ゜ー゜)テケテケ(第八回でございます)
紋章喰らいの大剣を受け止めたのは、リィフの手にあった金剛杵だった。
先刻までの不格好な光の棒ではなく、左右に二本の副刃が突き出した金色の十字槍のような形に変化している。
柄の長さは二メートル、穂の長さは六〇センチほど。
左右に伸びた副刃の部分で大剣を受け止めた形だ。
――止められた?
狙い通りではあるが、狙い通りに行ったことにリィフは少し戸惑う。
ルルスファルドの紋章に触れた瞬間、身体の内側、主に左腕のあたりから魔力が溢れ出して、不格好な金剛杵が金色の十字槍に変わった。
腕力が跳ね上がっているようだ。
第二撃の時のように吹き飛ばされることもなく、余裕をもって大剣を受け止められた。
それも、ルルスファルドを片手に抱いたままで。
紋章喰らいが後方に飛び下がる。
リィフもまた下がり、ルルスファルドの遺体を抱き直した。
「これが、『転生賢者紋』の力?」
リィフの言葉に、ルルスファルドは<いや>と応じた。
<想定と違う。叔父御殿、一体なにを持って……>
ルルスファルドがそこまで言いかけたところで、紋章喰らいが再び動いた。
大剣を地面と水平に構え、足を刈り取るように繰り出そうとする。
リィフはその動きの先を読んで踏み込み、足払いを打ち払う。
――なんだろう。
身体がやけに軽く動く。
思ったところに、思った速さで槍と身体を持って行くことができる。
やりやすくはあるのだが、『転生賢者紋』という言葉のイメージとは違う変化だ。
ルルスファルドのほうも何か困惑している様子だったが、いまはゆっくり話している場合ではない。
再び繰り出された紋章喰らいの大剣と、二合、三合と打ち合う。
速さも、腕力も、魔力も、信じられないくらいに跳ね上がっている。
重さ十キロはあろう、魔力の乗った大剣を相手に、重さのない十字槍で充分に打ち合うことができていた。
――これなら。
間合いを取り直した紋章喰らいに目を向けて、リィフは優しい声で告げた。
「怖がらないで。今助ける」
紋章喰らいは怯えている。
なんとなくだが、それを感じ取ることができた。
『剣客紋』が帯びた邪念に身体の制御を奪われているが、紋章喰らい自身は、殺意や狂気にとりつかれてはいない。
むしろ怯え、助けを求め続けている。
紋章喰らいの大剣が輝く。
――魔導体回路。
魔力を通すことで特殊な効果を発生する仕掛けが起動したようだ。
遠距離攻撃用の魔導体回路が入っているようだ。
間合いを取ったまま一閃された大剣から、巨大な魔力刃が生じてリィフに襲いかかる。
三日月型、幅にして五メートル。
物理的に回避困難なサイズと速度。
リィフはそれに、十字槍を軽く当てるだけで軌道をずらして外した。
距離を詰め、大剣と打ち合った。
仕留めるだけであれば、そう難しくはないように思える。
金色の十字槍を繰り出し、『剣客紋』を撃ち貫く。
それでどうにかなるだろう。
だがそれをやると、紋章喰らいも即死させてしまう。
――それじゃ、だめだ。
紋章喰らいは、救える相手だ。
わざと打ち合いを続け、時期を待つ。
『剣客紋』を持つ魔物と、真正面から打ち合い、わざと打ち合いを長引かせる。
非常識なことをやっている自覚は、この時点のリィフにはなかった。
ついでに言うと、呼吸を全く乱していない。
テケテケ!
テケテケ!
いつしか、草原にグールスライムたちが戻って来て、声をあげていた。
がんばれと声をあげるように。
助けてくれと祈るように。
それがよかったのだろう。
紋章喰らいは、仲間の声に、リィフの気持ちに応えた。
テケテケ!
