ヘドロの竜(3)
( ゜ー゜)テケテケ(更新でございます)
自分がいつ、どこで生まれたのか、ヘドロの竜はおぼえていない。
気付いたときには、半分腐ったような、汚泥まみれの体で波間に浮いていた。
異臭と、毒と酸を放つ醜い生き物。
あらゆる生き物に恐れられ、疎まれ、憎まれたヘドロの竜は、どこに居着くこともできず、南海へと流れ着いた。
ヘドロの竜は、そこで七色の竜に出会った。
聖竜とも呼ばれていた残忍な竜たちであった。
亀のような体で海を泳ぐヘドロの竜を見つけた七匹は、戯れとしてヘドロの竜を襲い、その五体を焼き、四本の足と尻尾をもぎ取ると、笑いながら飛び去っていった。
四肢をもがれたヘドロの竜は、死ぬことはなかった。
強力な再生力で新たな足を生やしたのだが、それきり動けなくなった。
どこにも行けない。
どこに行っても憎まれる。
どこに行っても仲間はいない。
どこに行っても同じこと。
どこに行っても仕方がない。
そう思うと、動く気力がなくなった。
このまま飢え、干からびて死ぬのなら、それが一番いいのかも知れない。
だが厄介なことに、ヘドロの竜の生命力は強かった。
じっとしていても、なにもしなくても、死なない。
「なんなんだ! 一体どうしろっていうんだ!」
そう絶叫しても、答えてくれる相手はいなかった。
それから、どれだけ過ぎただろうか、なにもせず、何も喰わずにただ眠っていたヘドロの竜は、激しい雨に打たれて目を覚ました。
ぼんやりと眼を開き、首を動かすと、甲羅のほうに違和感をおぼえた。
首を巡らすと、首の付け根のあたりに海人族らしき少女の姿があった。
「……なんだおまえ」
海人族の言葉で呼びかける。
ヘドロの竜は、どういうわけか、海人族の言葉がわかる。
会話が成り立った相手といえば、例の七色の竜達くらいのものだったが。
「なんだこの醜い生き物は」
「駆除しよう」
「目障りだ」
「汚らわしい」
「同じ竜族とは思えん」
という罵倒の文句がわかっただけなので、あまり良いことではなかったが。
少女は表情を強張らせ、その場で跪いた。
「四等巫女の、アルシードと申します。聖竜様。聖竜様のお体の上とは気付かず、申し訳ございません。すぐに退去いたします」
「……そのままでいい」
毒と酸の染み出た海水に浸かられても困る。
そう思ったはしから、少女は咳き込んだ。
毒と酸の影響が出始めたのだろう。
――なんで、オレの背中なんかに。
このままでは殺してしまう。
ヘドロの竜は周囲を見渡す。
――あそこだ。
今までずっと動かさなかった四肢で水をかき、前方の岩礁に取りつく。
「ここに降りろ」
そう告げて少女を下ろし、安全距離を取る。
「一体どこから湧きやがった。なにしに来た」
遠距離から声を張り上げ、そう問いかける。
「海人族の国、ムーアから参りました。聖竜様のお力を、お貸しいただきたく」
「オレは、聖竜なんかじゃねぇ」
記憶がないのでなんとも言えないが、そんな綺麗なものではないだろう。
「違うのですか?」
「そもそも聖竜ってのが何かわからねぇよ」
「契約により、ムーアを守護してくださる竜のことです」
アルシードがそう告げたとき、薄気味の悪い生き物が、岩礁に近づいていくのが見えた。
――なんだ?
触手をくねらせているが、イカやタコにしては足が多い。クラゲは足を前に出しては泳がない。
ぺっと毒のつばをはき、その生き物の居るあたりに当ててみる。
ぷかり。
と浮いてきたのは、人の上半身にイソギンチャクのような触手と口をつないだような、不気味な生き物だった。
「なんだこりゃ」
「スキュラです。ご覧になるのは初めてですか?」
「ああ、生まれて初めてだ」
「今、西海で大量に発生している魔物で、先ほど申し上げた私の故郷、ムーアを滅ぼしかけています」
「力を貸せっていうのは、こいつの関係か」
スキュラという魔物の大量発生に対抗するために助勢が欲しい。そのために、ここまでやってきたということだろうか。
「はい、このあたりで、竜の声がしたという話があって。それを頼りに訪ねて参りました」
「竜かどうかも怪しいぞ。オレは」
前に出会った七色の竜は、「同じ竜族とは思えない」と吐き捨てた。逆に言うと同じ竜族、ということになりそうだが、実際良くわからなかった。
対応に困ったのだろうか、少女は少し押し黙った。
「……では、なんなのでしょうか」
「わからねぇ、気がついたらこの姿で海に浮いてたんでな。ただ、おまえが期待してたようなご立派な生き物じゃねぇことは間違いねぇ。他を当たるんだな」
『お力を貸していただきたく』と、聞いたときには心が動きかけた。
こんな自分の力を求めてくれるのかと。
だが、違うのだろう。
この少女が探しているのは聖竜とかいう竜だ。
こんな、毒まみれの醜い生き物ではないだろう。
「他にアテはねぇのか?」
「……いえ」
少女は首を横に振る。
――そうだろうな。
他にあてがあるなら、こんな得体の知れない生き物のところには来ないだろう。
「帰るあては?」
「いえ」
本当にどんづまり状態で、ここに来るしかなかったのだろう。
「……しょうがねぇな」
ヘドロの竜は周囲を見渡す。
岩礁から平べったい岩の塊を探してもぎ取り、背中の上にのせた。
「……こっちに乗れ。安全そうなところまで連れていってやる」
それくらいの面倒は、見てやってもいいだろう。
それくらいの面倒を見てやっても、許されるだろう。
そうして、ヘドロの竜と少女の旅は始まった。
安全そうな場所、というのは、つまり海人族の集落のことだ。
一日二日、かかっても一週間くらいもあればなんとかどこか見つけ出せるだろう。
ヘドロの竜の、そんな心算は、半分当たって半分外れた。
最初の集落自体は二日ほどで見つかったが、既にスキュラの巣窟と成り果てていた。
その次の集落は放棄され、その次に見つけた街も、滅ぼされてしまっていた。
食料や衣料、貴重なグリーングリフォンの衣装などは調達できたものの、生きた海人族はひとりも発見できなかった。
放浪を続け、自衛の為に戦い続けるうちに、スキュラたちに危険視されるようになった。
偶発的な遭遇ではなく、襲撃を受けることが増え、竜やクジラと言った大型生物に寄生したスキュラが姿を現すようになった。
逃げることも増え、そして少女の体は、ヘドロの竜の毒と酸に蝕まれて弱っていった。
どうしようもないまま、どうしていいかわからないまま、力尽きかけたところにやってきたのが、あのおかしなスライムたちだった。
そうして出会ったのが、あのおかしな陸人の僧侶だった。
( ゜ー゜)テケテケ(お読み頂き有り難うございました)
次回更新は明日朝の予定です。
「面白かった」「もう少し読んでもいい」と感じて頂けましたら
『ブックマーク』のところや、その下の☆☆☆☆☆の評価部分をテケテケビシバシと叩いて頂けると執筆者の情熱の焔がより高く燃え上がるかと存じます。




