副僧院長シン(2)
( ゜ー゜)テケテケ(更新でございます)
ベリスは微笑んだまま続けた。
「なんにもできなかったわ。強すぎて」
「ふざけたことをぬかすな!」
シンは怒鳴り声を上げた。
「あんな繊弱な小僧が! 強いはずがなかろう」
「怒鳴らないの」
ベリスは落ち着いた調子のまま言った。
シンがどう反応しようが関係ない、そんな風情だった。
シンが怒鳴りわめいたところで、自分の言葉を撤回することはないだろう。
「……負けたのか、おまえが」
結局、認めざるを得なかった。
「ええ、負けたわ」
ベリスは楽しげに言った。
「色々磨き直さなきゃいけなくなっちゃった」
「そんな必要は無い!」
シンは再びわめき声をあげた。
「おまえがリィフに負けることなどありえない! あってたまるか! 人間は、一朝一夕に強くなるものではない! そんな道があるとすれば、それは魔道だ!」
魔道。
いわゆる魔法、魔術といった現実的な術のことではなく、誤った道、邪悪な道を示す言葉である。
ベリスの敗北を認めたくない、ひいては自身の敗北を認めたくない一心から絞り出された言葉は、ある種の天恵のようにシンの脳内をこだました。
――そうだ、魔道だ。
その言葉を使えば、説明をつけられる。
リィフが突如、異様な強さを見せつけ、侯爵ジュノーが突然倒れる。
偶然というにはタイミングが合いすぎている。
魔道だ。
魔道の力が作用して、リィフに邪悪な力を与え、侯爵ジュノーの身をむしばんだ。
そう考えれば、話のつじつまが合う。
シンの自尊心を守るために強引に絞り出されたその理屈は、皮肉にも、割合真実に近いところを突いていた。
『闇の賢者』ルルスファルドから『転生賢者紋』を受け継ぎ『神槍紋』が覚醒する。
ルルスファルドを邪悪の者と考えるなら、魔道という捉え方はそこまで間違ってはいない。
侯爵ジュノーを寝込ませたのもルルスファルドである。
「……魔道だ」
自身が魔道に落ちたような表情を浮かべ、シンは呟いた。
「ちょっと、どうしたの?」
そう問いかけたベリスには答えず、シンは歩き出した。
宝物殿の扉を開き、一本の槍を取り出した。
聖槍、飛鳥。
僧院槍術の祖である初代僧院長のエーデインが使った名槍である。
マイス僧兵が実戦に用いる十字槍の基礎になった十字型の穂は、古代文明の遺跡から発掘された強力な魔導体回路が組み込まれている。
聖者であり槍の名手であったエーデインの愛槍として、数多くの魔物や魔道の者を葬ってきた降魔の聖槍であり、マイス僧院の至宝。
「なにをするつもり? そんな玩具引っ張り出して」
シンの背中に、ベリスの声がぶつかった。
「調伏をする」
シンは取り憑かれたような声で言った。
コトノハ教において、調伏と言うのは魔物や魔道の者を成敗することを示す言葉である。
「リィフは魔道に手を染めているはずだ。この聖槍で、化けの皮を剥がしてやる。ことによっては、ジュノー様の病も癒えるかも知れん」
「飛躍しすぎじゃないかしら」
「どこが飛躍している。飛躍しているのは奴のほうだ。なにもなしに、あそこまでの変化が起こるものか!」
ベリスはふむ、と鼻を鳴らした。
「貴方を圧倒したところまでは、リィフが最初から持ってた力よ。貴方が怖がってたとおりのものを、表に出せるようになっただけ」
「もう一度言ってみろ!
シンはベリスに聖槍を向けた。
「私がリィフを恐れていただと?」
聖槍を突きつけられたベリスは、特に表情を変えることもなく応じた。
「違うのなら、どうしてあんなに痛めつけてたの? 怖くもなくて見込んでもいなかった相手をなんで虐めようとするの? 冷遇されてても侯爵家の血筋よ、わざわざいたぶる理由なんてあったの? イキるのが楽しいってだけならもっと楽な相手がいくらでもいたでしょう」
「黙れ!」
シンは聖槍に魔力を通す。
大剣に似た厚く鋭い魔力刃が生じて、伸びる。
ベリスはそれを首をずらしてかわした。
そこから幻のように踏み込むと、シンの内懐に入り込み、その顎を指でつまんだ。
圧倒的な技量と天稟の違いのなせる技。
シンの背筋に、怖気が走る。
ベリスはシンの耳元で、囁くように言った。
「いいわ、黙ってあげる。貴方が納得いくようにすればいい。動けば動くほど、傷口が広がるだけだと思うけれど」
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次回は夜更新の予定です。
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