自身を突き動かす『剣客紋』に抗うように高く鳴き、紋章喰らいはほんの一瞬、大剣の動きを止める。
その機を逃さず、リィフは槍に魔力を込める。
十字の穂の左右に伸びた副刃、その一方に魔力を集中。つるはしの先端のように変形させて、大剣の腹の部分へと叩き込んだ。
副刃は大剣に穴をうがち、紋章喰らいの身体からもぎ取る。
そのまま大剣を跳ね飛ばしたリィフは、今度は槍の石突き部分を身体の下に潜り込ませ、紋章喰らいの身体を空中に跳ね上げた。
直径一メートルの粘液塊。結構な重さがあるはずの紋章喰らいの身体が、綿毛のように打ち上がるのを見上げつつ、リィフは十字槍を消す。
空中の紋章喰らいが不気味に変形する。
黒い粘体の身体に、人の顔のようなものが浮かび上がった。
『剣客紋』を持っていた人間の顔だろう。
悪霊として『剣客紋』にこびりついているようだ。かなりの恨みと邪念を残していたことが感じ取れた。
どういう事情があったのか、どういう死に方をしたのかまではわからないが、なんにせよ、紋章喰らいやグールスライムを苦しめていることは間違いない。
悪霊自身もまた、自分自身の悪意にさいなまれ、苦しんでいる。
両手で印を組み、コトノハ教の火天呪を唱える。
namaḥ samanta-buddhānāṃ agnaye(ナマハ・サマンタブッダーナーン・アグナイェー)
一二天のひとつ、火天アグニの力を顕現する呪。
リィフの左腕を赤い炎が包んでいく。
通常の火天呪ではありえない大きさの炎だ。
並の僧侶であれば指先、高僧と呼ばれるもので手全体を覆う程度。
コトノハ教の火天呪というのは、おおよそその程度が相場である。
腕全体を炎が覆い燃え盛るというのは、桁違いとしか言い様がない。
リィフに火天呪を教えたマイス僧院の僧侶たちが見たら愕然とするような光景だったが、リィフの中に戸惑いはなかった。
こういう火天呪もありうる。
そういうものだと、なぜかわかった。
リィフの左腕全体を覆った炎は、その手の中に集まって形を変え、赤く輝く輪のようなフォルムの法具に変わる。
コトノハ教で使われる法輪と呼ばれる法具に似ていた。
svāhā(スヴァーハー)!
火天呪の結びの言葉と同時に、リィフは法輪を投げた。
赤い軌跡を描いて飛んだ法輪は、紋章喰らいに浮かぶ男の眉間を切り裂き、『剣客紋』をとらえる。
金剛輪は、そこで巨大な炎塊となり、紋章喰らいを押し包む。
だが、その炎は、紋章喰らいを焼くことはなかった。
『剣客紋』に焼き付いていた怨念のみを焼却、尽滅し、紋章喰らいを呪縛より解き放つ。
炎の中から、紋章喰らいが落ちてくる。
目を回しているようだ。
手を伸ばし、紋章喰らいを受け止める。
右腕にルルスファルド、左腕に紋章喰らい。
紋章喰らいには結構な重さがあるが、特に問題なく抱き留めることができた。
テケテケ!
テケテケ!
周囲を取り巻いたグールスライムたちが、喜び、興奮したように鳴き、飛び跳ねた。
目を回していた紋章喰らいは、すぐに正気に戻り、リィフの身体を降りていった。
身体の中の『剣客紋』はそのままだが、狂気めいた気配はもう感じられない。
紋章喰らいにとりついた怨念をうまく祓えたらしい。
紋章喰らいは仲間のグールスライムたちを斬り殺してしまっていたが、スライムというのは、恨み辛みの感情を引きずる種族ではない。
グールスライム達は、紋章喰らいの浄化を喜ぶように跳ね、テケテケ言いながら、紋章喰らいにぽんぽんと体当たりをしていた。
――よかった。
小さく息をついたリィフは合掌、瞑目し、鎮魂の呪を唱える。
namaḥ samanta-buddhānāṃ yamāya svāhā(ナマハ サマンタブッダーナーン ヤマーヤ スヴァーハー)
焔摩天呪。
冥界の神ヤマへと、死者への慈悲を願う呪。
紋章喰らいではなく、『剣客紋』にとりついていた怨念の主に向けたものだ。
鎮魂の呪なので、金剛呪や火天呪のときのような派手な事象は起こらなかった。
( ゜ー゜)テケテケ(お読み頂き有り難うございました)
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次回更新は19時となります。